12階層建築後・他国の姫視点
ワタクシはケンマ王国の第一王女、グライダ。
ワタクシが生まれた年に発生したと言われる、新しい宝石ダンジョンにより国は莫大な富を手に入れ栄えたと聞きます。
物心ついたときには、すでに我が王国は宝石の生み出す富で繁栄の極みを遂げておりました。
故にワタクシは何をやってもいいのです。
そんなワタクシでも肌荒れだけは治せません、あらゆる薬草を試しても、私のニキビは消せませんでした。
お金で解決できないことがあるなんて、世の中は理不尽と嘆きと悲しみに溢れております。
そんな時、遠方のセパンス王国という国で、温泉ダンジョンというダンジョンが発生し、そこのお湯はどんな肌荒れにも効くという話を聞きました。
さっそく大金を投じて、商人に湯を持ち帰らせると、本当に効きました。
やはり金の力で解決できないことはないのです。
すっかり綺麗になった肌に満足して、半年ほどたった頃でしょうか。
セパンス王国の第1部隊とかいう集団が、手紙を届けに立ち寄ってきました。
同じ女性というより、同じ人類なのかと疑問に思うような風貌で、子供の頃に見た時は怖くてトラウマになりそうな集団でした。
しかしどういうことでしょうか、今見るとカッコいいです、不覚にも少しドキッとしてしまいました。
それどころか、よく見ればワタクシよりもきれいな肌をしているんじゃないでしょうか? なんですかこれは?
聞けばそれこそが温泉ダンジョンの真の力であり、私が満足していたのは持ち帰り可能な1階層のお試し品レベルのものだったとか。
キレました。
ワタクシは激怒しました。
必ず、かの邪智暴虐の肌荒れを除かなければならぬと決意した。
グライダには政治がわからぬ、グライダは、甘やかされた王女である。
美食をし、いつも遊んで暮して来た、けれども美容に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明グライダは国を出発し、野を越え山越え、遠く離れたこのセパンス王国にやってきた。
早速、温泉ダンジョンの資料館に入り、あらゆる説明文に目を通します。
ケンマの宝石ダンジョン同様に、浅い階層であるにも関わらず悪魔が姿を見せたようですね、我が国の卑猥な格好をした変態好色悪魔の絵と違って、ずいぶん可愛い幼女の悪魔の絵が飾ってありますわ。
まあそんなことはどうでもよいのですわ、ワタクシが知りたいのは美容効果ですわ。
説明を見るに11階層の温泉が、あの凶獣のような第1部隊を麗しの女騎士に変えたそうです。
11階層は地獄のような運動を強いられる階層で、王宮庭園に建てられた疑似施設を30周できなければいかなる身分でも参加資格は持てないそうです。
やってやりますとも、絶対に、ケンマの王族に不可能はないのです。
スタートから1つ目の上り遊具も登れませんでした。
剥けた手の皮と、軽く剥げて血の出た爪を、お付きの者が大慌てで洗って消毒してきますが、痛いですわ、染みますわ、おやめなさい、殺しますわよ。
騒いでいるとセパンスの騎士が、何かを持ってきました。
「1階層のお湯でございます、これに手を浸しておいてください」
そのお湯につけると、あっというまに薄い皮膚が再生されて痛みが薄れました、あくまで肌を修復するだけで怪我を治す湯ではないため、応急処置レベルらしいですがやはりダンジョンの品は凄いですわ。
温泉に手を浸して再生を待っている間、遊具に挑むセパンスの貴族達を見ていると。
異常に鬼気迫る表情で何周も何周もしては、泡を吹いて地面に倒れ込んでビクビクしています。
手の豆を何度も潰しては、オケに入った湯に手を浸けて処置をして、また登り始めていますわ、まるで兵士の訓練です、あの娘はたしかセパンスの伯爵令嬢だったと思うのですけれど。
正直言って怖いですわ。
11階層は諦めて、6階層までを目指しましょう、時には引くことも王族たるものの資質ですわ。
ダンジョンに潜るためにはセパンスの女騎士の協力が必要不可欠との事です。
ですがその騎士の主力の大部分は新しく発生した12階層の探索に充てられており、しばらく戻ってこないとか。
ワタクシは仕方なく待つことにいたしました、1階層の湯で満たされた貴族用の浴槽がありますのでそれほど苦ではありません、これでも日々お肌が美しくなるので快感です。
それと食事もやたらと美味しいです、人生で食べた食事の中で一番美味しいと言っても過言ではありません。
飯困らずダンジョン産の食材で作られた食事とのことですが、温泉といい食事といいズルいダンジョンを2つも抱えていて許せませんわ。
ケンマの誇る財力を使ってこのチョコレートとかいうお菓子は、買えるだけ買うのですよ、わかりましたね。
なんですの、その顔は、たかだかお菓子くらいケンマの財力を以てすれば、いくらでも買えるでしょう。
1週間ほどして、ユーザ陛下もおられる、貴族の集う晩餐会に参加してましたわ。
ユーザ陛下は40寸前の年齢のハズですのに、20のワタクシよりも肌が美しいですわ、キレそうですわ、これでは貴族の娘が11階層を目指して狂っている理由もわかる気がいたしますわ。
そうこうしていると、晩餐会会場にようやくセパンスの第2部隊とやらが戻ってきましたわ。
……凄まじく美しい女騎士集団な上に、凄くいい香りもしますわ、ワタクシの使っている香料よりずっといい香りですわ、なんですのこれは、嫉妬心がムクムクと湧いてきますわ。
ワタクシのお付きの男執事どももなにデレっと見とれているんですの、殺しますわよ!?
