ダンジョンコア会談・2
あけおめ
俺も眼の前に現れた二人のコアとマスターにとりあえず自己紹介しなきゃな。
「どうもこんばんわ、俺は○○○っ!?」
いきなり身体が硬直して声が止まる。
「マスター!? いま本名言おうとした? マスターの真名は私しか知らなくていいの、あなたはセパンスの温泉ダンジョンマスターよ、いいわね」
なんか一瞬、名前を名乗ろうとした瞬間に身体がしびれて声が出せなくなったぞ?
ペタちゃんがなにかしたのか?
「ははは、セパンスの飯、そんな事も教えてなかったのか? コアとの魂の契約を保つには、本名を別のコアには知られないことが必要だからな、だからこの世界の有名な知識人の魂はあんまり使えねえんだよ」
宝石に身を包んだ褐色のお姉さん悪魔はそう笑って説明する、よくわからんがそういうルールがあるらしい。
ああ、だから、いちいち異世界からマスターを引っ張ってるのか。
この世界の商人や貴族をマスターとして引っ張り込んでも、いつどこで名前が知られてこの悪魔の契約みたいな状態を保てなくなるかわからないってことか。
「そうか、じゃあ俺はセパンスの温泉ダンジョンマスターだ、よろしく、あんたたちはどっちも宝石ダンジョンなのか?」
「ああ、元々あった俺の宝石ダンジョンはもう潰したからねえしな、適当な宝石しか出してねえから7階層で成長が止まって、今じゃもう誰も来なくなっちまったからあんなもん残してても意味がねえからよ」
そう豪快に宝石ダンジョンの悪魔は笑った。
どうやら大雑把で適当な性格らしいな、この褐色巨乳のお姉さんは。
「話してて貰えてるポイントから計算すると、お前は今11階層か? マスターになって1年も経ってないだろうに、凄いなお前」
「そのウえ貴方がたハ、別々でダンジョンの運営を続けていルのデスか? そして1年足らずで11階層とハ……随分と凄まじい、そちらのマスターさんは人間の頃は一体どういったお方だったノで?」
「ふっふーん、数多の経営を成功させた凄腕商人かつ、大きな街の市政も成功に導いた経験のある若い死にかけの魂という条件で異世界を探ってみたら、案外あっさりと見つかっちゃったから契約したのよ!」
は?
何いってんだよこいつ、数多の経営を成功させた凄腕商人かつ、大きな街の市政も成功させた経験のある若い死にかけの魂?
なんだよその、結婚相談所で年収1億の若いイケメンのスポーツマンな医者を希望します、みたいなバカ丸出しのふざけた要望出したかのような条件は。
いや、たしかに健康だった頃の俺は経営コンサル会社の社員でさ、やり手の社長のアドバイスを元に、色々なフランチャイズ店や飲食店や雑貨屋の経営立て直しとかのアドバイザーみたいな形で派遣されてたけどな。
数多の経営を成功させた凄腕商人と言われるとあまりにも語弊があるぞ?? 経営マニュアルの規範に則って店舗改善をしてきた経験がそこそこあるだけだからな!?
それと市政を成功に導いたってなんだよ! 俺は市長なんてやった覚えねえよ! それ絶対ゲームの話だろ!?
どうせメガロポリス60万人都市とか作って、あなたは優秀な市長として表彰されました、バンザーイみたいなあれの経験を拾ってるだけだろ!!??
そんなデタラメな判断で俺はマスターに選ばれていたのかよ? お前の検索ガバガバじゃねえか!?
「凄腕商人かつ、敏腕政治家経験者だと……その若さで? 一体どういう奴なんだよお前!?」
褐色巨乳悪魔が目を丸くして俺を見てるけど、俺が聞きてえよ、どういう奴だと思われてるんだよ。
「ホウ……? ソレはすごい経歴です、アナタはどこの国のお方なのデスか? アジア方面の人種だとは思われルのデスが……」
胡散臭い喋りの金髪シルクハットが、微妙に不安そうな様子でそう尋ねてくる。
「そうですね、日本人ですよ、ジャパニーズ、あなたはヨーロッパ方面の宝石商の方でしょうか?」
「ソウデスか、私は元々イギリスの宝石商であり宝石職人だった者デス、粉塵で肺を傷めたせいデスかね、思いのほか早死にしてしまいましたガ。
しかし、死後もこうしテ契約によって、宝石職人としてノ活動を継続できる事はアリガタイ限りデス」
日本人だと知ると、少しホッとしたような感じになったな、なんだよ、他のアジア人だとまずいのか?
