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見学時間

「ご苦労さま、ヴィヒタ、かなり手間取ったようですね?」


「ええ……アウフお嬢様。 11階層の全容は想像より広かったです、いえ……広げられていた気がします。

 11階層で地獄の探索を強いられていた私は、探索している途中で思いました。

 この広さでありながら、初回の探索で温泉が見つかったことが不自然に思えて仕方がなかったのです。

 おそらく、初回の探索で温泉を見つけた私達が帰還した後、後付で11階層のフロアは広げられていた気がするのです」


 ヴィヒタはアウフに今回のダンジョン探索のあらましを細かく説明した。


「……10階層の浴槽が、運動効果を上げるという仮説を部下の方が立てたのでしたっけ? 11階層の運動を強いる構造はそのため……と。

 それならたしかに11階層の拡大も、納得はできるわね」


「はぁー……、もう女王様を温泉の場所まで連れて行くくらい、どんとこいって感じなんですけど。

 地下階層が発生しているかどうかの探索をするため、定期的にあの階層を隅々まで調べなくてはいけないと思うと、もう……勘弁してほしいです」


「鍛えるのがーー……。 あ、いや」


「? なんですか、お嬢様?」


「いや、なんでもないわ、忘れて」


 鍛えるのが目的だった場合、次の階層はダンジョンが納得いく強さになるまで出す気なんてないんじゃない?

 と、言おうとしたのだが、それを言ってしまっても運動を強いられる状況を避けるだけの結果にしかならない。

 おそらく、ダンジョンの意思が騎士たちを鍛えている目的は、今の強さのままでこれ以上深い階層に潜るのは危険だと判断されているからだ。

 苦労はするかも知れないが、ヴィヒタ達の命の安全を考えれば強くなってもらうに越したことはないので、黙っておいたほうがよさそうだと考えた。

 ……苦労はするかも知れないが。


「そうそう、9階層に埋めた種のほうはどうなったかしら?」


「ええ、帰るときに確認した所、芽が出ておりました、採集できる段階まで育つ可能性は大いにありますね」


「それは朗報ですね。

 では、一度測量のプロの方と共に作物の種を埋めながら、9階層の体の歪みが治る温泉まで向かってもらうべきでしょう。

 9階層の温泉は道に迷うと危険ですから、作物で道しるべを作っておくと、とても往来しやすくなるでしょうから」


「今でもあそこに向かう時は、角度を少しでも間違えるとひどい目にあいますからね……」


 9階層の巨大な草原は壁が見えなくなる距離まで中央に向かって歩くと、周辺に目印になるものが何もなくなってしまう。

 そこでモンスターに襲われると向かっていた方角を見失い、完全に道に迷ってしまう事があるのだ。

 あの湯は一度入ればしばらく用事がない湯のため、何度も往来している者もいないので、詳しく道案内ができる人物は存在しない。

 目印を立てても、数日でダンジョンが異物として吸収してしまうので、確実性のある対策がこれまでとれていなかったのだ。

 だが、ダンジョンに吸収されない畑を作れるのならば、その畑を温泉まで伸ばすことで、確実に迷うことのない道しるべを作ることができる。


「9階層ダンジョンの湯には、他国からも騎士や職人をぜひ入らせてもらいたいという依頼は多々ありますので整備は急いだ方が良さそうですね。

 あそこに入る権利のために大金を頂くことになるわけですから。

 ごめんなさい道に迷いました、では示しがつきません」


「それに、第1部隊が戻ってきた時のためにもね」


「あー……。 はい、うん」


 セパンス国の女騎士、第1部隊は完全な戦闘部隊であり、他国のダンジョンの奥底で戦闘の日々を送っている存在だ。

 身体のどこかしらは長年の戦いで歪んでいることだろうし、肌も全身傷痕だらけのはずである。

 8階層の傷痕消えの湯や、9階層の体の歪みが治る湯は彼女たちにも必要だろう。


そんな中、セパンス王国の第2部隊は、美容温泉で美しいお肌を手に入れるための探索の日々……。

別に遊んでいるわけではないし、正直、厳しくつらい探索の日々なのだが、それでも少々心苦しく後ろめたい感じはしている。


「はあ……。 トウジ隊長が戻ってきて、今のこの国の様子を見たらどう思うんでしょうかね?」


「はちみつの瓶で作った、新しい携帯食とかは歓迎されるんじゃないかしら」


「重量がかさむ、割れる、とか言われて突っぱねられるかもしれませんよ、トウジ隊長は合理性の極みですし……。 とても美味しいので、私達はもう手放したくありませんが」


「栄養を考えると合理的だと思うけどなぁ、参考にした他所の国で運用されてる瓶の携帯食は、瓶の口をコルクで閉めたあと蝋で塞いで運用してるって話よ?

