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未来の意思

 部屋に干された、ヴィヒタの肌着と下着の匂いを嗅ぎながら、その匂いの変化をメモしつつ。

 時折、石鹸と蜂蜜瓶やチョコレート、食パンなどを眺めながらアウフは考える。


「間違いないわ、ここのダンジョンの意思はこの世界の意思じゃない、未来人? もしくは異世界人……?

 まあ人間じゃないかもしれないから人っていうのも変かしら、未来悪魔? ……なんかしっくり来ないわね、未来人でいいわ」


 アウフはヴィヒタに話すことは、常識の範疇で思いついたことの報告をするが。

 一人で物事を考えている時は、だいたいこういった、わけのわからないぶっ飛んだ思考をしていることが多い。


 そんなアウフが今回の石鹸を見て出した結論は、このダンジョンの意思は元々この世界にいた意思ではない、別の時間、あるいは別の世界から来た意思、である。

 このダンジョンの意思というより、飯困らずダンジョンに入れ知恵している意思と言ったほうがいいのだろうか。

 とにかくこの、入れ知恵している意思は未来あるいは異世界の存在だということだ。


 アウフがそのような考えに最初に至ったのは、ヴィヒタが半年地獄の訓練に駆り出されている時に、貴族の晩餐会に父親や母親の勧めで久しぶりに出席した時の事である。

 特に社交的な会合にはアウフはさして興味がなかったが、晩餐会に使われている食事や装飾品の変化を見ておきたかったので久々に参加してみることにした。


 晩餐会会場に入りまず目を引いたのは、透明なガラスのランプである。

 おそらく蜂蜜瓶を割って溶かして再構築したのだろう、これまで見たこともない透明度を誇る美しいランプがいくつも作られていた。

 こんな透明度のガラスを作り上げる技術は、まだこの世界には存在しない。

 しかしあの蜂蜜瓶を割って溶かせば話は別だ、不純物が一切ない完璧に透明なガラス細工を作り上げることは容易だろう。


 ガラス職人達には、これに満足せず、この透明度を自分で砂から作る技術を確立してほしいものだが、そこの研究現場は今どうなっているのだろうか。

 アウフは食事会に来てもそんなことばかり考えている。


 食事も飯困らずダンジョンで取れた作物を使った、新しい料理の数々がお披露目されている。

 食パンを小刻みに刻んで干して乾かし、パリパリになったものを油で炒め、色とりどりの果物をあしらい、はちみつを上からかけたようなおやつやら。

 薄く切った肉をこしょうで味付け、トウモロコシや玉ねぎなどを炒めて、周辺に果物をあしらい、豪勢に見えるような盛り付けをされている肉料理。

 ほかにも数々のよくわからないが、凝った料理、凝った料理、凝った料理が所狭しと並べられ、それらを貴族たちが食べ、談笑している。


「アウフ様、いかがでしょうか、ダンジョン産の食材を使った新しい料理の数々は」


 ヴィヒタの代理で私のそばにいる、初顔合わせの護衛の女騎士の人がそう言ってくる。


「まだどれもこれも、新しい食材を既存の調理技術に組み合わせて作ってみましたって感じの手探りの試作品よね。

 今はまだ、どれも一流料理人の思いつきの創作料理でしかないわ。

 でもここから少しずつ洗練されていくことで、じわじわとセパンス発祥の新しい料理として確立されていくのよ……その変化の過程を観察できそうなのは少し楽しみよね」


「さ……左様でございますか」


 何か変なことを言ったのだろうか、代理の女騎士の私を見る目が、一気に奇妙なものを見るような目になってしまった。


 そんな事を言った後で、豪勢な食事の並ぶテーブルの上に質素に置かれていた飯困らずダンジョンから出てきたそのままの、飾り気のない食パンと蜂蜜瓶を見た瞬間アウフに電流のような衝撃が走った。


