12階層建築後・女騎士視点
12階層自体はなんということもない階層でした、以前の私達ならばそれなりにはしんどい内容だったのかもしれませんが、半年もの間、第1部隊に鍛え込まれていたおかげなのか、何の手応えも感じませんでした。
最奥にはすごくいい香りのする、泡まみれのお風呂が待ち構えていましたので、ゆっくりと浸かることにいたしましょう。
ついでに洗浄力が高そうな温泉ですので、ここで着替えもいくつか洗ってしまいましょう、泡風呂で洗って水風呂でゆすいで乾かせば完璧です、すごくいい香りがする着替えになりました。
それにこの温泉周りの壁や岩、これ全部石鹸ですね? しかも濁りのない綺麗な白色で、いい香りで泡立ちも信じられないほどよい、凄まじく高品質な石鹸です。
ナイフで簡単に切り取れますし、これは持ち帰れるだけ持って帰りましょう。
リュックいっぱいに石鹸を詰めこむとかなり重いですが、今の私達なら持ち帰れます、本当にたくましくなってしまったものです。
そうして12階層の探索を終えて王宮まで帰ってきたら、なにやら先走ってやってきた他国のお姫様やら貴族様やらが集まって、陛下とともに晩餐会をしておりました。
はあー、もう来賓ですか? 他国の軍の受け入れ準備が整うまで待てないんですかね? 待てないんでしょうね……。
気持ちはわかりますのでなんとも言えません。
そして陛下を含む皆様が私達の匂いを嗅いで、何だこの香りは? これが12階層の効果なのですか!? と驚愕を始めました。
私達は帰還中もずっとこの匂いのままなので、もう感覚が麻痺していますが、すれ違う人という人が、全員振り向くのでかなり恥ずかしいんですよね。
「12階層には石鹸がたくさんありましたので、こちらで体を洗えば、皆様も香るのではないでしょうか?」
うおおお私達も今すぐ12階層まで連れて行け! という声が挙がる前に、バントゥ隊長が素早く石鹸を取り出して、これでも十分……かもしれない、という期待を乗せて、石鹸に意識を逸らせました。
えーと、たしかこの人は……ケンマ王国のグライダ王女様でしたかね、その人が石鹸を手に取り匂いを嗅いでいます。
陛下が湯を持ってこさせました、そしてその石鹸で手を洗い、その洗浄力や香りを確かめると、全員が目の色を変えて石鹸を欲しがりだしました。
「これは温泉ダンジョン産の最新の採掘物である! さあ今後最新の流行となるであろうこの香りを一番乗りで手にしたいものはおらぬか?」
今買うのは一番乗りであるぞとでも言わんばかりに、ユーザ陛下がよその国の姫と貴族を煽って石鹸のオークションを始めてしまいました。
すでに私達が散々ダンジョンで使ってきているという事実は無視です、購入した者こそ一番乗りなのです。
さらに隊長が持っていた石鹸のリュック以外は奥に仕舞えと、陛下が手信号でサインを出しました。
希少品を扮う気なのですか? 陛下。
結果として、ケンマの姫君が凄まじい値段で全部落札していきました。
周りの貴族がいくら値段を釣り上げても、ガン無視して倍プッシュするのでドン引きする金額になっていましたが大丈夫なのでしょうか。
周辺のお付きの顔が引きつっているので全然大丈夫じゃなさそうです。
隊長のリュック1杯分の石鹸がとんでもない額になってしまいましたが、私達のリュックにも大量に詰まってるので……いいんですかね本当に、こんな値段で売ってしまって。
そして翌日、私達はユーザ陛下に呼ばれました。
内容としては、あの先走ってやってきている姫様や貴族たちを、女騎士全軍動員して6階層の湯まで護衛しろとのことです。
まあ、それは問題はありませんが、なぜペーペーの見習い騎士まで含めて全軍連れて行くのですか? どう考えても過剰でしょうし、そんな戦力はむしろ邪魔ですよ?
