罠
「はーーっ? 熱気球をダンジョン内に持ち込み~? そんなんありかよ」
「へー……。人間って空に浮けたのね、知らなかった」
色々な大荷物を抱えた団体が入ってきた時は、簡易なやぐらでも建設して、高所から見渡すのかなと思っていたが。
高さの次元が違った。
というより、とにかく広々空間という設定で、雑に取り出したのが9階層の草原なのである。
天井がどうなっているのかなんて考えてもいなかったが、普通に空になってて、気球でめちゃくちゃ上空まで浮けんのかよ?
ここダンジョンの中だよな? なんでマジモンの空なみの高さがあるんだよ、物理法則どうなってんだよ。
そして、めちゃくちゃ高い高度から望遠鏡のようなもので探索された結果、あっさりと温泉は発見されてしまった。
気球に乗った測量士みたいな人が、温泉に向かって手を伸ばし、指の形をチョロチョロ変えて何かを測っている。
そのあと見慣れない、おそらく異世界産の計測器で角度やら高度やらを精密に計ったあと、現場まで実際に行くこともなく、騎士団に報告をして撤収していった。
まあ、実際あんなところまで歩いて行くのは数日はかかるからな、発見したあとの探索は人任せか……。
「……あれだけでさ、どう移動すればいいのか正確な位置と距離がわかるものなの? マスター?」
「まあ、角度や高さから、目視した場所までの距離を算出する計算方法がある……。とは思うぞ、しらんけど」
俺にも具体的に、そんなのどうやって算出してるのか全然わからん!
ダンジョンマスターなのにな!
しかし、予定が狂ったなあ……。
想定では、10階層以下がクリアされていくうちに、ダンジョン探索動員数もじわじわと増えてきて。
何年もたったいつの日か、9階層の温泉も人海戦術で見つかってしまう。
みたいな予定を立てていたのだが、あっという間に発見されてしまったじゃないか。
歴戦の冒険者ほど、効果的な湯に設定していたのに。
ちなみに9階層の湯は、長年の戦いや職業病で歪んだ骨や身体が治る湯だ。
いつも鎧に締め付けられているせいなのか。
馬にまたがり続けているせいなのか。
骨格が変わるほど弓を引き続けたのか。
理由は様々あるだろうが、明らかに一部の骨格や肉が歪んでしまっている身体をした騎士が多々いるため、それらが矯正されるような湯を準備していた。
現代で言えば、柔道やレスリングをガチでやってる人は、絞め技で耳が何度も潰れ、内出血を繰り返してくしゃくしゃの柔道耳になってるだろう。
ああいう、一種の職業病な身体の歪みが綺麗に治る湯というわけである。
俺は伊達に女騎士や冒険者達の入浴を覗いてはいない。
これは治してあげないと……。って思える箇所を、普段から裸をしっかり観察して見つけておくのも、美容温泉マスターとして、とてもとても大事なお仕事なのです、いいね?
格闘家の拳ダコみたいに、あえて修行で肉体を変形させてあるような部位まで治ってしまうのは、余計なお世話になってしまうかもしれないが。
まあいいだろ……。
攻撃力や機動性は、肉体修復によって下がらないように設定はしてある。
……どういう設定なのか正直俺にもわけがわからないが。
そう設定したら、そう設定できましたと表示されたのだから信じるしかない。
ダンジョンの奇跡の細かい原理なんか、マスターの俺にもわからん。
「この気球での攻略者たちの情報を、ちょっと表示してみるか……」
そのメンバーのうちの一人に、見覚えのある女騎士がいたので、コイツの情報を表示してみることにしよう。
ヴィヒタ・バーニャ 27歳。
セパンス王国騎士団、ユーザ女王直属女騎士団、2番隊副隊長。
女王の命令がない間は、ナウサ公爵の館に住み、館の要人警護、公爵の娘などの教育を受け持っている。
などなど数多くの情報が表示されていく。
読み進めていくうちに。
「はーん……。 この公爵家の三女のアウフって娘が、今回の計画の立案者……か」
と今回の事の成り立ちまで判明してしまう。
この情報収集能力はダンジョンの仕様などではない、5階の湯の効果である。
効能不明だけどきっといい効能があるに違いないと、来るたびに女騎士たちがとりあえず入り続けているあのお湯は。