「え?」


 突然、目を丸くして固まってしまったアウフを見て、お付きの女騎士が心配する。


「? どうされましたか? アウフ様?」


「そうよ……洗練されている、そう……これは洗練……されすぎている? よく考えたらこれはおかしいわ、どうして今まで気が付かなかったの?」


「はい?」


 護衛の女騎士はアウフの言っていることの意味がわからなさすぎて、素っ頓狂な声を上げる。


 ヴィヒタ副隊長から、お嬢様は時々思考が暴走して、よくわからない事を言い出しますが、気にしないように。

 とは言われていますが、それはコレの事なのだろうか? と女騎士は考える。

 もう、セパンスではおなじみになったこの食パンとはちみつを見て、今更なにに驚愕されているのだろう。


 アウフは晩餐会会場に並べられた、美しい芸術のようにかたどられた透明のランプや、これでもかと高級な食材をあしらった豪華絢爛な料理の数々を見てこう思ったのだ。


 そうだ、普通はこうするのだ、と。


 高級品をいかに高級に見せつけるかを競うような作りをして、これが貴族の装飾品、これぞ貴族の食べ物、これぞ至高の一品。

 そうやっていかにこの品々が高級であるかと、求愛する孔雀のように、これでもかと無駄にアピールをすることで。

 高い金を取ってもいい雰囲気を作りあげるものなのだ。


 しかし飯困らずダンジョンが出しているものには、そんなゴテゴテした高級感など存在していない。

 このパンにしてもそうだ、ただ四角くて表面が綺麗な焼色の中が真っ白なパン。

 しかしあまりにも完成度の高い、洗練された品。


 蜂蜜瓶にしても何の飾りっ気もない、しかしあまりにも完成された透明の瓶、薄っぺらな金属の蓋。

 あまりにも完成され洗練された、取り出し口の蓋の構造。


 これらの品々は、何一つ高級感を煽ってきたりなどしていない。

 普通の品なのだ。

 ただ、常識ではありえないほどに洗練されているだけなのだ。


 そう、普通なら、この会場の品々のように、ごちゃごちゃと高級感を煽るような品を作るはずなのだ。

 ケンマの宝石ダンジョンの最深部から出る、職人による恐ろしく細かい装飾とカットの施された宝石のように。


 しかしこれらの飯困らずダンジョンの出す食材は、実物を見て実際に知るまでは、頭の中で想像することすら難しい、シンプルに完成された品。

 長久の歳月をかけた創意工夫で、製法、素材、制作工程、一切のムダを無くし。

 気の遠くなるような改良と工夫を積み重ねた末に出来上がる、未来の製品。


 おそらくこのダンジョンの意思は、元からこれらの製品を実際に見て知っているのだ、そうとしか考えられない。

 パンまでなら、ダンジョンの謎の魔力でふわふわで美味しいパンを作りました、でも納得はできる、はちみつの瓶の透明さも魔力を使えばできるのかもしれない。

 しかしあの蓋の構造は違う。

 ダンジョンの意思がこの瓶の蓋の構造まで、1から自分で考えましたなどと言うのなら、このダンジョンの意思は天才とかいうレベルではないからだ。


 第一、蓋の構造を思いついたとしても、ここまで洗練された無駄のない作りにできるとは思えない、たとえ魔法で気軽に作っていたにしても、だ。

 この「洗練」という作業は一人の天才の知能や技術や発想で到達できるものではないからである。

 長い年月をかけての企業努力、市場競争、大勢の市民が実際に使って生じる不満意見といった状況に、長期間揉まれなければ生み出せないものだ。

 

 つまりこれらの製品は、ダンジョンの意思が考えて作り上げた品ではなく。

 私達が住んでいるより遥かに進んだ文明の意思がダンジョンに乗り移り。

 自分の知っている洗練された未来の商品を取り出して、私達への褒美にしていると考えたほうがまだ納得できる。

 