「何人連れて行っても今回の費用はアイツラ持ちなんじゃから、国におるだけ全員連れていけばよかろう、なあに全力で護衛される事でケンマのメンツも丸立ちじゃ。
それであいつらを6階層まで運んだあとは、そこそこの精鋭を10人程度護衛につけてやって帰ってくれば良い。
本命はそこからじゃ。
大量の見習い騎士を一度、お前らが護衛して奥まで連れていき、全員10階層強化促進の湯にぶち込んでくるのじゃ。
そのあとそいつらを9階層の広場に待機させて、奥の階層まで行けるおぬしらが石鹸を9階まで持ち帰って、見習い達に渡して持って帰らせろ。
石鹸だけで見習い達の荷物を埋めるほど12階層と9階層を往復するのはさすがに無理ですというのなら、残りは9階層の作物を背負えるだけ背負わせて帰らせてもよいぞ。
見習い騎士の体力強化が早まり、石鹸や作物は大量に持ち帰れるといい事だらけじゃろ、なにしろ何人動員しても費用はタダじゃからな」
「はあ……なるほど、11階層の温泉を無視して12階層に降りるだけならアスレチックエリアはそれほど通りませんから、今の私たちなら1日で3往復くらいでしたらどうにかなりそうですね」
見習いとは言っても、一応皆、毎日訓練している騎士なのですから、大量の石鹸を背負って9階層から帰るくらいならどうにか可能でしょう。
戦闘の方も、第一部隊へ入隊予定の見習い騎士がいるなら大丈夫でしょう。
……まあ、新人でそれをやるのは絶対泣きが入って何度も吐くくらいにはキツイと思いますが、10階層の湯に入れた上でそれをやれるのは、あまりに理想的な強化訓練です。
強く育った人員はいくらでも欲しいのです、早く成長してもらうことにはなにも異論はありません。
「あと、最後まで姫と貴族娘を護衛するやつにはタンカでも持たせておけ、どうせあんな軟弱者は6階層までは歩けぬ。
ちゃんと糸ダンジョン産の布で作った丈夫なタンカをいくつも作っておるのでな、持って行くが良い」
「ふう、あの方々をダンジョンの奥にですか、大変そうですね」
「まあそう言うな、グライダ王女は甘やかされて育ったワガママ王女だがまだ話は通じる手合だ、あのくらいなら愛嬌みたいなものだ」
そうバントゥ隊長が言ってきます。
「ケンマは今でこそ莫大な富を持った国じゃが、あの高レベルの宝石が出るダンジョンが出来る20年以上前はイマイチなダンジョンしかない小国じゃったからの。
元々、あそこの王は非常に苦労人のまともな王じゃから両親はしっかりしておる。
ま、その反動で富を得た今では、息子と娘にはとことん甘くなっておるがの」
「本格的にやばくなるのは、そうやって甘やかされた2代目が親になって育てる3代目以降からですよね……」
「時々王冠を被った脳みそが入ってなさそうな猿みたいな生物が、普通におるからのう……」
……なんか、陛下と隊長が他所の国のヤバいなにかを思い出しつつ遠い目をされております。
きっと他国で、もっと強烈な何かをいっぱい見てきているのでしょう、見たくもないですが。
「ところで、この石鹸で身体を洗えばお前たちのその香りは手に入るのか? 一応あの石鹸だけでもいい香りはすると旦那は言っておったがな」
陛下ももう石鹸は使われているのでしょうが、私も隊長も自分たちの匂いが強すぎて、正直よくわかりません。
「まだはっきりとはわかりかねますね、これが温泉の効果なのか石鹸の効果なのかは。
まあダンジョンの瘴気の事を考えると、香りを何日も持続させるためには、あの温泉に入る必要があるとは思いますが」
「お前のところにおるアウフ嬢はどう言っておった?」
ユーザ陛下はアウフお嬢様の意見を時々私からお聞きになります、それだけお嬢様の意見は参考になると踏んでいるのでしょう。