聞けば、香りは12階層の効果らしく他のセパンス王国の者達も初めて香っているようで、みんな驚いているようです。
ユーザ陛下ですら、何だお前ら、すごくいい香りがするぞと驚いておりましたので、本当に初めてなのでしょう。
「12階層には石鹸がたくさんありましたので、こちらで体を洗えば、皆様も香るのではないでしょうか?」
といって、背負っていた大きな背嚢から石鹸を取り出しました。
一ついただいて匂いを嗅いでみると、なんとも心地良い香りがいたしますわ。
今晩早速使いたいですわ、言い値で買いましょう。
晩餐会はその後、他国の貴族も交えた石鹸のオークション会場と化しました。
当然のように大量に競り落としましたわ、ケンマの経済力に不可能はないのです。
執事の顔が少し引きつっておりますが、大丈夫ですわ、ケンマの経済力は無限なのですから。
それから数日後、セパンスの女騎士がほぼ全軍集結して温泉ダンジョンへの護衛についてくれると聞きましたわ。
それはそうでしょう、ケンマの第一王女であるワタクシを守るのですから究極レベルにまで防衛は固めるべきですわ。
早速温泉ダンジョンに向かいますわよ。
ダンジョンに到着しましたわ、さあお進みなさい。
え? 馬から降りるのですか? なぜですの! ワタクシに、このワタクシに歩けと言うのですかっ!
低階層ではモンスターに襲われて死ぬより、モンスターに驚いて暴れた馬から振り落とされたり蹴り殺される可能性のほうがずっと高い?
……うう、仕方ないですわ、降りて行くしかないのですね。
いざという時はセパンスの騎士にタンカで運んでもらう事もできますの? 費用に関して執事に話しかけていますわ。
できる限り歩いてください姫、と執事が言ってましたが、ケンマの財力で何を恐れる事があるのです。
まあいずれ11階層まで行くための体力作りとして、なるべく歩くことは必要かもしれませんわね。
一階ではひたすら温泉を汲み出している作業員と、温泉水を売買している商人と、そいつらに食事を売っている商人がごった返していて、全然ダンジョンっぽくありませんわ。
まるで漁場の卸売り市場のようですわ。
20分ほど歩くと2階層へと降りる階段へとたどり着きましたわ。
……ずいぶん厳重に見張りがいるようですわ、ふむふむ、ここから先は男性禁制なので常に見張りが必要と。
それはそうです、ワタクシみたいな高貴な身分の者も浴槽に入るのですから当然です。
しかし2階層は広いですわね、温泉まで歩くのは、キツい……キツいですわっ、まだつかないのですか!
もう足がおかしくなりそうですわ!
そうこう言ってたら到着したようで、セパンスの騎士たちが前に私達を通して、あちらの行列に並んでくださいと言いましたわ。
行列ですって? ここに並んでいるのがいかなる身分の者達か知りませんが第一王女であるワタクシを行列に順番待ちさせる気なのですか!? なんたる侮辱。
ふざけないで、お退きなさい! と言おうとしましたが、行列の民衆達は全員ヤリを携えておりますわ。
全員女性ですが、妙齢の若い女性ばかりではありません、おばさんから老婆、果ては10歳にも満たなさそうな少女までがヤリを携えて行列に並び雑談をしています。
その不自然で不気味な光景を眺めていたら、壁の亀裂から突然醜悪な動物のモンスターが飛び出して、列に襲いかかってきました。
民衆たちは息の揃った様子でヤリを敵に向かって構え、十分に引き付けたあと串刺しにして殺しましたわ。
モンスターを殺したあと、民衆達は何という事もなく会話を続けます。
その異様な光景にドン引きしてしまって、お退きなさいと一喝する気が失せてしまいましたわ、野蛮ですわ、怖いですわ。
一体なんなんですの、ここの民衆たちは。
まともな護衛を付けずに独自にダンジョンに潜っているというのですか??
