セン
「いやーーー! なんて話の分かるマスターだ! いいねこれいいよ!」
「ははは、ブグくんも実に興味深い話を数々と、さすが世界最大のダンジョンコアだな! こういうの今後も用意しておくからまた来てくれよ」
「おう、来る来る! まさか、こんないいもの教えてもらえるとは思わなかった」
ペタちゃんは、俺が武具ダンジョンコアとやたら親しげに話すようになっているのを、不思議な顔で見ていた。
たしかに長く話せば話すほどポイントが貰えるから、なるべく話を伸ばしてとは俺に言っておいたが。
俺が取り出した本を何時間も読み込ませた上に、また来るとまで言わせてしまうとは思っていなかったようだ。
「結構長く読み続けているけどいいのか? そろそろウチのダンジョンの次の階層が作れるくらいのポイントがかかってるかもしれないぞ」
「ん? ああ、もう成長は27階層で限界だけど、ウチに来る侵入者は未だに減ってないからね、ポイントはムダに貯まり続けてるんだけど、使い道もないから別にいいよ」
そう言って武具のコアはポイントが減ることなど全く気にせずに、俺が出した本を黙々と読み続けていた。
もう使いきれない金が勝手に入るし仕事もやることがなくなった、暇を持て余したビル持ち億万長者のような精神性をしているなこいつ。
俺もまあ、稼ぎまくれる系のゲームの稼ぎがシステム上の限界値まできたら。
しょうもないアイテムを99個満タンコンプなどの全く無意味な目的を達成させるため、金をゴミのように使ったりしたものだから気持ちはわかる。
ちなみに俺が出してやった本は、現代少年漫画風に仕上がった騎士たちのバトルマンガである。
武具ダンジョンが取り出した本の内容を、現代少年バトル漫画風に描き直した本を渡してやると。
武具ダンジョンは始めはなんだこれ? って顔で読んでいたが。
そのうち驚愕した顔になって、すっかりはまり込んでしまったのである。
迫力のある構図で、登場人物の動作と動きと時間の流れが、視線誘導に合わせてスムーズに動いていく。
こんな表現は今まで見たことがないだろう。
独自に本にした騎士たちの戦いを見て読んで、それにカッコよさを見出して騎士ごっこをしているようなコアなのだ。
マンガを見せたら速攻でハマると思ったぞ。
そんな風に武具コアはマンガを読みふけり、俺がマンガを制作している様子をみているのも暇なのか、ペタちゃんはペタちゃんで料理を始めた。
コーヒーが淹れられ、パンの焼けるいい香りがマスタールームに立ち込めはじめる。
「ん? 何してんだ飯コア?」
漫画に夢中で、さっきまでペタちゃんを完全に意識から外していた武具コアがペタちゃんの方に興味を向ける。
「料理よ、ウチのダンジョンのご飯を美味しくするために、マスターから食事について色々詳しく教えてもらってるの」
「お、料理するの? いいねペタちゃん、またあの異常な熱さのコーヒーちょうだい」
「はいはい、マスターも何か新しいお菓子出しておいてね」
そうやって、ペタちゃんが作ったダンジョンマスター用コーヒーを飲んだり。
俺が取り出したお菓子をペタちゃんが食べたりしている様子を、武具ダンジョンが漫画を読みながら見ていた。
「ふうん、人間のマスターの欲求を魂に繋げてるとそういうことができるようになるのか……それも面白そうだね」
「私は食事の欲求を植え付けてもらったんだけど、これ結構楽しいわよ、武具も興味があるなら人間のマスターを仕入れてやってみれば?」
「……ところでペタってなんだ? お前の名前なのか飯コア」
「そうよ、マスターがつけてくれた名前、魂の結びつきが良くなるから普段はマスターがつけた名前で呼んでもらってるの」
「へー、じゃあ温泉マスター、君の名前は?」
しれっと名前を聞いてきたけど、本名を他のコアに教えたら契約が崩壊するとかなんとか、タニアさんが言ってなかったっけ。
「真名をほかのコアに名乗るのは禁止だと、宝石ダンジョンのコアから聞いているぞ」
「だよね」
引っかからなかったか、まあ飯コアが止めただろうけど、みたいな顔つきで武具ダンジョンが笑う。
ペタちゃんも、なにか悪いことをしでかそうとした奴を見るような目でキッと武具コアを睨んだ。
本名を他のコアが知るのは、現代の概念にあてはめて考えると。
おそらく俺というアカウントの管理者ページのログインパスワードを聞いているようなものなのだろうな、と俺は勝手に解釈している。
意外と怖いな、このショタガキくんは。
「でもさ、セパンスの温泉マスターじゃ呼びにくいよね? 今後はオンセンって名前で呼んでいいかい?」
嫌だよ。
「4文字もあるなんて贅沢な名前だな、センでいいぞ、ペタちゃんと同じ2文字で十分だ、お前もブグだしちょうどいいだろ」
「そうか、じゃあお前の仮称はセンだ、いいなセン」
「ああ」
うーん、某異世界お湯屋アニメの女主人公みたいな名前になってしまったが、まあいいだろう。
男でも女でも問題ない名前だからな。
そんなやりとりをしていたらペタちゃんが、ええ? って顔で見ている。
「武具、あなたマジ? あなたがマスターに仮称の名前をつけたらあなたもマスターと魂が結びついちゃうでしょ? いいの?」
いや、なにそれペタちゃん。
仮称をつけるのってそんな意味があるの?
