呑気なマスタールーム
「んん? 誰だこれ?」
見慣れない女騎士が入ってくる様子を、マスターはモニターで見物していた。
「いつもの副隊長さんが案内してるから、ああ……これが噂の第1部隊の方々なのかな?」
……怖いな。
一欠片も騎士としての優雅さ、みたいなものは感じない、完全に戦闘特化の部隊というのが頷ける。
「いつもの女騎士部隊が街をパトロールしているお巡りさんだとしたら、こいつらの雰囲気はヤーさんの事務所にガサ入れしに行くマル暴の警官といった所だな」
「んん~? マスター、誰それ」
「ペタちゃん、たぶんこれが第1部隊って奴だよ」
「へー」
まあ、のんびり茶でも飲みながらゆっくり眺めて会話を聞いてみるか。
5階層の湯船に第1部隊の人たちが入ったところで、一回の入浴じゃ名前と年齢くらいしか見えないしな。
彼女たちの会話はしっかり聞いておく必要がある。
「マスター、ようかんも出して~」
「はいよ、うん、お茶に羊羹はいいよな、ペタちゃんの味覚もいい具合に仕上がってきているじゃないか」
俺はスマホのような画面をいじって、羊羹とお茶を作り出すボタンを押し、出てきた食べ物をペタちゃんに渡す。
「んんー、甘ーい、美味しい」
俺の趣味で色々な食べ物を出してるせいか、かなりペタちゃんの味覚の仕上がりが日本人テイストになっていっている気がする。
異世界の住民の舌に合わせる教育だと考えると、この方向性の味覚に育てるのは正しいのだろうか?
まあ……正直そこに関してはよくわからんので、俺の味覚に合わせてもらうしかない、俺の想像で異世界人に合う最適な味覚に教育することなど不可能だからな。
「こちらの湯は国内外問わずの一般客で長蛇の列ができており、2階層の湯に入るのにはかなり時間がかかるかと思われます」
画面の向こうでは副隊長さんが丁寧に、案内しつつ温泉ダンジョンの内容を説明していた。
「あの副隊長さんってかなり高身分の貴族のはずだよな? そんな人をこんな風に観光ガイドみたいな案内役として扱えるのか……」
どうやら第1部隊は、この国ではずいぶんと地位が高く扱われているようである。
つまりセパンス王国は身分すら実力があればひっくり返せるものらしい。
おそらく男の騎士団の方も似たような作りなのだろう。
「ただ地位を得られるかわりに、人生の大半で過酷なダンジョン生活を強いられる形にはなってるから、貴族側からの反発もそれほどないってわけか、それだけ他国で取れるドロップ品が国益に重要なんだな」
のんびりと、羊羹や、おかきをつまみながら、お茶をすすり、俺はそんなお国の事情をぼんやりと考える。
「マスターって、なんでこんなちょっとの会話聞くだけで、全然関係なさそうな事を察したり、納得したりできてるのかな? うーん、わかんないなぁ……
あ、マスター、次はね~、ういろうと八ツ橋出して~」
早々と羊羹を食べ終わったペタちゃんが次のお菓子を要求してくる。
渋い選択だなぁ……。
そんなお菓子、結構前に旅行先で買えそうなお土産銘菓シリーズとして、一回ずらーっと思い出せるだけ出した事があるだけなのに、よく覚えてるな名称を。
ペタちゃんはこれまでの学習環境が悪すぎただけで、学習能力そのものは普通に俺より高い気がするんだよね……。
そうこうしているうちに、第1部隊の騎士団は混んでいる2階層の湯を無視して、3階層、4階層の湯へと入っていく。
すごい身体だ……、全身ガチムキの傷まみれで、身体のあちこちに謎のコブがいっぱいついていたりする。
こんな身体、神輿担いで10年の巨大神輿ダコが肩にできてるおじさんみたいな、びっくり人間紹介とかでしか見たことないぞ。
女騎士の入浴なのにすっげぇ……やっべえ……なんて筋肉だ……って感想になるのってどうよ。
さっきから一ミリもエロいって感情が出てこない。
5階層では、あの勝手に湧いてるボスモンスターを隊長らしい人が素手で殴り殺したぞ。
本当に人間かよこの人。
たしかここのボスって、俺達がマスタールームで使ってる奇跡の歪みがモンスター化してるんだっけ?