11階層へ向かう訓練をしていた貴族の娘たちもそうですが、この国の女性たちは美容のために皆戦闘の訓練を積んでいませんこと?
実際、2階層程度に潜るのにいちいちまともな冒険者の護衛を雇う者は、大金持ちの貴族以外ではセパンスにはもういなくなっていたのだ。
飯困らずダンジョンの出身者ならば2階層程度なら一人でもどうにでもなるし。
いなくても、あわてず一斉に敵を刺せる程度に冒険慣れした一般人が、20人ほどの臨時パーティを組んで行けばまず安心だからである。
ダンジョン周辺では、まるでネットゲームの一時狩りPT募集のように、2階層浴槽までの臨時PTを募集し。
風呂に入りたい者同士が徒党を組んで入る方式が主流になっていた。
順番がようやくきましたわ……。
温泉にはとてつもなく広い浴槽に人がみっちり詰まっていて、どこに入れと? そう思うと温泉の隅っこが空いておりましたわ。
……ふざけていますわ、まるで芋洗いの庶民浴場ではありませんか、このワタクシを何だと思っているのですか。
苛立ちながら湯船に浸かると、肌がどんどん艷やかになっていきますわ。
久しく忘れていたこの肌感触、ああ、そうです、これがずっとワタクシが追い求めていた効果ですわ。
インチキな美容薬を掴まされては、思い通りの効果がでなくて苛立っていた日々に比べれば、こんな芋洗いの浴場も我慢できますわ、できますわ……でも腹は立ちますわ。
「メイドたち、私の身体を洗いなさい、あの石鹸を使ってです!」
石鹸のいい香りが身体全体を包みますわ、汚れとともにストレスが一気に流されるようです。
メイド達が私を洗ったあとの残り泡で体を洗っていますが、そのくらい許しましょう。
浴槽から上がったあと、目的の6階層までは、ここまでの6倍くらいの道のりが待っていると聞いて、諦めましたわ。
さあセパンスの騎士たち、ワタクシを丁重に運んでくださいますこと?
諦めるのは自力で歩くことだけですわ、温泉は諦めません。
メイド達のお顔がひきつっておりますが、石鹸も温泉もあやかれるのですからそのくらい我慢なさい。
タンカで運ばれるのはラクなのですが、セパンスの女騎士二人に運ばれてると、肌の美しさが間近で見えて嫉妬しますわ。
身体からいい香りもしますし、そのうえ歩くたびに芳香が強くなってませんこと? なんですの、汗が香水と化していませんかこの人たち。
いい香りに包まれて揺られていると、3階4階5階6階の湯に次々とたどり着きましたわ。
6階層の湯は素晴らしいですわ、信じられないくらいに肌が美しくなっていくのが実感できますわ。
ワタクシはまだ20歳ですので、3歳も肌年齢が若返ったうえ6階層の湯に浸かった状態ならば、セパンスの騎士にも肌は匹敵できますわ!
今6階層の湯には、セパンスの騎士達も裸になって入っていますけれど……うう、締まる所がしっかりひき締まったプロポーションですわ……。
……肌はなんとか対抗できていますわ。
自分の、がっしりつかめる腹の肉の事を思うと、そう思って精神を慰めるしかありませんわ。
……広場にいたセパンスの貴族が鬼気迫る形相で、あの無茶な遊具に食らいついていた理由が少しわかった気がしましたわ。
自国に戻ったら、ワタクシも少々真面目に運動をする必要がありそうですわね。
さあ、帰りますわよ。
タンカに揺られてうとうとと眠っているうちに、ダンジョンの入口まで戻ってきていましたわ。
横ではメイドたちがぐったりのびて横たわっていますわ。
なんですの、第一王女の前でその態度は、シャキッとなさいシャキッと。
……あら?
周囲を見渡すとワタクシのお付きの者たちと他の貴族、あとセパンスの騎士たちが10人くらいしかおりませんわ?
何千人といたワタクシを守るために集結していた護衛の騎士たちはどこに行ったんですの?






