温泉ダンジョンご案内
「えー、第1部隊の皆様、こちらが温泉ダンジョンになります。
1階層の湯は、皆様が前日宮殿の浴槽でお入りになられた湯と同じです。
この階層の湯に限り、持ち帰って入っても効果がありますので、この階層はお湯を汲み出す作業員が常に在駐しておりますので入ることはできません」
わたくしヴィヒタは数名の部下を連れて、第1部隊の方々に温泉ダンジョンの説明をしながら順番に案内をすることになりました。
全員、無言の仏頂面で説明を聞いているので、怒ってるのか、楽しみにしているのか、なんなのかよくわからなくてこの人たち正直怖いです。
私達に向けられる視線も、可憐な貴族のお嬢様部隊として見下されているような雰囲気も常時感じますので、居心地も全くよくありません。
いつもの温泉ダンジョン探索で一緒の第2部隊の隊長は、第1部隊の持ち帰った糸ダンジョンの産出物を持って、ユーザ陛下とどこかに交渉に出かけて行ってしまったため、私とごく一部の部下だけで案内することになってしまったのです。
「……ですので、入浴は2階層からの湯船になりますが、こちらの湯は国内外問わずの一般客で長蛇の列ができており、2階層の湯に入るのにはかなり時間がかかるかと思われます。
効果は1階層の湯の強化版ですが、6階層にさらなる強化版の湯がありますので、この階層は飛ばしても問題はないかと思われますが、いかがいたします?」
「飛ばしてくれ」
全く迷いなくトウジ隊長がそう判断するが、一部の方々は、少しだけ残念そうな表情を見せました。
第1部隊の方々にも、そんな乙女らしい感情があったんだと思うと少しだけ緊張が和らぎます。
ほんの一部だけなのが気になりましたが、まあ、とりあえずそんな感情もあったんだと思いました。
「続きましては、3階層の湯、シミ消えの湯です。
ここの湯は何度も入る必要がありませんので、リピーターが少なくそれほど混んではいません、サクッと入って次に行きましょう」
「何分浸かればいい」
「目視でシミが消えた事を確認した段階で、いいのではないでしょうか」
あれ? ここはいいから飛ばそう、とは言わないんですね?
少し意外に感じましたが、答えを聞くと納得しました。
「病気のもとになる可能性があるものは、消せるなら消すに越したことはない」
なるほど、自身の身体の耐用年数が延びる可能性を期待できるならとりあえず入っておこうということですか。
全く美容の理由ではないあたり、トウジ隊長はトウジ隊長なんだなと思わせられます。
そして第1部隊の方々も素早く脱いで風呂に入っていきます。
……みんなすごい身体です。
傷もさることながら、鎧のズレとかで出来たであろう身体のコブとかも半端じゃありません。
どういう運動を強いた生活をしていたら、こんな身体になるのでしょうか……。
5分くらい浸かり、一番濃そうなシミが消えたことを確認すると、早々と上がって 「行くぞ」と命令してきました。
本当に合理的ですねトウジ隊長は。
「続きまして第4階層です、ここでは一度だけ3歳ほど若返る湯が湧いています、まだ20歳前半の方は避けておいたほうがいいでしょう。
第2部隊では16歳のリーロが入ってしまい、13歳の外見になってしまいましたから。
また鎧や靴のサイズが少し合わなくなったりする可能性がありますのでご注意を」
成長期の年齢の者は第1部隊にはいないため、全員問題なく入りました。
3歳の若返りはさすがに効果を感じるようで、全員がこれはすごいといった顔つきになりました。
特にトウジ隊長は大きく目を見開き、腕をしきりに動かして動作確認を行っている感じです、動きが若くなったことを感じるのでしょうか。
そうして次の湯に向かうため、5階層をしばらく進んできたところで、黒い豹のようなボスモンスターが出てきました。
そうです、この階層だけ、妙に強いボスモンスターが湧いてくるのです。
湧いてくるのですが、トウジ隊長が剣も抜かずに、ゲンコツでボスモンスターの頭をぶん殴って殺しました。
一撃です。
一撃で豹の頭が地面にめり込んで、一瞬で絶命しました、どういう力をしているのでしょうかこの人は。
「5階層にしては……ずいぶんな猛獣だね、この階層のボスモンスターかい?」
「は……はい。 昔は数日に一回くらい湧いてきていましたが、ここ最近は毎回みかけますね。これが湧いてくるせいで、人気の6階層の湯まで貴族の娘を連れて行く護衛の人数が過剰になっている原因でもあります」
「ふむ……。この階層の湯は?」