 瓶の重さだって、この精密な瓶とは比べ物にならないくらい重たいのに、それでも採用するだけの価値がこの携帯食にはあるってことじゃない?」


「コショウをふんだんに使った燻製肉の方は受け入れてくれると思いますよ、軽くて美味しいですし、決して割れませんから」


「うう~ん、それじゃつまんないわ、せっかくこんな素晴らしい瓶が手に入ってるのに、それを活かしてもらえないなんてそれこそ不合理よ」


 お嬢様は論文で知った保存技術を、好奇心から実証実験したがっているだけのような気がいたします。

 と、ヴィヒタは心のなかで少し思ったが、特に口には出さないでおいた。












「マスター! どうどう? 何か変化あった? ポイントいっぱい溜まってた?」


「うおっ!?」


 俺がペタちゃんより数時間早く目を覚まして、ぼんやりとダンジョンの見物をしていると。

 ペタちゃんが突然目を覚まして、いきなり元気よくまくしたててきた。

 人間の睡眠からの覚醒と違って、死んでいるかのような眠りから、即、元気いっぱいに目を覚ますので心臓に悪い。


「まあ、概ね予想通りに進んでるかな、変わったことと言えば温泉ダンジョンの9階に、飯困らずダンジョンの作物を騎士たちが植え始めたことくらいだ」


「え? でもダンジョンの作物を別のダンジョンに移しても育たないから意味はないでしょ?」


「この場合は育つらしいぞ、だってコアはどっちもペタちゃんだから、ある意味、同一ダンジョンといってもいいからな」


「あ、そうか、階層も同じ9階層だから瘴気の量も変わんないし、たしかに問題なさそうね」


 あー、そこまで俺は考えてなかったな、ダンジョンとしての感覚はさすがにコアであるペタちゃんのほうが上だな。


「ああ、そうだ、ちょっと飯困らずの方に一般の人が入り込みすぎて、元々住んでる貧民が押しやられて色々と迷惑をかけられてるみたいだからさ、1 2 3あたりの貧民が住んでる低階層を拡張してやってあげてくれない?」


「ん? いいよ、ポイントもいっぱい増えてるし5倍くらい広げちゃおっと」


 ペタちゃんは気軽に、いい加減な感覚でダンジョンのサイズを変動させる。

 パンやはちみつの収穫量は、今後大幅に変動することだろう。

 マスターとしても、ペタちゃんのダンジョンだし好きにすればいいよと、ダンジョンの作りに関しては深く干渉はしないことにしている。

 まあ……飯困らずダンジョンなのだ、広すぎて道に迷ったところで飢え死にはしないだろう。


「10階層ができるのは~まだまだ、先になりそうだし、低層を広げて一般の人がいっぱい、い~っぱい入ってくるっていうのなら、それはそれでありよね」


「まあ、そうだな、10階層を無理に拡張するためにポイントを貯めておくより、ずっといい選択だと思うよ」


 飯困らずダンジョンの低階層の増築は、長期的に見ればとても正しい。

 ここで生まれて育ち、天賦の才を発揮したものは、いずれ優秀な冒険者になるのだ。

 セパンス国の女騎士戦闘集団である第1部隊とやらも、多くは貴族ではなく、ここの貧民出身の中でも指折りの超天才の集まりだという。

 飯困らずダンジョンの低層を広げることで、のちに深層に潜れる力を持った才能が、より大勢輩出されることになるだろう。


「戦闘特化の第1部隊ねえ……。 お目にかかることってあるのかな?」


「ダンジョンのドロップ品の納品に、2年に一度は必ず国に戻って来るって話だけど、見たことはないわね。

 というか、モニターで侵入者の様子を眺めるなんてこと、マスターが来るまでしたことないし。

 そもそも飯困らずダンジョンに入ってこないのよ、その人達」


 過去にそこのダンジョンで育った身とは言え、騎士になってからしょぼい宝石とまずい携帯食が出てくるだけのダンジョンにわざわざ来るはずもないって話か、そりゃそうだ。

 飯がうまくなった今でも、別に入ってきたりしないだろうな、そんな過剰な戦闘力はあのダンジョンにはまだ必要がないし、美味しい食事が食べたければ金で買えばいいだけだ。


「まあ、温泉ダンジョンの方には最低でも一度は来ると思うぞ、美容はともかく9階層の歪んだ身体が治る浴槽は入るはずだ。

 10階層に関しては……温泉の効果に気がついているのなら、入りにくるかもな」


 先々週の11階層の探索の様子は見ることもなく寝たので、騎士たちが10階層の温泉の効果に気がついた様子があるかどうかは確認していない。

 運動経験値が数倍増える程度で、どれほど劇的に体力が変わるかどうかわからないから、正直全く気づいていない可能性もあるが。

 一応、11階層はメチャクチャ広げておいたので、かなりの運動にはなっていたはずだ。

 次の階層が出てくるまで、何度もあの階層は捜索をせざるを得ないはずなので必ずパワーアップすることだろう。

 2年ほどは放置する予定だけどな!


