ユーザ陛下とアウフの面談
「こうして会うのは初めてかの、ナウサ公爵の三女アウフじゃったか」
「はい、こうして陛下にお目通り叶えて恐悦至極にございます、ユーザ女王陛下」
アウフは王宮に呼び出され、女王と面談していた。
9階層の気球の件や、はちみつやコショウなどの買い取り対応、はちみつ瓶による携帯食の製造や、飯困らずダンジョンの作物を温泉ダンジョンでも栽培など。
公爵邸に住まわせているヴィヒタ副隊長が、この娘からダンジョンの話を聞いてくるだけで、次々に価値のある方針を打ち出してくる。
一度直に会って、話をしておかなければいけない人物だと思い呼び出してみたのだ。
「9階層の温泉発見の時に会うべきかと思っておったが、色々忙しくてな」
「あの時の賞金は、ありがたく手伝ってくれた技術者の方々の研究費に充てさせていただいております」
その後、ナウサ公爵は元気にやっておるか? 肌が温泉で治ったあと2階層までは行ったのか? など。
テラスでお茶菓子を食べながら、無難な雑談をしばらく続けていた。
「温泉ダンジョンの9階層に作物を植える事を提案したのもおぬしだと、ヴィヒタの奴から聞いたぞ?」
「はい、探索をしている騎士たちの食料の確保、および9階層温泉への道しるべとして役立てることを提案いたしました」
「害虫も害獣もおらん、気候も気にせず水やりも肥料も不要で自動で育ち続ける、夢のような農作地じゃ。 ……持ち帰りの不便さを除いてはな」
「そうですね、飯困らずダンジョンも、温泉ダンジョンも9階層に降りるまでに途方もなく長い階段があると聞きます。
食料を大量に持ち帰るのは困難を極めるため、今の状況では嗜好品としての持ち帰り分しか確保できないでしょう」
そう、それじゃ。と女王は思う。
ダンジョンの奥底に無尽蔵の食料が溢れ出ているというのに、長い階段のせいで、それを地上まで持ち帰るのがあまりにも困難なのである。
人間が背負える重さが持ち帰ることのできる限界量のため、国の食料事情を救うほどの量を運び出すのは難しい。
女王はこの件に関しての話を今日、一番アウフとしたかったのだ。
この娘なら、最効率の運搬方法を見つけ出し、無尽蔵にダンジョンから食料を引き出せる方法を示してくれるのではないかと思ったのだ。
無尽蔵の食料を手にすることは、国家としてあまりにも巨大なアドバンテージを得ることができる。
「そうなんじゃよな、おぬしはこの件に関してどう考える?」
しかし、女王の思惑とは裏腹に、アウフの口から出た言葉は全く別方向の回答であった。
「はい、食料を多量に取り出すことが非常に困難であり、地上の農業に大打撃が与えられない事は幸運でしたね」
は?
何を言っておるのだこの娘は。
無尽蔵の食料庫が、不便極まりなく使用困難なこの状況を幸運だと言ったのか?
「……それは、現存する農民の生活が脅かされなくて良かった、という意味で言っておるのか?」
新しい革命的な技術や状況の変貌によって国が大きく発展する時には、その発展によって脅かされる産業が産まれ、多量の失業者が発生する。
たしかにそれは一つの事実ではあるが、それにより国の大規模な発展に停止をかけるような判断を良しとするのは、人の上に立つ立場にある者としては間違っている。
こやつはそういう、一部の民に寄り添う綺麗事をよしとするだけの底の浅い奴であったのか?