 元々の飯困らずダンジョンが出していた食品も、セパンスの冒険者がよく持っていた携帯食の模倣品なのだから。






 そして、その晩餐会からしばらくして、新しく産出されたチョコレートや石鹸を見たアウフは確信する。

 このダンジョンの意思は未来、あるいは自分たちの世界よりもっと進んだ文明をもった異世界から来た意思である、と。


 チョコレートも異次元に完成度の高いお菓子ではあったが、絶対にこの世界では作れないかと言われると、あまり確信が持てなかったのだが。

 石鹸はあまりにも完成度が違いすぎた。

 アウフの実家では石鹸をいくつか所有していたが、これらの石鹸の質を魔法で跳ね上げた所で、絶対にこの温泉ダンジョン産の石鹸の完成度にはならないと断言できる。

 もはやここまでレベルが違うと質とか技術といった問題ではなく、製法から素材に至るまで何もかもが根底から違うとしか思えない。

 それでいて、このシンプルにして完成された洗練ぶり、間違いなくこれは未来の品だ。


 仮に宮廷の科学者達がダンジョンの意思になって、石鹸を作り出したとしても、既存の石鹸の質を跳ね上げて、高級な香料をふんだんにまとわせるのが関の山だ。

 そう、それではあの時、晩餐会に出てきたダンジョン産の食材を既存の技術であしらってみた料理のような、高級な素材を組み合わせただけの未完成の品と同じである。


 ただの賢者や科学者の意思では、このような完璧に洗練された完成品を次々と生み出せるはずがない。

 これができる可能性があるとすれば、それは未来の意思しかありえない。


 というのがアウフの出した結論である。


 その結論に思い至ったアウフはさっそく、ダンジョンの意思についての新説予想を論文にし始めた。

 そして完成した論文を、昔からの文通友人のダンジョン研究家たちの間に送ることにした。

 石鹸のカケラも添えてである。

 これを少量とは言え勝手に配るのは問題があるかな? とも思ったが、私のダンジョン論文の根拠の元なのだから必要でしょう、仕方ないのです。


 アウフはさっそくメイドと護衛を呼んで、手紙を送ってもらうように要請した。

 しかし今、ヴィヒタは石鹸を掘り出しにダンジョン最奥に行っている上に、若い女騎士は見習いに至るまで連れて行かれてしまっているので。

 今、公爵家にいる女騎士は第4部隊の50歳を超えたおばちゃん騎士しかいない。


「この手紙を出して来て頂戴。あ、公爵家としてじゃなくて平民の身分として送っておいてね、送り先は昔からの文通友達なのよ」


 手紙を受け取った、おばちゃん騎士とメイドは。


「あら、アウフお嬢様はお部屋に閉じこもっていた時期にも、ちゃんと文通で仲良くされてたご友人がおられたんですね」


「幼少期から手紙は結構頻繁に書いておられましたよ、お互い会いに行かないという事は、病弱な少女とかが文通のお相手なのでしょうかね? 身分を介さない友達関係も文通でしたらいいものですよねぇ」


 などとほっこりするような会話をしながら、郵便局の配達人にその手紙を渡した。


 おそらく宛先の相手が、ダンジョン研究家の間でも思考が先鋭的すぎて、頭のおかしい異端児として白い目で見られているような集団ぞろいなどとは想像もしていなかっただろう。

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― 新着の感想 ―
洗練の話、とても面白い 作者の人生経験が伺える
読み返していて思ったのですが、パンのドロップはどういう状態で出てくるのでしょうか? ビニールに包まれてたら騒がれるし、素のままでは貴族に売りつけるものとしては汚れちゃうし 紙で包まれてるとか? マスタ…
アウフお嬢様回ホント面白いわ…… ちょいちょい発想の飛躍があるのは確かなんだけど読者から見ると納得はできるレベルな上に「こいつ天才か」と思えるだけの説得力はあるっていう
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