ご無体
公爵邸に帰還するとアウフお嬢様がお部屋で、干した下着や肌着の匂いを嗅いでおりました。
「あら、ヴィヒタ、お帰りなさい、石鹸の掘り出しは順調かしら? ただね~、検証の結果、石鹸はダンジョンの超常効果が無い、ただの高品質な石鹸って事になりそうなのよ」
それはいいのですがパンツを嗅ぎながら言わないで欲しいのです。
「でも! 12階層のお風呂に入った人の汗には超常効果がまだ残ってるみたいなのよ!
さすがに一番いい香りなのは当然12階層のお湯で洗った服なんだけど、そのあと石鹸で洗った予備の下着より、ヴィヒタが着てた下着のほうがいい匂いがずっと残ってるの。
つまりこれは石鹸よりも、12階層の泡湯に入ったあとのあなたの汗の成分のほうが高い香水効果を発揮しているという証明に……」
「お嬢様! 13階層が出来ておりました!」
なんだか恥ずかしくなってきたので、お嬢様の興味を引く内容の話を振ってこの話は打ち切ることにします。
「えっ! 13階層? どんな階層だったの? 温泉は見つかった? どんな効果のお湯だった?」
一瞬で食いついてきました、さすが新しい階層の話題です、これで話題はすり替えられます。
……どんな効果のお湯だった?
ムダ毛が溶けるように消える湯、でしたね。
まずいです、これを伝えたら確実に丸裸にされて隅々まで調べられます、余計恥ずかしいじゃないですか。
「鏡です! この階層にはでっかい鏡が置いてありました! それを持ち帰ってまいりました! 私が今持っているのはほんの手のひらサイズですがこちらに!」
「かっ……鏡!? あ、いや、大丈夫よ、今の私は大丈夫……ふう、昔は自分の姿が目に入るのが怖かったのよ!」
お嬢様が一瞬怯んで引きつったような顔になられましたが、すぐ気を取り直しました。
そうでした、もうすっかりお元気になられた状態ばかり見ていましたので完全に忘れていましたが、元々お嬢様はそういう境遇のお方でした。
「それでは、こちらです」
鏡を見せると、お嬢様が固まりました。
「うわぁ……すご、え? 何この鏡、まるで実像そのまま……。
はあ、私ってこんな顔してたんだ……、肌が治ってるのがはっきり見えたのはいいけど、うん、なんだか変な気分ね……」
「ですよね……」
正直この鏡はあまりにもはっきりくっきり見えすぎるのです。
これまで私達は、目元、口元、鼻筋などがそこそこにぼやけた像の鏡を通して、ある意味美化した自分の顔と姿を頭で想像していたフシがあります。
この鏡はあまりにもあまりに完璧な姿が映りすぎなのです、自己をごまかせる余地が全くありません。
13階層のお湯にまで入って自己の美を強化しまくっている、私達第2部隊の騎士団ですら完璧に映された自分達の姿には少し戸惑いを隠せませんでした。
「これ、大きいサイズだとどのくらいのサイズの鏡なの?」
「……部屋一面が鏡でしたので最大サイズのまま持ち帰ることは不可能です。
切り取って持ち帰れる限界サイズとしては縦2メートル横1メートルくらいのサイズですね、怪我人を運ぶような感じでタンカに積んで持ち帰りました」
「これって、ダンジョン資料館にも置かれることになるわよね、おそらく大騒ぎになるわよ」
「ですよね、鏡の革命ですよ、世界中どこでも欲しがりますよ」
「それもあるけど、タガが外れる気がするのよ。
これまでは、そこまではっきりくっきりと自分の顔が見えていないことが、ある意味では救いになっていたと言うか……。
だって私、病気痕は治ったから、深い階層のお湯はもう別にいいかなって思ってたんだけど、11階層まで入ってきたヴィヒタと見比べちゃうと、うわって感じるもの。
美容にあんまりうるさくない私でも、そう思うほどなのよ? これはショックを受ける人がいっぱい出ると思うわ」
