クラプス王国の姫と騎士
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「ユーザ陛下、クラプス王国から姫君とともにクラプス騎士団と、大勢の貴族の女性が駆けつけてまいりました」
秘書官らしき男が、ユーザ陛下にそう報告する。
「クラプスの姫君がいずれ来るだろうとはトウジからは聞いておったが、……貴族もか?」
「クラプス王国は王権が絶対的に強い国ではありませんので。姫君の美容のためだけに国費をはたいて軍を動かすわけにはまいりません」
「軍を動かす予算を貴族に出させ、そして貴族も美容にあやかる……と。やっておることがウチとさほど変わらぬな」
「クラプス王国護衛の大半は男性騎士で構成されておりますので、飯困らずダンジョンへの湯の搬入を希望されております」
「それは事前に聞いておる通りじゃな、すでに総動員で準備は進めておる」
「あの11階層の湯を大量に……ですか」
「そうじゃ、あのアスレチック階層の湯を大量に、じゃ」
♨♨♨♨♨
「そら、どんどん運べ運べ!」
「はひいいいいい……」
えー、私ヴィヒタ含め、バントゥ隊長率いる第2部隊にトウジ隊長率いる第1部隊。
さらには女性の輸送部隊含め、総動員で湯の運び出しをしております。
今となっては大半の湯は、輸送部隊とその護衛に丸投げしても大丈夫なのですが。
並の人間では持てない重さの湯を11階層のアスレチックエリアから運び出せるのは。
異常な訓練を終えた者たちにしかできませんので仕方ありません。
どう考えてもクラプス王国の姫君や貴族の娘を、直接ここの温泉まで私達が運んだほうが早く安く済む気がするのですが。
姫様の守護を他国の騎士に丸投げするなど言語道断とのことらしいです。
まあ、マーポンウェア王国のシルド団長のように、ダンジョンの10階層以下まで貴人の護衛ができるほど腕のたつ女騎士部隊はクラプス王国にはいないみたいですからね。
一応、クラプス王国に所属する女騎士隊長さんは、この11階層の湯を一度見学済みです。
湯の運び出しに要求する費用があまりにも暴利すぎる。我が国には女騎士が不足していることをいいことに足元を見すぎていないか!?
などとしつこく言ってくるものですから、どれほどの場所に浴槽があるのか実際に見ていただくことにしたのです。
結果、騎士隊長さんは全身から滝のような汗を流し、もう胃液もでないほどに何度も何度も吐き戻し、命からがらたどり着いた温泉に入浴し別物の美女になったあと、色々な感情が渦巻いてしばらく号泣していました。
そのあと、クラプス王国の騎士と姫君に「とんでもなく安いですよ! むしろこんな小額であんな所からお湯を運び出してくれるなんて、セパンス王国の騎士はまるで聖人です!」と力強く報告してくれたらしいです。わかっていただけたようで何よりです。
まあ、温泉の効能で肉体を強化に次ぐ強化をしつくされた今の私達にとっては。
大量の湯を背負ってこのアスレチック階層を駆け抜けるくらい、もはやどうということもないのですが。
「……しかし、そこまで大したことがないとはいえ、こうも何度も行き来してるとさすがに堪えますね……はあ……」
「11階層くらいで弱音を吐くな。いずれ19階層、20階層と、もっと運び出しを増やさなければならない効能の湯が発生する可能性があるからな」
18階層の体力完全回復の湯の運び出しは、ヒトウ隊長達のために何度も行いましたが、あれはそれほど地獄でもありませんでした。
なにしろその運んでいる湯に入れば、どれほど疲れていても体力は回復するのですから……。
むしろ運んでいる湯にひっそり入っていることがバレたあと。
「うおおおおお! ヴィヒタのダシが効いた湯だってええええ!?」「馬鹿野郎、俺が先に入る!」「体力限界が来てるやつが先だろ殺すぞ!」「やるかコラ!」「全く……馬鹿どもがすまんな。ところでリーロが運んできた湯はどれかね?」