「イギリスですか、残念ながらあまり詳しくはありませんね」
「ワタクシも日本の事はよく知りまセンよ、長らく国外からの船を阻んでいるようデスからネ、知っていることは、金がよく取れて、トクガワとかいう王が代々統治しているといった情報程度デス」
おい………今なんつった? こいつ?
トクガワだと????
お前いつの時代の人間だよ!!???
まさかこのマスター現代人ですらないのか???
えーっと、徳川幕府って事は、1600年から1860年くらいの間か? ……範囲が広すぎて全然わかんねえ、でも長らく鎖国してるって印象なら中期か後期かな。
1700年後半から1800年頃のイギリスなら、たしか産業革命の時代だったよな、ちょっとカマかけてみるか。
「ええ、こちらもイギリスでは蒸気機関の開発による産業革命で、慌ただしく文明が変化する激動の時代だったという話くらいしか聞いておりませんね」
「よくご存知デ、だいたい私が亡くなったのもそのあたりが落ち着いてきた頃デしたかネ、マ、宝石にしか興味のないワタシにはあまり関係のない騒ぎデス」
はい、決定、1800年代の幕府末期くらいの人だわこの人、アヘン戦争のゴタゴタをやらかしてた時期かよ、だからさっき、俺がアジアではあまりイギリスと諍いのない日本人と知ってホッとしたのか。
俺のことを若き豪商の敏腕政治家(笑)などと勘違いしているのだ、いくら関係ない宝石商でも、俺がゴタゴタの被害側だったのなら何を言われるかわかったものではないしな。
まあ少なくとも、俺がやっているような、モニターでステータスオープンしてのお手軽ダンジョンマスター経営、みたいな離れ技は絶対にやっていないと断言できる時代の人間だな。
つまり、俺みたいに侵入者の会話を聞いたり見たり、ダンジョンのポイント管理や建設に至るまでを全部ぶん回したりなどはおそらくしていない。
おそらくは、純粋に宝石職人として、宝石の知識のみをコアに提供しているマスターの可能性が高い。
つまりダンジョン経営はそっちのけで、宝石加工だけを研究し続けているような1800年代の宝石職人か、だったら交渉のネタが一つある。
「えー、実はこちらにいる私のダンジョンコアが運営している、飯困らずダンジョンでは食料の他に宝石も出るわけなんですが、他所でまだ産出されていない価値のある宝石をいくつか教えていただきたく今回お話をさせて頂きました」
「教えるわけねえだろ!?」
褐色グラマー悪魔がそう口を挟んでくる。
そりゃまあ、ダンジョンの飯の種というかポイントの種みたいな情報を無償でポンポン開示するはずはない。
「もちろんこちらも見返りに宝石のカッティングを一つお教えします、私はあなたよりもう少しだけ未来の世界から来たマスターですから、最新のカッティングを一つだけ知っておりますので」
そう言って、俺はついさっき、適当に作ったダイヤモンドを取り出す、おそらくこのダイヤモンドはアイデアルカットに形成されているはずである、現代の感覚でダイヤといえば自然とそれをイメージしているはずなのだ。
現代で定番化しているダイヤモンドカットであるアイデアルカットはおよそ100年前、つまり1900年代くらいに発明されたとかなんとか教育系テレビで見たような記憶がある。
非常に適当で曖昧な記憶だが、1800年代の宝石職人が知らないカッティングであることは間違いないはずだ。
100年以上ダイヤモンドの定番カットとして君臨し続けてきたカッティングだ、たぶん宝石職人ならその凄さが一目でわかるはずだ、俺にとってはダイヤって言えばこれだろって感じしかしないけどな。
「……そ、それは? ダイヤモンド、デスか!? 最新のマインカットをさらに洗練させたヨーロピアンカットのカッティングのようデスが……これは、さらに別物、極限まで輝きが引き出されていル?」
……マインカットだのヨーロピアンだのってなんだよ、知らねえよ、言葉の意味はよくわからんがとにかく昔のカットだって事だな、うん。
とりあえず目の色を変えて見てくれてるから、凄い物だという事は十分に伝わっただろう。
俺は、出していた宝石を引っ込めた。
「ア、もう少し、もう少しクワシク見せてクダサ-イ!!」
「それでは、まだダンジョンに登録されていないあなたの知る宝石をいくつか私に譲って飯困らずダンジョンで産出させる権利をください、そうすればこちらのダイヤは差し上げましょう、好きなだけ眺めて研究してください」
「出しましょウ!」
「おいっ!?」
小麦色爆乳悪魔が慌てて止めようとする。