「あ、そうだ、労う意味でも水風呂だけは作っておいてやろっと」


「私もポイントを低階層を広げるのに使っちゃったし、またやることなくなっちゃったわね」


「そうだね、数日確認して問題がなければ、また意識を消すしかないな」


「ダンジョンって、広がってくると、どうしても待機時間ばっかりになっちゃうのよね~」


 街建設のシミュレーションゲームでも、あるあるだな……。

 ある程度建築し終わったら、後半は眺めるだけになってしまうんだ。





 そうして、しばらくの時が流れた。





 飯困らずの低階層が突如5倍ほど広がった事は、国中にかなりの衝撃を与えたが、人口過密の混乱が減ったため、とりあえずはありがたく受け止められた。

 そして、全階層にかけ流しの水風呂を設置した事は、かなりの混乱を与えてしまった。

 もちろん想定通りに、飲めばおいしく、のぼせた身体で入れば気持ちいい、という使い方はしてくれたのだが。

 なんだか水風呂の効果に関しての議論や検証を、研究職みたいな人たちがひたすら繰り返していた。

 いや、すまないね、何の特別な効果もない、ただのおいしい水なんだよ、それ。

 だって階層ごとに奇跡の効果がある温泉ダンジョンというコンセプトなのだから、別効果があるものを追加で増やすとむやみに高いポイントかかるんだもの。

 まあ、純粋に風呂に入ってる人たちには概ね好評だからいいだろう、検証班が悩み続けるだろうけど知らん知らん。


 1ヶ月後には女王陛下も11階層の湯に入り、若々しい肌を手に入れて、ご満悦で帰っていった。

 すごいなこの女王様、8階層くらいなら単独で潜れる武力もあるんじゃね? この人にこんなに大勢の護衛いる?

 ……いるか。 女王だしな。


 9階層では、作物を植え付ける作業が始まっていた。

 ただし本格的な農園を始めるという感じではなく。

 9階層の湯船に向かってまっすぐ、作物の畑を伸ばしていこうとする様子に、えっ? そういう使い方をするの……? と俺は思った。

 飯困らずの9階層の方が作物の成長は早いというか、植えなくても収穫可能な作物が自動で生えてくるのだから、わざわざこちらでも大規模な農業をする必要はまだないというわけか?

 それともこちらでは、探索をしている騎士の食事分を確保できる量が収穫できればそれでいいと考えて、温泉までの目印のついでで十分と判断したのだろうか?

 ともかく今は、9階層を巨大な農地にする気はなさそうだ。


 そしてさらに3ヶ月後に、もう一度女王様が11階層の湯に入りに来た。

 驚いたのは今回は取り巻きに、貴族の娘がそれなりの大人数ついて来ていたということだ。

 大半は6階層のお風呂によく入りに来る見覚えのある顔ぶれだったが、明らかに数ヶ月前と違って身体が引き締まっている、まるでハードなスポーツを何ヶ月も続けたかのように。

 11階層を乗り越えるために、ずいぶん……鍛え直したな……。 ってくらいに鍛えあげてきた娘がこんなにいるの?

 すげえな美への執着。


 ちなみにこの頃になると、護衛の女騎士達はかなり気軽に11階層を回れるようになっていた。

 10階層の身体強化の湯の効果は完全に認められているようで、今では身軽さを重視した防具などもつけずに重い鎧で、明らかに訓練を兼ねたような筋肉を使う回り方をするようにさえなっていた。


 探索を続ける騎士たちの戦闘力を久々に確認してみた所、想像以上のパワーアップを果たせているようだ。

 今なら15階層くらいのモンスターにやられるようなことは、たぶんないだろう。


「うーん……? これなら、2年間も成長を待たなくていいのかな? でもなあ、目標はもっともっと深い階層だからな、せっかくなので世界一深いダンジョンに仕上げたい」


 とりあえず俺は、まだ深い階層を作ることに関しては保留を続けることにした。


「よーしよーし、10階層を作っても大丈夫なポイント量が溜まったわね、10階層作っちゃお~っと」


 ペタちゃんは本当に無計画に広げるなぁ……。

 たぶん、そこでしばらく頭打ちになると思うぞ、なにしろ9階層を少数で探索できる実力者の人数では、9階層の広さをすでに持て余しているんだから……。

 10階層ができても、そんなに状況は変わらないんじゃないか……?


「うははははは、二桁階層まで、たどり着いた!たどり着いた~~っ! よーし、このまま温泉ダンジョンを超える気持ちで行くわよ~~!

 マスター、食べ物また色々出してよー、もっと食べ物のことたくさん知りたいから!」


 ……まあ、楽しそうだから、今は水を差さないでおいてあげようか。


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― 新着の感想 ―
読み返し中ですが ペタちゃんがアホ可愛い。
貴族の令嬢からボディビルダー令嬢が多数生まれそう?
内緒の欲望も、ね(ΦωΦ)
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