可憐なる原始人
トウジ隊長達は手持ちの水と食料をほぼ全部24階層の連中に配って鉄に変えた。
24階層の連中も新しく出現した謎の荷物ケースに興味津々だが、興味があるなら自分で確保してくれとばかりに早々と切り上げ、地上へと駆け抜けていく。
地上に戻ると、見張りのクラプスの兵士たちに「どうした、早いな、誰か怪我でもしたか?」「ヒトウの代わりは無理だったか」などと心配されたがそういう理由で戻ってきたわけではない。
さっさと資料館に新しいドロップ品を収め、手に入った当時の状況を事細かに説明する。
長かった。
ケースをこと細かく調べていた技術者らしき連中が、ひたすら驚愕しつづけていたがどうでもよかった。
早く用件を終わらせて解放してくれといった感情しかトウジ隊長の中にはなかった。
いつ解放されるんだとイライラしながら、ケースの見学会をトウジ隊長が眺めていると。
どこから聞きつけたのか、クラプス王国に在住して製鉄技術を学んでいるセパンス王国の技術者達もズラズラと駆けつけてケースを眺め、あらためて驚愕し始める。
「この車輪は一体どうなってるんだ?」「重さに対して回転に抵抗がなさすぎる」「摩擦はダンジョンの魔力で軽減しているのか?」「技術でこんなことできないでしょう」「分解してみたい……」
いつまでたってもこいつらはケースの見物を終わらせてくれそうにないので、流石にトウジ隊長も声を上げる。
「あのねえ、そろそろ解放してもらっていいかい? ケースは置いていくからさ、あとはあんたたちで好きに調べておくれよ」
「トウジどの、こちらの品は我がクラプス王国が預かり、のちに買い取るということで」「いけません! 報告、展示義務を終えたあとはサンプルとして必ずセパンス王国に持ち帰るべきです!」
これは持ち帰ってほしくないと考えるクラプス王国の技術者と、絶対に持ち帰るべきというセパンス王国の技術者との間で何やらもめている。
トウジ隊長にはよくわからないが、とにかく車輪の構造が技術者にとっては何か驚嘆すべきすごいものらしい。
実際、帰還途中ダンジョンで使ってみた感想としては。中身を重くしてもスイスイと車輪が動くのは確かだが、いかんせん車輪が小さすぎる。
王宮のように平たく整地された道ならば使い勝手のいいものなのかもしれないが。
ダンジョン内部のガタガタした岩場の道や、砂のように柔らかい地層ではまるで使い物にならなかったため、そこまで目の色を変えるほど素晴らしい品とは思っていなかった。
「そういったことは私じゃなくてセパンス王国の大使とでも話しておくれよ。私はまた食料と水を買い込んだらダンジョンに戻らせてもらうからね」
「もっと手に入れてくる事は可能でしょうか?」
「24階層でも出るんだったらともかく、25階層でしか出ないなら無理だね。あの階層に住み着くには武器が足りない」
そう言って資料館をあとにすると。トウジ隊長達はまた水と食料を大量に買い込んで24階層へと駆け戻っていく。
水と食料を大量に抱えて24階層まで足早に戻ると、そこにいた連中にすごい目で見られた。
「は? え? お前……どうやってこんな速度で戻ってきたんだ????」「ここから地上まで戻るのは荷物なしでも10日以上かかるだろ??」
どうやら100キロ近い食料や水を抱えて、何百キロという道を数日で駆け抜けて帰ってきたのが異常に見えるらしい。
たしかに冷静に考えると異常以外の何物でもないが、できるようになってしまったのだから仕方がない。
正直なところ、筋力が高まりすぎて荷物がたいして重く感じないのだ。
体力も超人化してしまい、駆け足程度の速度ならただ歩いているのと何ら変わりないのだ。
単にこれ以上の食料を背嚢に詰め込めないし、詰め込んだら背嚢が壊れるからこの量で妥協しているに過ぎず。
半日くらい走っていると、腹も減るし眠くもなるから休息を入れているに過ぎない。
「どうやら想像以上に強くなりすぎてしまったらしいな」
「もしかすると今の私達って、世界最強なのでは? フヒヒ……」
「25階層を回れない世界最強ですか……?」「悲しいこと言うな!」
「ええい、虹の鉱石だ! 虹の鉱石さえ数多く手に入れば戦えるはずだ! 集めるぞっ!」
そうしてトウジ隊長たちは24階層で暴れまわった。
それはもう暴れまわった。
前衛が防御壁を敷いて、後方の攻撃で戦うというマニュアル戦法は1日で捨て去られた。
必要なかったのだ。
まず虹の鉱石を投げつけただけで敵はほぼ一発で死ぬ。
その時点で陣形もクソも必要ないのだが。ある時、虹の投石が敵にうまく躱された時があった。
お、久しぶりに近接戦か? と思って武器を構えたのもつかの間。
適当なドロップ品の鋼を思いっきり投げつけてみた隊員がいて。
あろうことか、その適当なドロップ品の鋼の投擲でも、モンスターに突き刺さる程度に十分なダメージが通った。通ってしまった。
ええ……? と思った隊員たちが、みんなで鋼や鉄を投げつけると普通にモンスターを倒せてしまったのである。
大砲のような威力で鉄をたくさん投げつけると、モンスターは死ぬのだ。
この発見に至った時点で、ガッツリと陣形を組んで戦うことがもはやバカバカしくなってしまい。
