私が寝てる時、何か変なことした?
「お、ゴツい女戦士の群れだ、初めてみるレアキャラだな」
普段よく見る、礼装も大事にしている女騎士とは違い。
いかにもごっつい冒険向けの無骨な装備の女戦士である。
入口でダンジョンの見張りをしている女騎士が、ごつい女戦士の差し出す割符のようなものを確認したのち、ダンジョンの中に通す。
「見たことのない感じの鎧だから、遠方から評判を聞きつけて来た旅の戦士ってところかな?」
最近は女騎士ばかりでもなく、シーフ風の娘、狩人風の娘、格闘家みたいな娘。
それらを護衛に据えた身分の高そうな娘。
多種多様なお客様が来訪するようになってきた。
そして今回は異国の地からの来訪者っぽい女戦士である。
とうとう国外にまでうちの評判が知れ渡ってきたということだろうか。
「割符で入場確認してるってことは、入場料でも取ってるのかな…?」
この国の女騎士は、あらかた風呂に入り終わったというのもあるだろうが、最近の騎士たちの動きはあきらかに収益確保の方向性に乗り出している。
1階層の浴槽は現在ではほぼ封鎖状態で入ることはできず、ひたすらお湯を外に運び出す作業に専念しているし。
お湯の汲み出し作業に関しては男性禁制でもなくなったようで平民っぽい男の作業員も大勢いる。
いまの国の方針としては。
外に持ち出し販売できる1階層の湯を入って汚すんじゃない、温泉に入りたければ持ち帰りできない2階層の湯まで行って入ってくれ、せっかくダンジョンまで来たのならそのほうが効果も高いだろ? 1階層の湯でいいのであれば、街で金を出して湯を買って入れ。わかったな?
といった所なのだろう。
1階層の湯船をお風呂ではなく、美容液の発掘場のように扱われてしまうのは、いかがなものかと温泉ダンジョンマスターとして、少し思わなくもないのだが。
まあ、これは世界各国に我が温泉の評判をお届けする、コスメのテスター商品工場みたいなものだと割り切ることにしよう。
この効果も相まって、他国からも女戦士が駆けつけたんだろうからな。
「はあー。……まだダンジョンの階層増やす気ないわけ?」
「うわっ!?」
一週間ほど動きを止めていたペタちゃんが、突然話しかけてきたのでびっくりした。
「な……なんだよ、びっくりさせんな!」
コアが眠りから覚めてくる時は、こんな前フリもなくいきなり起きてくるのかよ。
致す時は注意しよう……。
「そろそろ階層増やすから起きろ~、って起こされるの期待してたのにさぁ、しっかり一週間たってるんだもんなぁ……んも~。
もう一回意識消そうかな……。 ……ん?」
ペタちゃんが突如不思議そうな顔をする。
「? ? あれ? ……なにこれ」
なんだか歯の奥に、物が詰まったような違和感を感じてるかのように、何も無い斜め上を見ながらしきりにペタちゃんは首を傾げていた。
「? あのさぁ……マスター。私が寝てる時、何か変なことした?」
「はあ?? な…ななな……ナニを言っているのかね? 君は?」
何? 何のこと言ってるの?
触ってない! 決して触ったりいたずらしたりはしてないぞ?
私はとても紳士でしたよええ。
ただモニターで入浴を見ながら、時折ちょっと致してた程度で……。
「んー……どう説明したらいいのかなぁ……?
例えばさ……ご飯をダンジョンの魔力で作って食べたりとかした?」
「いや……? してないよ……? なんかマスターになってから腹とか全然減らないし」
匂いか? いけないスメルが残っていてそんな事を言いだしたのか?
「うん……そうね。本来ダンジョンコアに食欲なんて欲はないの。
私とマスタールームを共有してるマスターも、魂が融合状態だから食事は不要になってるはずなの。
だから、マスターは今、食欲が湧いてこないわけなのね。
でも、マスターは人間の時にはちゃんと食欲があったわけでしょ?
だから、その当時の記憶を元に、今でも食事を食べようと思えば、特に問題なく食べられるわけなの」
「……………はあ」
いまいちペタちゃんが何をいいたいのか、よくわからない。
「んでさ……昔の食欲を懐かしんで、マスターがここでごはん出して、何度も何度も食べたりしてると、魂が共有状態になっている私にも、食欲という知らない概念が内面に生まれてくる事があるの」
「………………あ」
なんとなく言いたいことがわかってきて、俺は脂汗を流した。
「で……? なんか変なことした? よくわかんない謎の感覚が、私の心にうっすら発生してる気がするんだけど……?」
「イ……イエ……特に……ナニモ」
「いーや! ぜーったいマスター何かしてる! でもこの欲が何なのか、全くわかんなくて気持ち悪い!
ねえ!なにしたのよ! なんなのよこの欲求!?」
「えーと……ペタちゃんは9階層作るならどんな風にしたい?」
「!!!! すっごい広い感じがいい!!!
壁に区切られた迷宮って感じじゃなくて、広さで迷う広さの迷宮! って感じの作りにして欲しい!」
「そっか~、温泉の効能はどういうのがいいかな?」
「あ、それはどうでもいい、マスターが好きに決めて」
「そう……。 じゃ……じゃあさ……こんな感じがいいかな? 地平線いっぱいに広がる草原のような広々階層!」
俺はただひたすら、9階層ダンジョンの仕様が許す限りだだっ広い草原の階層をテキトーに仮組みで作りあげ、モニターに表示する。
本当に何も無い草原、目印なんて何も無い見渡す限りの広大な草の地平線に広い空。
天井もたっぷりありますよ、どんな長身の超巨人でも大丈夫!
どうぞ見渡してみてください、壁も天井も見えないでしょう、余裕の空間だ、広さが違いますよ!
……こんなのでいいのか? 何のオブジェクトも配置してない本当にただの大草原だが…
「きゃあああ!!! 素敵! こんな……こんな広くて大きい階層が私の中に!?」
……いいのかよこれで。
ペタちゃんは夢を見ているような面持ちでうっとりと感動していた。
もうすっかり、謎の感覚のことは雲散霧消してどうでも良くなってしまったようだ。
ははは……。
クソ適当に9階層の仕様が許す限りに広くしてみたけど……広いなぁ。
このだだっ広い中から、目的の温泉を探し出さなきゃいけないわけか……クソゲーだなぁ。
さらに温泉発見後も、さらなる深い階層への入口がいつ出現するのかわからないから、このクソ広い草原の虱潰し探索を定期的に行わなきゃいけないのか~?
クソゲーだなぁ……。
話をごまかすために急遽9階層を作る羽目になり、ペタちゃんの意見をそのまま取り入れた結果、クソみたいな階層が出来上がってしまった。
こんなクソ階層を、攻略しなきゃならない女騎士たちがかわいそうである。
あー……。温泉の効能も、何も考えてないや。
どうしようかな……。