武具ダンジョン
「トウジ隊長ー、何階を攻めましょうか」
武具ダンジョンに潜り込んだ第1部隊の副隊長はそう問いかける。
一応ダンジョンに入る前に、武具ダンジョン資料館の方も確認しておいたが、別段5年ほど前に来たときとなんの変化もない。
前回の知識のままで行くなら23階あたりを攻めても問題はないだろう。
23階層で取れる、とても軽くそれでいて強度は鉄の装備と同等レベルの羽の兜や空の鎧あたりはいくつあっても困らない。
役に立つ上、ダンジョン探索中に多く持っていても、あまり重量がかさばらないので武具ダンジョンでも人気のドロップ品だ。
温泉ダンジョンのような護衛しなければならない者がいる時、護衛対象に着せておくのも悪くない。
「20階だ、赤の剣を5~6本は最低でも出しておきたい」
「赤の剣ですか? あれは持ち出し規制品ですよ?」
持ち出し規制品とは、これは他国に流したくないと国が考えているダンジョン品を指す。
赤の剣は威力が高すぎて、敵国に数が揃うと、国の防壁を切り崩して進軍するようなむちゃくちゃをされかねない危うさがあるため、他国への持ち出しを禁止されている。
その代わりに持ち出し規制品は、相当な高額でマーポンウエア王国が買い上げてくれるため、一般冒険者は一攫千金を求めて狙う事は多い。
だが他国の軍隊は、相手国家をむやみに強化することに繋がるため、このような規制品は通常狙ったりはしない。
「なぁに、問題ないさ、このダンジョンで使い潰す予定だからね」
「ははっ、なるほど、つまりやる気なのですね、25階と26階層チャレンジ」
25階層以下のモンスターが相手になると、地上で作られた剣ではほとんど刃が立たなくなってくる。
まず赤の剣のような常識を超えた切れ味の剣で皮膚に切り込みを入れ、そこから槍で刺すなどの手順が必要なのだ。
「27階にも行ってみたいものだけど、それは流石に傲慢がすぎるってモンさ」
現在、人類がたどり着けるのは27階層が限界である。
それも他国持ち出しご禁制の武具で塗り固められた最上級の騎士団を取り揃えればという条件付きである。
赤の剣のような、他国持ち出しご禁制の武具を何万と揃え、その武具に身を包んだマーポンウエア王国最強のダンジョン調査騎士団が。
自国の武具ダンジョン27階層を探索したのがおそらくダンジョンの歴史で、最大規模の調査だったと言われている。
結果として探索部隊は8割壊滅。
当時、世界最大の軍事国家であったマーポンウエア王国騎士団もこの結果には懲りたのか、この日以来、ギラギラした世界制覇の野心や、ダンジョン探索の気力を失い、今ではすっかり穏健な国になってしまった。
その時27階層の調査から持ち出された剣はたったの一本だけであり、その一本の剣はダンジョン資料館に飾られることすら無く、王宮の宝物庫で厳重に保管され。
現代ではマーポンウエア王国の正当な王位継承者と元老院の一部のみが見ることのできる、国家最大の機密品となっているとか。
「27階層の剣……、勇者の剣、英雄の剣、地獄の剣、破滅の剣、みんな好き勝手に憶測してるけど……実際に見てみたいねぇ、使ってみたいねぇ、うふふふふ」
27階層からたった1本だけ持ち帰られた剣は、あらゆるダンジョン探索者の憧れの的である、自分がその剣を手にしたい、一目だけでもお目にかかりたいと思う者も大勢いる。
26階層を気軽に回れるようであれば、27階層をチャレンジするのもいいかもしれないが、26階層を気軽に回れる者などこの世に存在していない。
トウジ隊長も、温泉ダンジョンでのパワーアップを考慮しても、25階を回るのが限界だろうと考えている。
あわよくば26階層のモンスターを何匹か倒して、ドロップ品を一つでも取れたら御の字だ。
27階層にチャレンジするなどまだまだ夢のまた夢である。
「温泉ダンジョンか……あいつだよ、あいつのやること次第では、27階層を私達が制覇できる可能性が生まれそうだ」
「もっと鍛える方向性に温泉が発展してくれたら良いのですが、しばらくは美容方面でしょうね、今の第2部隊の連中でも20階層までならギリギリ戦えるでしょうから」
「しかし美容なんかもう限界だろ、11階層の湯以上に何しろっていうんだい、もういいだろ、そこから先は全部身体強化の効果に振ってもさ」
「貴族のお嬢様を連れていけるのにも限界がありますからね、たしかにもう残りは騎士のための強化の湯でいいんじゃないですかね」
トウジ隊長率いる第1部隊は勝手なことを言いながら武具ダンジョンの地下へと進んでいった。
♨♨♨♨♨♨
それからしばらくたった頃。
温泉ダンジョンは次の階層を作る準備をしていた。
石鹸を全裸で掘り出して運び出す姿を見ながら、マスターは次の階層をどうしようか悩んでいた。
「せっかくエロい絵になりそうな泡風呂を作ったのにさ、石鹸を全裸で掘りまくるとか……油断するとすーぐエロくない絵面になるなこいつらは。