「ですが、こんな宝石より高く売れそうなものを隠蔽することは不可能ですよ」
「でしょうね、たぶん飯困らずダンジョンで出てきた新しい宝石より高額で売れるでしょうね」
そもそも公爵邸に置いてある鏡も、鏡職人が長い年月をかけて金属を磨いて作りあげた鏡の中でも最高傑作と言える、とんでもない高級品なのです。
あまりによく映るので鏡を見に来る来客があるほどに、ナウサ公爵邸に置いてある鏡は高品質かつ高級品だったのです。
もはやそれがガラクタになりかねないレベルに、この鏡は次元が違うのです。
「でもこの鏡は、うん、いっぱい欲しいわ、数百枚ほど欲しい」
お嬢様が窓から差し込む光を鏡に映して、壁や手に光を当てながらそんな事を言います。
何を考えているのでしょう。
絶対自分の姿をもっと見たいとかいう理由じゃありませんよね、アウフお嬢様は。
「太陽の光をこうやって集めて一箇所に集約させるとね、理論上は火が付くくらいの熱量を集められるはずなの。
望遠鏡の中に入ってる水晶のレンズでもギリギリ可能なことは確認できてるんだけど、あれだと手元の燃えやすい材質が限界……。
でもこの鏡で反射した光は日光をそのまま浴びたような温度を感じる……このレベルの反射率なら、数を揃えれば長距離に火をつけることすら可能な気が……」
想像よりずっと危ないことを考えていました。
よく映る鏡を見て、なんですぐそういう方向性に思考がすっ飛んで行くのですかお嬢様は。
「まあ、鏡に関しての判断は世間の反応次第よね、ダンジョン資料館に置いて、他国の貴族が見てどういう反応を示すのか想像もできないもの。
あとは持ち帰れる量次第かしら?」
「はあ……、石鹸や鏡を運び出すのがいつ第2部隊のお仕事になったのでしょうか、姫やお嬢様をお守りするお仕事が近頃めっきり減りましたよ」
「まあ冒険者の人が掘り出すようになるまでの辛抱ね、石鹸も鏡もお金になるだろうから、いずれ大勢の冒険者が勝手に運んでくれるようになるわよ」
「……大荷物を持って13階層から帰還できるレベルの女性冒険者って何人いますかね」
「うん……まあ世界には、結構いるかもしれないから、ほら、男冒険者と競合しないから女冒険者がこぞって大量に来てくれるかもしれないし……。
そうよ、女性冒険者はセパンスの温泉ダンジョンに来るのが一番稼げるぞってしっかりとアピールするべきよ!」
それはそうかも知れません、男性冒険者が入れない事を逆に強みにすれば、他国の女性冒険者をひっかき集められる気がします。
これはユーザ陛下にも進言しておきましょう、貴族の第2部隊の増員だけでは限界がありますし。
「それと、13階層の湯は見つかったの?」
「ええ、……あっ」
しまった、お湯についての話はちゃんと逸らせていたのに、つい普通に答えてしまいました。
……しかし、時間の問題です、元々隠し通せる話題でもありません。
「ええ、はい、ムダ毛が消えるお湯でした、ほら、手の指とかから生えてる産毛まで綺麗さっぱり……ええ、うん」
手だけを見せてお茶を濁そうとしましたがムダでした。
当然のように丸裸に剥かれて調べられました。
そんなご無体な、やめてください、お願いですから足やお尻を広げてそんな所まで見るのはやめてください!
「うーん、ここまで徹底的にムダ毛処理されてるのに下の毛はしっかり残ってるのね、ダンジョンの意思はここはムダ毛じゃないという判断なのかしら?
これ全員下の毛は残ってた? 入った本人の意志がムダ毛と判断してる部分が溶けるの? それとも下が残ってるのはダンジョンの判断なの?」
知りません! やめてください!
何を言ってもお嬢様はやめてくれません。
お嬢様にとって観察と記録と検証は人権よりも優先されるようです。
助けてください。






