カレー戦争
「一番美味しいカレー選手権~」
今、俺たちの目の前には多種多様なメーカーのカレーが出そろっている。
大人の事情で詳しい名前は出せないが、とにかく多種多様なメーカーのカレーが出そろっていると思ってくれ。
カレー専門チェーン店のカレーから、観光名所で買ったご当地レトルトカレー、缶詰カレーなど。俺が人生で食ったカレーはとりあえず全部出した。
では問題です。この中のカレーのうち、どれをドロップ品として出すのが正解なんでしょうか?
「そんなもん決められるわけねえだろうが!」
はいっ! このメーカーのこのカレーが一番美味しいですよ! なんて言い切ってしまったら戦争だろうがっ!
そんなわけで、ブグくんにタニアさんに宝石マスターにシルクさんもみんな呼び寄せて、一番美味しいカレー選手権を開催した。
結果、揉めた。
それはもう揉めまくった。
シルクさんは10倍くらいの激辛カレーを平気でおススメするし。黒猫コアは鯖カレーの鯖だけ欲しがるし。
ブグくんとペタちゃんは中辛くらいのカレーが一番だと反論するし。
意外にもタニアさんはお子様向けの甘口カレーを推奨するし。
宝石マスターは俺の知らないブリティッシュカレーを提案するしで、意見がまとまるどころかよけい混乱してしまった。
全く意見はまとまることなく、全員が非常に険悪な雰囲気の中で解散して帰った後、俺とペタちゃんは途方に暮れ。
「じゃあ、どのカレーを出そうか……」と、ふりだしに戻った議論をするはめになってしまった。
一体、何のためにみんなを呼んだのだろうか。
「もう全部出しましょ」
「全部?」
「だって、18階層の魔素の濃さなら、ただのカレーなんて全種類出しても全然大丈夫よ」
「……うん、そうだねそうしよう」
というわけで、18階層では数多のカレーがドロップする、カレーのためのカレーによるカレー階層になってしまった。
ヒトウ隊長たちの集団が最初に発見して、カレーを食べたところ、恐ろしく好評そうな雰囲気だったので、きっとこれでよかったのだろう。
そういうことにしておこう。
「宝石も出すんじゃなかったっけ?」
「新しい宝石を出すと出せるカレーが減っちゃうから、あのトルマリンとかいうのがたまに出るようにしておいたわよ」
「うーん、まあ、うん……あの宝石は人気っぽいからそれでいいか」
宝石マスターが聞いていたら怒られそうなくらい、宝石への扱いが適当である。
しょうがないじゃないか、うちは飯困らずダンジョンなんだから。
「ところでマスターは19階層をいつ作るの? なんか、あの、病気? とかいうのが全部治る湯だっけ」
「温泉ダンジョンでしか効果が完璧じゃないとなったら、たぶん暴動が起こる効果だからね。飯困らずが19階層になるまで待つよ」
「えへへ、じゃあ一緒に19階層は拡張しようね。ようやく私もマスターと並べるのね」
そう言うペタちゃんは、なんだかうれしそうだった。
♨♨♨♨♨
「アウフお嬢様、これが新しく出てきた調味料なのですか? ああっ、すっごく美味しいですね~!」
新しく出てきたという謎の粉をパンに振りかけて食べたヴィヒタは、わざとらしく心から感激したような声を出す。
心から美味しいと感激したのは事実だが、どちらかというと目の前の人物を気遣ってリアクションしている感じである。
「そしてこれが、固形物のそれをお湯に溶かして作られたスープよ……」
「うわぁ……なんだか、その……ど……泥っぽい見た目ですね」
実際は泥ではなく、もっと汚いものを想像してしまったヴィヒタであったが、お嬢様の目の前で言うべき単語ではないので自重する。
これもまたパンに乗せて食べると、先ほどまでの不敬なイメージが美味しさの前に一掃されてしまう。
「うわあああ!? 粉で食べるよりこっちのほうがずっと美味しいですよ!? お嬢様!」
「ええ、そうね。すごく、美味しいわ……ふう」
そう言って、食事をするアウフの表情はどんよりと優れない。
どうにも蒸気機関の研究が思うように進んでいないためである。
どれほどの重量でも動かせるパワーを蒸気によって生み出し、何十トンにも及ぶ貨物トロッコを動かし、動作も制御できるようになったあたりでは。
そのあまりの研究成果のすばらしさに、ユーザ陛下からの評価もうなぎのぼりとなり、研究予算も拡大し。
研究チームのみんなは喜びの絶頂にあったのだが、そこがピークであった。
あまりに蒸気装置の重量とパワーがありすぎて、どうやっても壊れてしまうのだ。