「浴槽は発見できていますが効果は不明です、きっとすぐにはわからない良い効果があると考え、私含め大勢の者が何度も入ってはいますが、未だに効果ははっきりとはしていません」
「……………」
トウジ隊長が訝しげな顔になりました。
そうですよね、普通は罠を疑います。
しかしこのダンジョンの湯が身体に悪いことをするとも思えません、これまで私達や数多くの冒険者達が何度も入って、とりあえず安全であることも確認済みです。
しかしトウジ隊長なら万一を考えこの階層の湯は避けることでしょう。
「………私は入る、お前たちは好きに判断しろ」
「えっ?」「隊長!?」
周りのみんなもこの回答は意外だったようで、部隊全体がどよめきました。
「……私は年だ、現役生命は元々それほど長くはない。
だから仮に5階の湯が罠であったとしても大した損失ではない、が、仮に現役が延びるわかりにくい効果でもあるのならば儲けものだ。
リスクとリターンを秤にかけると、私は入ったほうがいい。 だが……まだ若いお前たちは自己判断で選べ」
シミ消えの湯のときと同じです、この人は、とにかく自分の現役が延びることを、身体が動く時間が延びることを第一に考えています。
罠であっても、何度も入った私達が健康な時点で、自分の現役期間が減るような内容ではないと考えているのでしょう。
結果、5階層の湯には隊長含め、第1部隊の3分の1ほどの方が入っていきました。
「それでは次の階層は、この温泉ダンジョン一番人気と言ってもいい6階層の潤いの湯です、どんなにメチャクチャに荒れた肌でもあっという間にきれいな肌に戻りますよ!」
「おい…ちょっと待て」
「なんでしょう? トウジ隊長」
「そこに入ると今のお前のような、ぷるぷるの肌になるというのか?」
「いえ、ここまでになるには、さらに強力な11階層の若肌の湯に入らねばなりません、しかしこの階層でも十分に一般の貴族女性くらいにはーー」
そこまで言った段階で、トウジ隊長がものすごい複雑な顔をしていることに気がつきました。
なにか問題があるのでしょうか?
「伊達に皮膚が硬質化するまで鍛え上げているわけではないのだ、健康を考えると戻すべきかもしれんが、防御力や耐久力といった側面で考えると、今更お前のような乙女の柔肌に戻されてはたまらん!」
第1騎士団の方々の顔に緊張が走りました。
だから2階層同様、6階層と11階層の湯も飛ばす!と命令される可能性を感じたからでしょう。
はっきりと態度には出しませんが、明らかに。
そんな! 入りたいですよ! 許してください!と言った感じの表情で隊長を見ています、数人は少し泣きそうな様相にさえなっています。
「大丈夫です! 見た目と触り心地こそ美しく柔らかになりますが、耐久面や攻撃力には全く影響はありません!」
私は周りの皆さんを安心させるため、慌てて力強くそう言いました。
実際、ゴツゴツの拳を柔らかく戻しても、拳の強さに影響が出てしまったなんて言った娘は、私達の部隊にも誰もいません。
「柔らかくなった皮膚の耐久面での実証実験も幾度となく行いました、柔肌に戻ったことで弱体化したという結果は一切出ておりません! 大丈夫です!」
……どういう理屈でそうなっているのかはわかりませんが、どう検証してもそういう結果が出てくるのですから、そうとしか言いようがないのです!
本当かよ……って感じの胡散臭そうな顔で隊長が見てきますが、この件に関しては本当なのです。
「むしろ肌強度はそのままで、もちもちの柔肌に戻りますので、剣の握り手の滑り止めとなり、グリップ力が上がる分、強化されると言ってもいいでしょう!」
私は、思いつくまま6階層の湯に入るメリットを提示します。
周りの騎士団員も手をぐっと握りしめながら、隊長を説得する私を注視し、いいぞヴィヒタ!もっと言ってやれと応援されているような雰囲気を感じます。
「……絶対に、強度は下がらないのだな?」
「下がりません!」
私は力強くそう断言しました。
すると隊長は。
「……わかった、入ろう」
と、6階層の湯に入ることをようやく了承してくれました。
一番人気の6階層の湯に入ることを力強く説得しないと入ろうとしないなんて、本当にどういう人なのでしょうか? この人は。
そうして、私達は6階層の湯に向かって進み始めました。
……ここまでは可憐なお嬢様部隊として、少し見下されているかのような視線が、私達第2部隊へ向けられているのを感じられましたが。
この件以降から、皆さんの私に対する視線がとても柔らかくなった気がしました。