あとバケツリレー気味に12階層から石鹸を運び出して、9階層に待機している新兵ちゃんに渡すという作業を、何日も黙々と続けているためか、最近ムダ毛も目立ってきたな。
よし、次の階層はムダ毛が年単位で生えなくなる機能でも作ってやろうか、脇毛から産毛まで綺麗さっぱりとな、だが下は残す。
つるつるお股もいいものだが、皆が皆つるつるじゃ希少価値がなくなるからな、そもそも天然で2人いる、彼女たちの個性と希少性は保たねばならない」
もはや完全にマスターの趣味である。
「よーし、ついでに巨大な鏡も置いておいてやろう、美しくなった自分を再確認させるためにもな。
そのついでに自分の姿を見ながら、ここがこうなるような温泉があればなぁ……みたいな愚痴を聞かせて欲しい、次の階層の温泉効果に活かせるからな」
はっきりいって、ムダ毛が生えなくなる湯など13階層どころか1階層レベルのダンジョン瘴気でも作れるのだ。
そこまで大した効果でもない湯の横には、石鹸や鏡を置くだけの余裕が十分ある。
「いや、むしろムダ毛を奪い、ムダ毛が生えるためのエネルギーを没収する罠温泉という設定にすればむしろポイントを回収できるのでは?」
やってみると、実際にできた、回収できるポイントはムダ毛一人当たり5ポイントだそうだ。
「……クッソどうでもいいな、こんなしょうもない事で効果が悪くなったりしてたら嫌だから、やっぱりムダ毛が綺麗になる効能タイプの温泉にしておこう」
そうして13階層をオープンさせると、さっそく騎士たちがやってきて温泉に設置された巨大な鏡を見て驚愕している。
ヨガやダンス教室のスタジオに置いてあるような、周辺一面が鏡張りの脱衣部屋だ!
さあ、温泉に入って綺麗になったその身体を映せ、ポーズを取れ、裸を確認する姿を見せてくれ。
そう思っていたら女騎士達は鏡を切り取り、引っ剥がして普通に持ち帰るような動きをし始めた。
お客様お客様お客様!! 困ります!! あーっ!!! お客様!! 困ります!! あーっ!!!
「ええい、温泉の備品を容赦なく盗んでいこうとするんじゃない、ホテルのテレビやドライヤーを盗んでいく道徳のなってない国の観光客かテメーらは。
……こいつらにしてみたら鏡も12階層の石鹸と同じか、そりゃそうだ。
まあ、ここの鏡は剥がされても数日で再生するから持っていっても別にいいけどな。
せめて温泉に入って裸を映したりしてから帰り際にやってくれ、いきなり窃盗から入らないでくれよ、なんだか悲しくなるだろ」
「マスター、これ凄い鏡ね、ほとんど本物そのままの姿が映ってるじゃない」
「んん? ああ、こっちの世界の鏡はそんなにまだ洗練されていないのかな、女騎士のみんなも驚いてたし」
「宝石とかじゃなくてこれを出すだけでも十分だったんじゃ……いや、まあ、ケンマのマスターからもらった宝石でもお客はいっぱい来てるからいいんだけどさ……あ? 菴包シ」
「え? 何だって?」
突然ペタちゃんがよくわからない言葉を発しだした。
「豁ヲ蜈キ? 縺セ縺」縺ヲ縺ヲ マスター、なんか別のダンジョンのコアがマスターと話したいって言ってるんだけどいいかな?」
「別のコアが? まあ、それは別にいいけど、どこのコア? タニアさんかい?」
「違うわ、武具ダンジョンのコアよ、世界最大のダンジョンコアよ」
「……へえ?」
世界最大のダンジョンコアが俺に?
なんだろう、頭角を現しだしたダンジョンのマスターに、ご挨拶を兼ねた敵情視察か?
はたまた、人間のマスターへの単純な興味なのか、人間の考えの情報収集なのか。
なんにせよ、世界最大のダンジョンを作り上げた世界一のコアなのだ、只者ではないはずだ、話してみないことには何もわからない。
「あ、ああ……いいよ、呼んで」
唐突な大型イベントにドキドキするな。
しかも武具ダンジョンときた、どんな無骨な戦士のような悪魔が現れるというのか、それとも戦争を煽るような智謀系の悪魔だろうか?
空間が歪むと同時に一人の悪魔が姿を表す。
「よう! セパンスの飯ダンジョンコア、それと! お前がなんか新しい人間のマスターだな!? ボクが世界一のダンジョン、武具ダンジョンコアだぞ! 覚えておけ!」
……なんか、わけのわからない武器防具に身を包んでいる、勇者ごっこをして遊んでいる子どもの少年悪魔にしか見えない奴が現れた。
子どもと言うより、生意気ショタだな、なんていうか顔つきも可愛すぎるから、おねショタ漫画の竿役ショタみたいだ。
お姉さん勇者とかエロシスターとかにわからされエッチされて泣かされる、いたずらっ子悪魔みたいなイメージというかなんというか。
そんな失礼を通り超えた、無礼極まりない第一印象を考えられているとは想像すらしていないかのように。
ショタ悪魔は、俺が最強なんだぞ、驚いたかといった表情でふんぞり返っていた。