一番の難点は車軸への強烈な負担であった。
半月もしないうちに車軸がねじ曲がってすべてが崩壊してしまうような運搬設備に、使い道などあろうはずがない。
むしろ中途半端に数週程度なら動いてしまう分、その期待感に対する落胆が隠し切れないほど大きくなってしまう。
「ううう……温泉ダンジョンの力でインチキじみた強度の素材を使っているはずなのに、こんなにすぐ壊れるなんておかしいわ……。
これはきっと私たち技術者の設計の方に問題があるのよ。
いい素材に頼りきって、蒸気のパワーに耐えられない稚拙な設計をしている私達が悪いのよ……!! 何か……何か負担を減らすための設計法が……」
そういってアウフは、ふさぎ込んでしまう。
目の前のカレーにも、それほど口をつけていないので、これはかなり重症である。
というより、ここ数日ろくに食事に手も付けず、設計図を書いては破り、書いては破りの日々を過ごし。
ダンジョンからカレーが出てきてようやく少し食事を食べてくれましたとメイドから聞いて、ヴィヒタはゾッとした。
それから数日たった頃、謎の箱がセパンス王国に届いた。
ヒトウ隊長の代理として鉄ダンジョンに行っていたトウジ隊長が新発見したという、車輪付きの箱らしい。
その見た目は、極めて未来的な構造をしており。あきらかに温泉ダンジョンの意思の影響を受けた品だという事がわかる。
セパンス王国の技術者たちはこの新しくでてきたドロップ品を見て驚く。
「ありえません、この車輪のサイズで、中身をこれほど詰めても滑らかに動くなど……」
「この品を鉄ダンジョン資料館から持ち出せたという事は、すでに同じものはいくつか存在しているのですね?」
「ええ、クラプス王国の騎士たちも後に発見できたようで、展示義務は終了したとのことです」
「分解しましょう! この車輪の構造を解明するのです!」
25階層でいくつでも採れる品ならば、いずれヒトウ隊長が数多く持ち帰ってくるはずである。
ならば、これをちょっと便利なケースとしてそのまま利用するよりは、分解してその技術を知る方が正しい使い方に決まっている。
そしてアウフは、これは温泉ダンジョンの意思からの私たちへの新しいメッセージであると確信していた。
もちろんそんなわけはないのだが、暴走する彼女の頭の中ではもうすでにそういうことになっている。
分解して、車輪の中に仕込まれていたボールベアリングを見た技術者たちは全員驚愕する。
現代社会の車輪にはほぼ仕組まれている、回転軸の心臓部のような部品。
真球に近い鋼鉄の玉を数多くはめ込み、回転にかかる摩擦を大幅に減らす機構。
現代技術の結晶とも言うべき、そのあまりにも優れた構造。
「す……すごい」「こんな技術があったなんて」「美しい……物理学的に美しすぎる」「これさえあれば……今の貨物車の摩擦問題も……?」
何人かが、希望に目を輝かせる中で、何人かは引きつったような笑いを浮かべている。
そしてアウフも、引きつった笑顔を浮かべている側の1人であった。
「お……温泉ダンジョンの意思さん? あの……これを私達に作れと?? 鋼鉄を一切のサイズ差もゆがみもない完璧な真球に加工しろと????」
アウフは温泉ダンジョンからの無茶ぶりにクラクラする。
鋼鉄を一切のサイズ差もゆがみもない完璧な真球に加工する。そんなもの当然中世の技術で作れるはずがない。
アウフ含めた技術者たちは車輪を滑らかに駆動させるための答えを知ったというのに、逆に完全なパニック状態に陥ってしまった。
それは適切な技術の進化を遂げず、未来の技術だけを先に知らされてしまった者たちの苦悩であった。
一方そのころ、セパンス王国では。
飯困らずダンジョンから出てきた新しい多種多様なカレーを、如何に調理するのが一番美味しいのか。
そしてどの種類のカレーが一番美味しいのかで、めちゃくちゃに揉めまくっていた。
めんつゆの時の漆黒の審判騒動で生まれた美食貴族同士の確執と相まって、それはもう揉めた。
セパンス王国では、飯困らずダンジョンから産出する食料を取り扱う権限を持った美食貴族の力が大きくなりすぎており、この手の揉め事は笑い事ではなくなっていた。
このままではリアルカレー戦争がセパンス王国内部で勃発するのではないかというくらいに揉め。ユーザ陛下は対応と頭痛に悩まされていた。
はいっ! このメーカーのこのカレーが一番美味しいですよ! なんて言い切ってしまったら戦争だろうがっ!
温泉ダンジョンマスターの言う通りであった。