最近は瘴気から食事をバンバン作り出して食べるのを、ペタちゃんと一緒に楽しんでいるので、毎日のようにリポップしてくるんだよね、こいつ。
まあ、別にいいけど。
正規の騎士団ならたいして困らない程度の強さのモンスターらしいから。
「ねえねえマスター、まるぼうろと、あと、ざびえる出して~」
……とりあえず言われるがままに取り出すが、どっちも佐賀と大分のお土産にもらって、俺も現世じゃ一回食べたっきりなんだけどなぁ。
本当にこれは正しい味を再現できているのだろうか?
俺も出したものを、一つもらって食べるが、こんな味の食べ物だったような気がする……。
といった感想しか出てこない。
元の味をはっきりと覚えてないから、再現が完璧なのかどうなのか全然わからないのだ。
ポテトとかチョコとか普段から食べてたものは完璧だから、きっと完璧なんだと思うんだけど、何の自信もないぜ。
「あれ? 5階層の湯に入るのかこの人、まあ常連になってくれなきゃ、せいぜい名前が見える程度だから、こっちとしては入っても入らなくてもどっちでもいいんだけど」
とりあえず俺は隊長さんらしき、怖い人の名前を表示してみる。
トウジ・ノーユ(43)
出てきた情報はこれだけである。
帰り際にまた来て入ってくれれば、セパンス王国女騎士、第1部隊隊長、って肩書も見えるようになるだろうが。
そこから先の情報が表示されるほどの回数を入ってくれるとは思わない。
一度11階層まで駆け抜けて帰還したあとは、この人たちはまたどこか別のダンジョンに行ってしまうだろうからな。
なんか次は、6階層の湯に入るか入らないかで揉めだしたぞ。
周りのみんなはどう見ても入りたがってるのに、この隊長さんは随分と強さ一点張りの実利主義だな。
副隊長さんが皮膚の耐久性などは落ちませんと力説して説得したけど、ちゃんとそういう事も実証実験してたんだ?
性能は下がらないという温泉設定にはできたからそうしてはいたんだけど、そういう設定にしたというだけで実証は俺にはできなかったからな。
そのあたりの設定はちゃんと機能していたことがわかってありがたい。
そうして第1部隊の面々も6階層の潤いの湯に入ることになった。
おお、さすがにここに入ると違うなぁ……一気に髪も肌も美しくなって、急激に腹筋バキバキの格ゲー娘の裸をみてるかのようなエロスが漂い出した。
急に可愛くなっていったせいか、第1部隊の騎士たちは絶句したあと、周りの仲間の変貌の様子を見て耐えられずに爆笑しはじめてしまったぞ。
「ぶっ…はははは、無理!耐えられねえ!」「何、みんな可愛くなってるんだ」「これじゃまるで第2部隊じゃねえか!」「うははははははは!!」
周辺で笑いが起こっている中で、笑っている風を装いながら、ひっそり泣いている娘もちらほらいた。
これまでの第1部隊としての人生で、色々と失ってきた美貌などが戻ってきたことによる感極まった感情の現れだろうか。
そんな様子の仲間たちがいることに気がつくと、爆笑していたみんなも静かになり、さきほどまでとは打って変わって静かに喜びを抑えるような様子になっていった。
そんな中で、トウジ隊長とかいう人だけは、ずっと複雑そうな顔で部下たちの様子を見ていた。
「ヴィヒタ……本当に弱体化はしないのかい?」「え? あ……はい」
「あんたの言ってるのは皮膚の強度だけの話だろ……ったく、大丈夫かしらね、こいつら」
……うーん、どうやら一切ブレることなく、乙女心が戻ってきた部下の精神的な強さに影響がでないかだけを心配しているみたいだな、この隊長さん。
恐ろしい人だ、完全に任務遂行のみを考えた仕事人だわ。
「皮膚が弱ってないならほかに何が弱るっていうの、あ、マスター、次はコーヒーとそれに合うお菓子がいいな~、まだ食べたことないのが食べたい」
ペタちゃんが呑気にそんな事を言って、新しいお菓子を要求してくる。
うーん、コーヒーに合うまだ食べさせたことがないお菓子か。
ケーキもクッキーもドーナッツもすでに食べさせたことあるからな、難しいな、なんにしようかな。