5人1組で適当にバラけて周回してくることになってしまった。
4人がモンスターにドロップ品を投げつけまくり。
万が一突破された場合に備え、1人が近接武器を構えているという方式だ。
その結果、鉄をすさまじい威力で投げつけまくって敵をボコし殺戮して回る、いい匂いを放つ見目麗しい美人の女騎士の群れという意味不明な存在が爆誕してしまった。
その戦いの様子を目撃してしまった他国の騎士たちも、なんだあれは……。いや、本当になんなんだあれは? としか反応しようがない。
そんな原始的な戦いの様子を見ていた他国の騎士たちは、いつの日か彼女たちのことを、可憐なる原始人と呼んだ。
可憐な原始人達の活躍は凄まじく、1日で他国の軍勢が一週間かけて狩るような量のドロップ品を集めてくる。
虹の鉱石も1日1個くらいのペースで手に入っていった。
もっとも武器に加工できなければ、25階層以下で戦う役にはあまりたたないのだが。
そんな可憐な原始人達が鉄の投擲で24階層のモンスターを狩ること2か月。
トウジ隊長が大量のドロップ品を抱えて、入り口付近にいる輸送・伝令係の元へ戻るとなんだか見覚えのある集団がいた。ヒトウだ。
「よう、トウジ。めちゃくちゃ大活躍しているようじゃないか」
「ヒトウ、もう鍛え終わったのかい」
ヒトウが戻ってきたということは、ここでのダンジョン生活も終わりかとトウジ隊長は思ったが。
それほど落胆はしていなかった。
単純に今の状態では24階層がぬるく、歯ごたえを感じなかったからである。
むしろ虹の鉱石の武器を作ってもらうため、早いところセパンス王国に戻りたかったくらいだ。
むしろ鍛え終わったヒトウらは、これから25階層、26階層をガンガン回れるんだろうなと思うと、そっちのほうが羨ましくてイライラする。
それにしても一段と鍛え抜かれたヒトウが戻ってきたのはいいが。
なんだか、ものすごくいい匂いがそこらに漂っている。
周囲にいる騎士たちも、おい、なんだよあの匂いは……と驚愕してチラチラとこちらをうかがっているくらいだ。
ちなみに石鹸の香りではない。
ものすごく、本当にものすごく美味しそうな香りなのだ。
「ふっふっふ、飯困らずの17階層で鍛えていたら18階層が出現してな。鍛え終わる速度が予定より飛躍的に上がったというわけだ」
「なるほど……そこで採れたのがこれかい?」
「お前たちには世話になったからな、礼としてこいつはすべてお前たちにごちそうしてやろう」
そういったヒトウが指をさした先には、先ほどからものすごくいい匂いを放つ大鍋がある。
その中にはたっぷりのどろどろした茶色の物体が入っていた。
カレーであった。
「見た目は……なんだか最悪なんだが?」
すごくいい匂いではあるのだが、その見た目があまりに肥溜めなので少し躊躇する。
しかし一口食べると、そんな負のイメージは消えて無くなった。
美味い、あまりにも美味い。
「こいつが飯困らずの18階層で取れるのか?」
「そうだ、ぜひ大量に集めてくれ。できればここまで支援物資として送られてくるだけの余裕が出るくらいにな、ははは」
「……私達はセパンス王国に戻ればいくらでも食える。これは、あいつらに食わせよう」
「あいつら?」
「後ろでチラチラ見ているあいつらに、だ」
先程から、このいい香りに心揺り動かされている。
24階層に住み着いて、ドロップ品の回収ができる力を持った、あらゆる国の一流の騎士たちである。
「大量に集める最良の方法は、大人数に集めさせることだろ?」
そういうとトウジ隊長は有無を言わさず、ヒトウと交代するから帰還するのでお世話になったねという名目で。
後ろにいる騎士たちにカレーを振る舞った。
長年、ろくでもない保存食で食いつないでいるダンジョン騎士たちにとって、その味はもはや劇物であった。
中にはあまりの美味さに感動して、大粒の涙を流し泣いている者すらいる。
「よし、じゃあ私達も帰って食べに行くとするか」
「はいっ!!」
カレーを食べそこねた隊員たちの返事はかろやかだ。
どうせ飯困らずダンジョンに帰れば食べ放題だからか、はたまた温泉ダンジョンに戻れるからか。
何にしろ、気持ちのいい環境に戻れることを心待ちにしている声である。
しかし過酷なダンジョンで、美味しい食事や気持ちの良い温泉から離れて暮らしていた、この2ヶ月が悲惨だったかと言えばそうでもなかった。
当初、トウジ隊長が懸念していたような精神の脆弱さが生まれるということには、驚いたことに誰もなっていなかったのだ。
むしろ、これだよこれ!
この過酷な毎日こそ、生きている実感が得られる~! といった余裕を持った様子で、この過酷な日々を隊員たちは満喫していた。
その心境は、現代人の冬山登山部が。
わざわざ自主的に文明の利器から離れ、過酷な冬山に登り、過酷な山頂を目指すことを望み。
そして下山して気持ちのいい環境に帰れる時を、楽しみにしているようなものだろうか。
帰れば気持ちの良い環境が待っている者にとって過酷なダンジョンというものは、もはや一種のレジャーのようなものなのであった。