などと言われていたことのほうが地獄です。
まあ今の私たちが運んでいるのは、クラプス王国の姫君たちが美容のために入るお湯なのです。
あんな変質者が入る湯ではないと考えると少し気がラクです。
「はあ、疲れました、筋力アップの薬で少しラクをします」
今の膂力で筋力アップの薬の効果を得ると、もはや何の重さも感じません。
薬の効果が切れるまでの時間は休んでいるのと同じです。
働きながら休憩とか、もはやわけがわかりませんね……はあ。
♨♨♨♨♨
「樽に詰めた温泉水を背負って、この運動場を20周程度か……」
宮殿広場に設置された11階層攻略練習用の運動場を眺めながら、クラプス王国の屈強な騎士たちが言う。
「できるか?」「できますね」「24階層以下を住処にしてるような奴なら当然できる」「とはいえウチの女騎士には絶対に無理だな、報酬も妥当か」
自分たちであれば運び出すことはできるのだが、温泉ダンジョンは男性の入場は禁止だ。
女騎士に運び出してもらおうにも、そんなバカげた力を持った女騎士などいるはずもない。
というかそんなことができる力があるのなら、姫様を背負って温泉ダンジョンの方に女騎士だけで行ってもらったほうがてっとり早い。
「セパンス王国にはこれができる女騎士が大量にいるということですよね?」「この国にはトウジみたいなのがゾロゾロいるってのか?」「あんなのがゾロゾロいてたまるかよ」
そもそもトウジ隊長率いる第1部隊が異常なのはまだわかるのだが、女王護衛の第2部隊や、それどころか雑兵の輸送部隊すらなにかがおかしい。
ダンジョンの深い階層から湯を背負って普通に歩いて戻ってくることすら、男性の騎士でも相当な鍛え方をしていないと出来ない芸当だ。
鉄ダンジョンの下層から、ドロップ品をただ運び出すだけの役目を十全に果たせるやつは10年単位で鍛錬を積んだ特別な存在なのだ。
それを最近設立されたという歴史が浅いはずのセパンス王国の輸送部隊は、その役目を当然のように果たしているようなのである。
「考えられるのは10階層のトレーニング強化の湯の効果か?」「手早く強靭な兵士が作れるわけか……」「兵士志願者は飯困らずダンジョンから年々量産されるし、恐ろしい国だぜ」「間違いなく近い将来、セパンス王国は大国の1つになるな」
セパンス王国に来たクラプス王国の姫君たちは、王宮に運び出された最低効能の温泉効能で感激し、飯困らずダンジョンから出てくるという酒と食材のあまりの美味さに感激する毎日を過ごされている。
その中でも野心家で性格の悪い姫君のうちの一人は、この国を落とし我々のモノにできるか? とストレートに聞いてきたが、おそらく無理である。
国の規模は中堅であれ、情報伝達がどうやっているのかと思うほどに早く、所属する兵が強靭で数も多く、食料が無尽蔵に湧き出してくるダンジョンを抱えているセパンス王国はおそらく落とせない。
単純な防壁も、ぱっと見ただけでもすでにかなりの規模の準備がととのい始めている。侵略するにしても時すでに遅しである。
そもそもクラプス王国はマーポンウェア王国を長年警戒していた結果、防衛に長けた成長を遂げてきた国であり、元々侵略には向いていない。
「侵略ねえ……姫様は自身が大国の側だから侵略する側だと思い込んでおられるようですが、正直逆の心配したほうがいいと俺ぁ思いますね」
「クラプス王国が将来セパンス王国に蹂躙される未来がくるというのか? それは流石に口が過ぎるぞ貴様」
「いいえ、俺が心配してるのはそういう侵略ではありません。セパンス王国の美女に色仕掛けで平和的な引き抜きを迫られたらまずいなぁって感じているんです」
その指摘を聞いたクラプス王国の騎士たちは全員押し黙ってしまった。