「ダイじょうブデス、タニアサン! 宝石の種類は色や光り方で細かく細分化すれば何百種類だってありマスし! 今のウチのダンジョンで出せるのはせいぜい70種類程度です! いくつかの未登録宝石の権利を譲渡した所で何も問題はアリマセン!」
タニア? 俺の言うペタちゃんみたいな仮名かな、宝石ダンジョンコアとか、日焼けおっぱいじゃ、まあなんとなく呼ぶのに困るしな。
「そう言っていただけると幸いです、あなたのセンスで選ばれる美しい宝石の数々をこちらのダンジョンでも提供できる事、心より期待しております」
わからないと思って安っぽい宝石を出されたら困るので、とりあえず職人魂を刺激するような言い方をしておく。
ここで安っぽい宝石を出したら、お前の宝石選別センスはこんなものかと宣伝するに等しい。
「流石に最上級の宝石の権利は渡せませんガ、名には恥じぬモノはお渡しいたシマスよ」
そうして、俺は4種類ほどの宝石を手に入れた、宝石の名前も聞いたが、どれも聞いたことすらない名称の宝石だった、価値に関してはこいつのプライドと良心に賭けるしかないな。
「それでは私からも、こちらのダイヤモンドを提供いたします、ぜひあなたの宝石業の参考にお役立てください」
そういって大小さまざまのダイヤモンドを取り出して手渡す、渡した瞬間シルクハット金髪はあらゆる角度から光をかざして見つめ、うっとりとしたような声をあげていた。
そんな宝石職人マスターの様子を、タニアとか呼ばれてた悪魔がなんかいいように扱われた気がするなぁ……って感じの釈然としない顔で眺めていた。
「それでは今回の取引はこれで、お時間ありがとうございました」
そう言って、俺は通信を切り上げた、だいたい20分くらい話したのか、8万ポイントほどしか減っていなかった、安い買い物だったぜ。
……それにしても、宝石ダンジョンのマスターが200年くらい昔の人間だったとはな。
だったら、ドルピンス王国の糸ダンジョンマスターとかって、下手すりゃシルクロード時代の人間なんじゃねえのか?
仮に現代人の、大量生産された糸や布で商売していた仕立て屋さんが呼び出されたりしたとしても、糸と布をダンジョン産出品に選択するとは到底思えない。
糸ダンジョンの話を聞いた時は、なるほどそういう発想もあるのかと感心したが、冷静に考えるとあきらかに現代人の感性で作られたダンジョンではない。
文字通り命がけで糸と布で商売をしていた、古代の商人が作ったダンジョンだと言われたほうがはるかに納得できる。
「ねえマスター、あの宝石のカッティング? だっけ? あれって宝石ダンジョンに教えちゃってもよかったの?」
「ん、だってあれダイヤの光の屈折率を計算して作られたカットのはずだから、ダイヤでやらなきゃあんまり意味はないはずだから大丈夫じゃない?」
「……ダイヤを出すためには、6つのコアと交渉しないといけないから、まず出すのは無理よね、だったらあのカットは私達にとっても無意味なのかしら」
「そうでもないよ」
俺は、新しくアイデアルカットの施されたダイヤのような石を2つ取り出す。
「ウチではこれなら出せるからね、そしてこれは少なくともあのマスターには出せない」
「それ、さっきと同じダイヤじゃない? どうやって出すのよ、ダンジョンの掟をくぐって勝手にドロップ品として出すとか無理だからね?」
「じゃあこの2つの宝石が、他のダンジョンでドロップ品として登録されているかどうか調べてみなよ」
ペタちゃんは2つの宝石を調べてみると、どちらも登録されているダンジョンは存在しないと出ていた。
「え? なんで?」
「これはダイヤじゃなくて、こっちはキュービックジルコニアでこっちはモアサナイトだからだ」
どちらも最新科学で作られた、ネット通販などでもお安く買える模造品の人工ダイヤである、1800年代の宝石職人が人工ダイヤモンドなど知っているわけがない。
俺だって店舗装飾用のイミテーション宝石を、色々と仕事で調べた経歴がなければこんなもん知らなかっただろう。
「……ダイヤと全く違わないように見えるんだけど?」
「うん、不純物の量とか以外はほとんど違わないんじゃないかな」
「不純物が混ざってるの? じゃあ結局安物じゃないの?」
「安物なのは認めるけど、ダイヤよりこっちのほうが不純物は少ない」
何を言っているんだというような顔でペタちゃんが俺を見るが、冷静に考えると俺も何を言っているのかよくわからない。
科学的にどうなのかまでは知らないが、現世では天然のダイヤと人工のダイヤの差ということで、とてつもない価格の差が産まれているが、品質としてはほとんど天然と違いはないと聞く。