「私は肌着の着替えを何着か、12階層の泡風呂で洗っていました、館に帰ってお嬢様に内容を報告するなり、その着替えはお嬢様に全部奪われました、そのあとお嬢様は」
「いま着ている肌着も全部脱いで! そしてそれを今すぐ石鹸で洗って! 12階層の泡風呂の湯で洗った肌着と、石鹸だけで洗った肌着との差を比べるのよ!」
「とか言って、私をひん剥いて裸にして、その肌着と下着を、通常のお湯と石鹸、温めた1階層の湯と石鹸の2つで洗濯させました。
今はその干した洗濯物の匂いを定期的に嗅いで差を確認しております……」
陛下がすごく困惑したような顔をなされました。
12階層で洗濯した肌着がサンプルとして重要なのはわかりますし、なるべく急いで同じ人物の肌着を使って検証するのもわかりますよ? わかりますが……。
お嬢様の行動は検証としては正しいのですが、傍から見て奇っ怪な行動でも躊躇なく平気でなされるので、陛下が困惑するのはわからないでもないのです。
そう……検証のためなら、私のパンツの匂いでも平気で嗅ぐんですよアウフお嬢様はっ。
お嬢様は純粋な知識欲で動いていますのでいたって真面目な顔で嗅ぐのですが、真顔でパンツを嗅がれるとかえってド変態に見えますので恥ずかしいです、やめてください。
後生ですからその姿は、他のご家族や使用人には決して見られぬよう、自室のみで行なってください! と切に願います。
「あ、あー……うん、理論的に検証中ということじゃな、うん……」
陛下も一瞬戸惑われましたが、検証としては何も間違ったことはしていないと判断せざるをえないようで納得されました。
「では、12階層の石鹸の回収を頼んだぞ……ああ、一応あの姫と貴族の6階層までの運搬も丁重にな」
「かしこまりました」
そして現在、姫と貴族さん達を6階層まで運んだあと。
大勢引き連れてきた見習いの騎士たちを10階層の湯まで連れていき全員風呂に入れたあと、9階層の大草原に待機させました。
私達はこのあと12階層でひたすら石鹸の採掘です。
石鹸の壁を掘り、リュックに詰め9階層まで戻り、見習いの騎士に渡すの繰り返しです。
石鹸の詰まったリュックを渡すと、その重さに皆ドン引きしていますが、まあそうでしょうね、私達も半年前ならこんなもの持てませんでした。
大丈夫ですよ、あなた達もいずれこれを一人で運べるようになります。
運べるように な ら ざ る を 得 な く な り ま す か ら 。
そんな第2部隊全体の、あなた達未来の希望に対する、温かい期待の笑顔が通じたのでしょう、見習い騎士たちの顔が青くなっていきました。
元から戦闘集団の第1部隊への配置を目指していた見習い騎士達は、この効果的な訓練への参加を普通にありがたがっている様子ですが。
華やかな王族貴族護衛の第2部隊への配属を目指していたはずの見習い騎士達は、こんなはずでは……といった顔をしております。
そうですね、これほど有益なダンジョンが国内にできてしまった時点で、私達第2部隊の運命は変わってしまったのかもしれません。
見習い達に石鹸を渡したあとは、全速力でまた12階層の石鹸を採掘して、また9階層に運びます。
その仕事姿は、温泉で見目麗しくなっていく華やかな女騎士のイメージと反比例するような、石鹸を掘り出す鉱山労働者の姿です。
疲れたら泡風呂、水風呂にすぐ飛び込めるように、すっぱだかで掘り出し作業をしている者すらいるその姿は、もう何もかもが色々と終わっている光景です。
私達はもうすでに、第1部隊の領域に足を踏み入れてしまっているのかもしれません。