「そう……ではありませんね、農業とは単純に食料を生産するというだけの話ではなく、自然というものに対する基礎研究を積み重ね続ける科学なのです。
農業を通して人は、太陽や雲や雨や水の流れの仕組みを詳しく知ろうと努め、土や栄養や作物や雑草、作物を荒らす虫やそれを捕食する益虫、果ては微生物からカビにいたるまで、様々な自然の仕組みを研究し、解明していくわけです。
種を埋めれば、ダンジョンの不思議な力で作物が育ちます、という状況ですべてを完結させてしまっては、そういった自然を知ろうとする探求は停滞してしまう事でしょう」
「………ん」
「戦争を通して人はあらゆる知恵を身につけ、優れた武器の作り方を生み出し、その武器を生産する鍛冶の知識は農具の精製へと活かされます。
逆もまたしかりで、農業を通して得た知識が、戦争や建築や医療など、様々な国の文明の発展へとつながる場合も多々ありましょう。
つまり、ダンジョンの不思議な力で穫れる作物に国の食料生産を依存してしまうと、はじめのうちは国は非常に豊かになるかも知れません、しかしそれは表面上の豊かさであり、内面は楽に流され続けた結果、無知に蝕まれていく事になります。
農業を通して自然と戦い、自然を知る研究が疎かになってしまえば、何十年後の事かはわかりませんが、いずれ文明の発展においてセパンス王国は致命的に他国に後れを取る結果となるでしょう。
それは、国家の崩壊を招きかねないほど致命的に、です」
「……………………………そ、そうか。 たしかに……そう…じゃな」
ヴィヒタ副隊長が言っていた、アウフ嬢の評価を女王は思い出す。
「お嬢様は先を見据えすぎて、時々何を言っているのかわからなくなる事があります」と。
まったくその通りの奴であった。
食料が無尽蔵に手に入る場所が手に入ってしまうと、いずれ国は滅びますよ?
などという思考のすっとんだ結論を当たり前の事のように言ってのける奴だ、見えているものが人とは違う。
そんなことをすれば国が滅びますぞ、と忠告してくるような奴は身の回りにも多々いるのだが、そういう事を言う者の話は、たいてい妄言も甚だしい与太話だ。
本当に国が滅ぶと、納得ができる説明を聞かされたのは初めてのことかもしれない。
「……忠告、心に留めておく、ダンジョンから食料を大量に確保し、国の農業を縮小するたぐいの計画は一度すべて見直そう」
正直、致命的なミスを犯すところであった事に気が付き女王は内心冷や汗をかいていた。
食料が無尽蔵に取れる文明の遅れた国など、他国から見ればよく肥えて美味しい戦闘力のないブタみたいなものではないか、無尽蔵の食料に目がくらみ危うく美味しい餌になるところであった。
「他には何かないか? これをやるべきだと思う、といった考えはお主の中にあったりするのか?」
女王はアウフの頭脳を認め、さらなる忠告を聞こうとした。
が、それはあまり良くない選択肢だった。
「瓶です! 瓶の蓋ですね、女王様はあの蓋はご覧になられましたか? あのシンプルな構造で、完璧な密封性が保たれた芸術といってもいい精密さのあの蓋です!」
「お、おう……」
「あの瓶をダンジョンからドロップして満足していてはダメなのです! あの瓶の構造を手本に、国の技術者が再現できるようになり、自国で量産かつ別容器へと応用・転用できるようになってこそ初めて国の力になったと言えるのです! ダンジョンから取れる瓶はあくまでその手本でなくてはなりません、そのためにはガラス工場を作り職人を集め再現の研究をーー」
自分の意見に耳を傾けるとわかるや否や、本当に好き勝手な意見を早口でまくし立ててきた。
たしかに、言っていることは間違ってはいないし、将来的にも国のためになることではあろうな。
しかしな、おぬしの態度からは、自身の好奇心を満たしたいだけの欲望が漏れまくっておるのだ、欲望が!
そうかそうか、こいつはこういう奴なのかっ!!
その後のアウフの技術研究に力を入れましょう! の営業演説は長時間に及んだ。
女王は、今回の面談でこうアウフを判断する。
聡明で非常に役に立つやつではあるのだが、ヴィヒタを通して忠告を聞くだけでよいか……。
疲れるのであまり近くには呼ばないでおこう。 と。