実は、俺に情報を収集される罠でしかない。
1度入れば名前や年齢。
2度入れば職業や家族構成。
3度入れば大体の強さや軽い生い立ちなど。
次々と、その人間の記憶を元に、詳しい個人情報が盗まれ表示されるようになるのだ。
この副隊長さんはもう5階の湯に20回は入っているので、やろうと思えば最近はいつどこで何をおかずに致したかなどの、恥ずかしい情報に至るまで開示することすらできる。
元々俺は、効能不明の湯は必ずどこかに作っておく気でいた。
効能がはっきりとわかるお湯は十分な効果が得られたら用事がなくなってしまう。
シミ消えの湯なども、シミが消えてしまえば次のシミができるまで入る必要がないし、4階の一度だけ3歳若返る湯などは、一度入ってしまえばあとはただの風呂なのだ。
しかし効能がわからなければ話は別だ。
老化を遅らせるかも とか。
温泉効果を上げるかも とか。
彼女たちは、勝手な効能を予想しては毎回かかさず入り続ける。
わからないというのは、不親切であると同時に神秘でもあるのだ。
神秘は信仰を生み、信仰は継続を生む。
現代日本ですら、何の根拠もない宗教でさえ大盛況になれるのだ。
実際の奇跡が起こる湯の間に挟まれた、効能不明の湯に信仰が集まるのは当然の事である。
結果、5階の湯はただの罠であるにも関わらず、メイン効能である肌が綺麗になる湯に次ぐリピート人気を誇っているのだ。
元々は、ただのお湯にでもしておくつもりだったのだが。
なんかトラップも張れます。と、温泉の仕様を調べていたらでてきたので。
入ってきている女騎士達の情報を詳しく知るために、情報収集の罠を仕掛けたのである。
この世でこれを読むことができるのは、俺とペタちゃんだけだ。
彼女たちがこの5階の温泉が罠だと気づくことは、未来永劫絶対にないだろう。
それに、俺もこの情報を使って何かをするつもりなど特にない。
あー……。 この国ってセパンス王国っていうんだー、へー。
たまにめちゃくちゃ大勢の騎士引き連れてくる、30歳くらいの美人な女王様は、ユーザ女王陛下っていうんだ、へー。
くらいの、個人的な知的好奇心を満たすためだけのものである。
最近では、結構細かい情報も読めるようになってきたため、あの貴族とこの貴族はこういうつながりがある、みたいな人間模様すら見えてきて、読み物として普通に楽しくなってきている。
正直、この罠がないと国の名前すらずっとわからず仕舞いだったのだ、設置しておいて本当に良かったと思っている。
尤も、これをじっくり読み込みだすと、ペタちゃんは暇そうにしてしまうのだが。
すでにペタちゃんは暇そうに、9階層の草原の映像をモニターからぼんやり眺めていた。
……楽しいのか、それ?
「んじゃ、次はこの計画立案者のアウフって娘の情報を見るか」
この情報文は、基本インターネットの電子百科事典そのままの作りなので、気になる固有名詞が出てきたらその単語をクリックするだけで、次はその情報にも飛べるのだ。
アウフの名前を押し、アウフちゃんとやらの詳しい情報を読もうとする。
ー アウフ(情報の罠にかかった経験がない人物のため表示できません)ー
なぬ?
情報の罠にかかったことがない?
つまり5階の湯に一度も入ったことがないのか?
……ふーん。
まあ、あのスマートな解決方法を見るに、相当知的な存在だろうし……。
不確定要素は避けるタイプなんだろうな。
…ま、慎重なのも結構だけど、10階の湯は今は効果不明だろうと、しっかり入っておかないといつか後悔するぞ?
マスターは、とりあえずアウフという娘の事を想像で、慎重派の軍師タイプと評価するが。
実際の彼女は、一度もダンジョンに入ったことなどない、深窓の令嬢であり。
人聞きだけの情報で、今回の問題解決法を提示していたとは、さすがに夢にも思いはしなかった。
今回のエピソードで、投稿前の書き溜め分が終了しました。
ここまで更新したあとで。
読者の反応なり、投稿者側からみたアクセス数やらポイント数など確認したあと。
投げたり続けたりを決める予定でしたが。
思っていたより反応がいいようでしたので、続けることになりそうです。
続きは、ヒマがあったら書きますので、気長にお待ち下さい。