なら人工ダイヤを作れないこの世界においては、純粋に不純物が少なく光も強いジルコニアやモアサナイトのほうが宝石として優れていると判断される可能性すらある。
そもそもこんな魔素をこねこねして作ったような宝石に、天然も人工もクソもあるかという話だ、人工と天然の価値の差について考えてもわけがわからなくなるだけだ。
地上の人間にそんな判断は丸投げしよう、そうしよう。
俺としては、ダイヤに似たダイヤではない別の宝石を出していると他のダンジョンが判断してくれればそれだけでいいのだ。
「まあこれで、宝石ドロップ品、数種類のネタが出来たわけだ、しばらくは飯困らずダンジョンのドロップ品更新のネタは困らないだろ、あ、宝石はたまーーーーーに出すだけでいいよ、よく出るものとしては追加の食材ドロップは適当な食材でも出しとこう」
「追加の食材かーー……、じゃあチョコレートでも出そうかな、チョコ集めてたらたまに宝石がポンと出るような感じで」
「うーん、まあいいんじゃない?」
まるで食材のおまけで釣ってお菓子を売る商売みたいだな。
「宝石、最初の1個か2個は早めに出してね、3つ目からはどれだけ人が詰めかけても2週間に1個出ればいいや程度でいいよ」
「そんなにケチでいいの?」
「逆にそんなにケチじゃないと駄目だ、なに、それでもチョコやコショウは出るんだ、さほど文句は出ないよ」
かくして、飯困らずダンジョンの10階層には新しく、宝石ダンジョンマスターからもらった宝石1種類とチョコレートが産出することが決まった。
「ふう~む、美しイですねエ、どれホドの計算を経てこのカッティングにたどり着いたのカ……」
宝石ダンジョンのマスターは、ずっと温泉ダンジョンマスターからもらったダイヤを眺めていた。
宝石ダンジョンのコアはその様子をずっと眺めることしか出来ない、なにしろ自分には宝石の価値はよくわからないし、もらった宝石も何がどう凄いのかわからないからだ。
ただ見たこともないくらいに、もらった宝石はギラギラしていることだけがわかる、たぶんそれが凄いのだろう。
自分はただ、このマスターが作り上げた宝石を自分のダンジョンで産出することしかできないので、あまりこういった作業に口出しは出来ない。
自分にできる事は、マスターが作った宝石を身につけて、マスターに装飾品としての出来栄えを確認させること。
あとは宝石を取りに来た冒険者を、いかに争わせ、傷つけ、殺して、ダンジョンポイントを多く得られるダンジョンを作るかだ。
難易度を上げすぎて殺しすぎても探索者がいなくなるのでさじ加減が難しい。
14階層あたりからは、チンピラのような単独の冒険者ではだんだんと通用しなくなってきた、早い所、騎士団といった国の正規軍に介入してもらいたいところだが。
国が軍を投入する価値があると判断する、俺が今身につけているような極上の宝石を出せるのは、20階層前後にならないと無理だ。
最も早く人間マスター方式を導入した糸ダンジョンは、かなり早い段階で国軍が投入され出したというが、何で糸と布などがそんな価値を持つんだ。
欲しがる人間の欲の強さを見ても、品物の価格を調べても、絶対に宝石のほうが価値が高いだろ、だから俺は最初から宝石職人の魂を探したんだ。
マスターに聞いても、なるホド糸と布ですか、そレにはさすがに勝ち目が無いかもシれませんネーとか笑いやがったし。
どういうことだよ! わかんねえよ! 一番高額なのは宝石なんだろ?
じゃあ宝石でいいじゃん?
そんな感じに、おっぱいのサイズとは反比例した知能で宝石ダンジョンコアは思考していた。
「おい、マスター!」
「ううむ、パビリオンの深さを変えるとこの完璧な光の屈折と反射が崩レ……」
「マスターーー!!!」
「あ、ハイッ、なんでしょうタニアさン」
「セパンスの温泉ダンジョンマスターとかいう奴、1年足らずで11階層に到達してたよな?」
「そうアナタが言ってマシたネ」
「温泉ってなんだ? お前わかるか? それって宝石より価値があるモンなのか?」
「……話せる時に、本人から聞けばヨカッタではありませんカ」
「向こうがポイント使って話してる時に、こっちが質問して時間取ったら失礼だろうがっ!!」
「……タニアさンは、豪快なのか繊細なノか、よくわからなイ方デスネ……」
なお、このあと温泉についての説明をマスターから受けたタニアは、ダンジョンコアにとってあまりに意味不明の概念すぎたため深く考える事をやめた。