「いいよ、もうボクはダンジョン経営で人間に口を出してもらう必要はないから。
それより、その食欲といった人間の欲求を植え付けてもらうほうが楽しそうだ。
第一、他の人間のマスターとも話したことあるけどさぁ。
あの宝石加工しか興味ない職人のマスターとか、糸や布の偉大さを語る商人のマスターとか話してても正直つまんなかったし。
新しく人間を引き込んでも、キミのマスターより愉快な人間が現れる気が全然しないからね」
「えー……? ペタちゃん、これって大丈夫なの?」
「まあ、真名も知らないまま仮の名前をつけてそれを受け入れた程度の結びつきなら、特に何ができるわけでもないから問題はないけど。
私達がいつも食べてるような食事を続けてたら、武具にも食事欲求が生まれてくる程度の影響があるくらいかしら?」
「つまりブグ君としては、暇つぶしがてらに俺達の感覚を得られたら、それだけでいいというわけかい」
「まあ、そういうことだね、次に来るときにはボクもそのお菓子や飲み物を食べられるようになってて欲しいから、食事は欠かさず続けててよ」
「そのくらいだったら別にどうでもいいけど、余計なことしでかそうとしたら即、接続を切るわよ」
「わかってるよ、何もしないって、ボクは暇なんだよ、娯楽は騎士たちの戦いを読むくらいなんだけど、最近変わり映えもしなくなってきたからさ、新しい娯楽が増えるならなんでもいいんだ」
ペタちゃんはなんとなく不審がりながらも、ブグ君を排除しようと考えないのは。
このでかいダンジョンコアに話しかけられるのはいい金づる……いや、ポイントづるだからだろう。
実際向こうの求めている内容は、こちらに損があるようにも、何かよからぬ裏があるようにも思えない。
「ん、じゃあボクはそろそろ帰るよ、この教えてもらったマンガっていう表現で、ボクもトウジ隊長たちの戦いを記録しておきたいからね」
「おう、じゃあまたこいよ、今度は別の作家の表現法で取り出しておいたバージョンを見せてやる」
「楽しみにしてるよ、それじゃあねー」
武具ダンジョンコアはそう言うと、俺の作り出したマンガをざざっと全部持って行って消えた。
「あっ、あいつマスターが作った本を全部持っていっちゃった、仮の名付け程度の繋がりでもマスターが出したもの勝手に持っていけるようになるのね。
ったく、読むならポイント払ってここで読んで行きなさいよ」
ペタちゃんがケチくさい事を言っている。
まあ、作者を変えたマンガ表現で新しく取り出すだけで、武具コアの興味を引く本はいくらでも作れるだろうからな。
あいつの欲しがるものがネタ切れになることは、そうそうないと思う。
いずれ食欲も覚えてくれるみたいだから、食事のレパートリーだけでも武具ダンジョンの興味は続く。
あんなマンガ本くらい、いくらでも持っていってもらっていいだろう。
しかし、こちらの出したものを、今後はあいつに学習されるってことだよなこれ。
モニターでのリアルタイムの冒険者の動向確認や、気軽なゲーム画面方式でのダンジョン経営などはとりあえずブグ君には伏せておくか。
一応、ブグがこの世界における最強のダンジョン経営者でありライバルなのだ。
現代知識における最強の手札を気軽に披露するわけにはいかない。
あいつは人間の強さの都合上、27階層がダンジョン成長の限界だと思って隠居気分を満喫しているようだが、俺はそこで止まる気はないからな。
温泉ダンジョンを30階層まで育て上げる未来を想像しながら、俺は次の階層の温泉効能をゆっくりと考えることにした。






