届かぬ叫び
はーい、おはようございます。
2週間がたちました。
一ヶ月ほど寝るんじゃなかったかって?
ちょっと致したら寝るよ。
最近、女騎士達のお身体の美しさが天元突破し始めてるのに、ペタちゃんがずっと起きてて隣りにいたからな。
今のペタちゃんは、あと2週間は起きないはずなので、ちょっとだけプライベートなお時間を満喫させてもらってからまた寝る予定だ。
「さてと、情報通りなら今日は、女騎士部隊が大規模な11階層の再調査を始めてる日のはずだ」
そう思い、温泉ダンジョン調査隊の様子を映し出す。
数百人の部隊がすでに調査に入ってきてるな、今は……7階層にいるのか。
最近、5と6の湯以外はスルーして進んでくるんだよな、こいつら。
次に温泉に入るのは、おそらく10階層の経験値強化の湯だ、起きるタイミングがあまりよくなかったかもしれない。
適当なスナック菓子とコーラを作り出して、一杯やりながらぼんやりと見ていると、女騎士達は9階層に到達した。
女騎士たちも9階層の広い草原で、食事を取り出し、一度休憩時間に入るようだ。
今までの携帯食とは違い、今日は荒縄に縛られたガラス瓶を取り出していた。
なんだか醤油の瓶を亀甲縛りにした、ネットで見たネタ画像を思い出すビジュアルだな。
「おお? あれは、はちみつの瓶か。
あー、なるほどね、荷物入れの中での滑り止めと、割れるのを防止するために荒縄を巻いてあるのか。
ちゃんと狙い通り、携帯食入れとしても瓶を活用してくれているようで結構、結構」
元々、煮沸した空き瓶に、ひき肉やこしょうや油を詰めて密封したあと瓶ごと加熱すれば、かなり長持ちする携帯食が作れるはずだ、と思って瓶タイプのはちみつを出したのだ。
そして、ちゃんと想定通りの携帯食を早くも作ってくれていたようで安心する。
他には……飯困らずダンジョンから持ってきた、米を炊いているようだな。
水源は温泉でいいから、ウチのダンジョンでは水を節約する必要はない、乾燥穀物は軽量で腐らない携帯食として非常に有効だ。
ウチのダンジョンの温泉はすべて飲用可能にはしてあるし、その程度はすでに実験済みだろう。
しかし気分的に、温泉を飲料水代わりってのは少し気になってきたな、ペタちゃんのダンジョンには普通の湧き水があるし。
……せっかくだから、飲用に特化した天然水とかで作られた水風呂でも今度、全階層に設置してやろうかな。
水風呂なら温泉ダンジョンのコンセプトに沿った設置物なので、設置コストもたいしてかからないはずだからな。
「ん?」
一部の女騎士達が、草原を掘り返して何かを植えている。
あれは、芋か?
じゃがいもとかサツマイモとかを植えているのか。
しかも飯困らずダンジョン産の芋だなあれは、品種がどう見ても安納芋とか男爵いもだし。
他にも適当に耕した土に、米や麦などをばらまくように蒔いていた、ついでに何かの種も適当にばらまかれていた、かぼちゃとかスイカの種かな、あれは。
飯困らずダンジョンに自生させておいた、作物の種子を栽培しようと考えることは想定済みだ。
ただ、あんな魔改造に近い品種改良を施されまくった現代社会の作物が、地上で育てられるようになった場合、この国の農業どころか世界規模で激震が走るのは目に見えている。
だからダンジョン産の植物は地上では育成不可能だという情報を、ペタちゃんからちゃんと確認した上で自生させたのだ。
そもそもあれは、あくまでダンジョンで穫れる作物でなくてはならない、地上で勝手に作られたらダンジョンに入ってきてくれなくなるからね。
……あれ?
今、この芋とか種を植えているのは、俺のダンジョンの中だよな?
他所のダンジョンの植物を、他所のダンジョンに植えても、異物として吸収されてしまうから意味はない、という話はペタちゃんから聞いてはいる。
だから飯困らずダンジョン産の芋を、他国のダンジョンの地下に植えたところで成長はしないので他国に作物が盗まれたりもしないはずだ。
だが、飯困らずダンジョンと温泉ダンジョンの場合は少し事情が違う、ダンジョンコアはどちらも同じペタちゃんなのだ。
この場合埋められた種は、はたして異物として判定されるのだろうか?
俺はダンジョンの設定画面を開いて、この芋の栽培が可能かどうかを確認してみる。
結論としては、同一コアからの発現物質のためダンジョン内での栽培は可能。
ただしマスター権限で作物の成長・増殖の許可を出した場合に限る。
「つまり、俺がリミットを解除してやれば、ここでも飯困らずダンジョンで穫れる穀物を栽培できるというわけか。
リミット解除にかかるポイントは……かなり安いな」
おや? これは渡りに船ではないだろうか?
元々、温泉ダンジョンの9階層を食料が生え続ける場所にするのは、かなり厳しいコストがかかるので見送っていたのに。
騎士たちが、向こうから持ってきて植えた植物に成長の許可を与えるだけなら、遥かに安いポイントで同じ効果が見込める。
これは乗らない手はないな、よーし、栽培許可出しちゃお。
俺は芋や種の育成にOKを出す。
これで、植えられた芋や種は発芽して成長していくはずだ。
「これって水とか肥料とかどうなってるんだろうな……?