異常な美貌を誇るセパンス王国の女性たちに、飯も酒も異常に美味しい国に永住しませんか~? と迫られてしまった時の事を考える。
抗うには、国家か貴族家への鋼のように固い忠誠心を持って対抗するしかない。あとは婚約者か嫁への絶対的な愛で跳ね除けるか。
誘惑に乗っかってしまえば、あの鉄臭いダンジョンの穴蔵できつい活動を繰り返す人生から抜け出して、セパンス王国の美女と美食に囲まれたダンジョン生活が始まるのだ。
ドロップ品の収集率が悪いとネチネチ罵倒してくる、ぶくぶく太った重臣貴族の連中や、ダンジョン上がりにお世話になるじゃがいもみたいな顔をした国の娼婦の顔を思い浮かべる。
考えれば考えるほど、抗える気が全くしなくなってきた。
「やばいな……」「ああ、実にヤバい」「本気でそれを実行されたらマジでまずいぞ」「今夜、メイドに夜這いとか仕掛けられたらマジでまずい」「とりあえず風呂に入って下着も替えておくか……」
クラプス王国の騎士たちは、そんな静かな侵略に対応するべく。
数週間ぶりに風呂に入り、数週間ぶりに下着を穿き替え、数ヶ月剃ったことのないヒゲを剃り、侵略の準備に備えたが、滞在中そんな侵略行為をうけることは特になかった。
セパンス王国は、まだそんな完璧でおそるべき侵略計略を思いついていないのかもしれない。
あぶないところであった。ああ、本当にあぶないところであった。
クラプス王国の騎士たちの顔にはホッとしたような、残念なような、そんな表情が浮かんでいた。
♨♨♨♨♨
王宮の研究室の倉庫には現在とてつもない量の鉄が詰め込まれている。
クラプス王国の姫の受け入れの際に、報酬としていただいている鉄のほんの一部である。
いっぺんに持ってくることなど到底不可能な量のため、何十回も小分けで持ち帰ることになる。
「鉄道を引くのには十分な量が確保されました、あとは鉄道が敷き終わるまでの間に車体を完成させるのみ……」
「ユーザ陛下もこの計画には大変期待なされておられるようで……」
「あああああ、無理無理無理っ! どんなに考えてもこんな魔法で作ったような真球の鋼鉄を作るのは無理ぃ!」
真球が大量に埋め込まれたベアリング。そんな未来の技術を目の当たりにしたアウフは、そのあまりの要求レベルの高さにパニックになっていた。
ここ数日、真球の鋼鉄を作り出す方法を考えに考え続けていたが、全く再現できる気がしなかった。
数年後に線路工事が完了したにもかかわらず、満足な性能の車体は未だに出来ていませ~ん、などという最悪の未来を想像すると顔が青くなる。
「あの……アウフ様、これって真球じゃなくて円柱で作っても十分な効果は得られませんかね? それならば我々の技術でもあるいは……」
歯車専門の技師の一人がそう進言し。円柱で作られたロールベアリングの設計図を提示する。
「高重量と高負荷に耐えるためなら、計算上こちらの構造のほうがむしろ有利です」
その設計図を見たアウフの目がぱっと明るくなる。
未来すぎる技術の完璧な再現に目が眩み、視野が狭くなってしまっていた自分を自覚した。
そうだ、ダンジョンから提示された未来の技術を完璧に再現しなくてもいい。今私たちができる範囲の再現をすればいいのだ。
「いけるわ! 試作品を作りましょう!」
久しぶりにアウフは満面の笑顔で、研究を再開する。
数日かけて小さく作った試作品が、十分な効果を発揮したこともしっかりと確認することができた。
その日、久しぶりに屋敷に戻ってぐっすり眠ったアウフは、朝食にカレーを食べた。
そしてカレーを食べたアウフは驚愕する。
「え? 嘘。……こんなに美味しかったんだ。これ」
何度か食べたはずなのに、全くこの美味しさを理解できていなかった。
ここしばらくの間、味覚すらまともに感じていなかった自分を、アウフはようやく自覚した。