まあダンジョンの不思議エネルギーさんが、どうにかしてくれるんだろう」
……そう考えるとすごいな。
ダンジョン内部だから害虫はいない、モンスターはこんな物を食べないから作物の害獣もいない(人間に直接、危害を加えに来る害獣はいるが)
気候も気温も気にしなくていいし、水を撒かなくていいし、肥料も与えなくていい。
ただ種を埋めるだけで、あとは収穫の日を待つだけの簡単なお仕事です。
何の世話もいらない夢の農場じゃないか? これって。
世間の農家から見たら、あまりのゆとり設定ぶりに、血の涙を流して、ふざけるな、農業を舐めるな! と叫びたくなるような環境だな。
収穫ができるようになってきたら、温泉ダンジョンにも長期滞在してくれるようになるかもしれない。
騎士たちは、食事と休息と、芋と種の植え込み作業を終えると、再び深層に向かって進軍を始めた。
11階層のアスレチックダンジョンに、初めて挑むものたちが、全員悲鳴をあげて、満身創痍になっている。
「おいおい、この階層に挑みやすくするために、軽量の防具と移動の補助道具などを持ち込んでいるんだ、簡単にへたばるんじゃないぞ」
「本番では、陛下をお守りしながら進むんだからな、お前たちがバテて足手まといになるようでは困る」
そうやって、新規のメンバーに向かって言うものの、私達もはじめての探索では皆こんな感じだったはずだ。
2回めの挑戦だと言うのに、ずいぶんと身体はこのダンジョンに慣れているようである。
1回目の挑戦に比べると、ずいぶん体力に余裕を感じる。
「はあ……はあ……当然疲れはしますけど、思ったより大丈夫なものですね? 隊長」
「ああ、私もびっくりだ、防具の軽量化や、足場の補助など、対策をしてきただけでこうも違うものなのか」
「練習用のアスレチック場で、何度も鍛えていたことも原因なのでしょうか?」
「それを踏まえた上でも、もう少し苦労するかと思っていたのだがな?」
「ええ、たしかに、初めて挑むメンバーと同じくらいには、悲鳴を上げて苦労するものかと……」
「……ああ。あきらかにおかしい。なぜ初参加のメンバーだけが、我々の予想通りに苦しんでいるのだ?」
何かがおかしいということに、流石に気がつく。
追加で呼び寄せているメンバー達も、女王陛下の護衛に付くことが許される一流の存在だ。
私達と比べて、実力や体力に、そこまで明確な差があるわけでもない。
なぜ、二度目の挑戦者である私達だけが、そこそこ体力に余裕を持って11階層を探索できているのだろうか?
「これが10階層の湯の効果、なのでしょうか? 10階層の湯はパワーアップの湯だった……とか?」
「あいつらも、今日その湯に入っているではないか」
「ええ、でも私達は、今回で二回入っているわけでしょう?」
「うーむ……」
「あの、少しよろしいですか隊長」
騎士団で一番目がいい、ニコが言う。
「10階層の湯は鍛える効果が上がる湯であり、そしてこの11階層で、私達を鍛えているのではないでしょうか?
おそらくダンジョンは私達を育成しているのでしょう、より深い階層に潜れる力を身につけさせるために。
9階層で私が見たダンジョンの中の悪魔は、私達がより深い階層へ来ることを楽しみに待っている。
そういう顔をしていましたから……」
ダンジョン内で悪魔の姿を見た日以来、ニコはよくこの説を唱える。
私達はダンジョンに飼われて、育てられていると。
そしてその説は概ね正しいということはわかる。
世界中のどのダンジョンも、欲で人を深い階層まで呼び寄せようとする存在だ。
それがダンジョンの成長には大事な要素なのだろうということも、すべて理解したうえで、我々はダンジョンに潜っている。
たとえ事実、飼われている、育てられているとしても、我々は探索を止めることはない。
「ふん……。 その説が正しいのなら、10階層と11階層の温泉をグルグルと行き来していれば、すごく強くなれるな」
「9階層での食料栽培が成功したら、ずっとダンジョンに住み込みでグルグル回れますね……」
「ははは……。 おい、やめろ」
「私達は……飼われて、育てられている」
「やめろ! そんなこと言ってたら本当に住み込みで鍛えさせられるかもしれんだろ!」
そして、1週間後。
私達は11階層をようやくすべて探索することが出来た。
広かった、それはもう、めちゃくちゃに広かった。
初回の探索で温泉を見つけて、帰還することが出来たのは奇跡だったと今となっては感じる。
この大人数で、一週間かけて、ようやくこの11階層の地獄のような運動場のマッピングが終了したのだ。
11階層の湯に、肌が綺麗になる以外に、体力、疲労回復の効果がついていなければ、みんな死んでいたのではないかと思う。
最後に11階層の湯船に皆で浸かり、今回の任務の終了を祝う。
「ふふふ……やっと、やっと終わりましたね、隊長」
「ああ、温泉までの最短ルートも確保できた、これで今後はかなり楽になるはずだ」
「でも……毎月。 次の階層への階段を探すため、くまなくこの階層を探索するお役目。 ありますよね?」
「………………」
「思い出させるな……。思い出させるなっっ!!!」
女騎士みんなが叫びだす。
「ダンジョンの中の意思だか、ダンジョンの悪魔だかなんだか知らないがな! もう少し我々を労ってくれ!」
「この階層の温泉に疲労回復効果があるだけでも、かなり有情だとも思いますが」
「ただ自分の都合で私達を鍛えたいからこうしてるだけだろっ! こいつは!」
「私達は飼われている」
「ニコの言うとおりだ! 悪魔だ! ここのダンジョンの意思は悪魔だっ!」
「中の意思! 聞いているなら叶えてくれ! もう少し手加減してくれと!やりすぎだ!」
女騎士達は、風呂に浸かりながら、不満を爆発させダンジョンの中の意思に対し、ひたすら文句を叫び続けていた。
そして当のダンジョンの中の意思であるマスターは、10階層の入浴で致したあと、とっくに寝ていたため、女騎士達の悲痛な叫びがマスターの元に届くことはなかった。
 





