模倣
書籍3巻の作業に入ったので、たぶん更新遅くなります。
「センはーん、また温泉ダンジョンに入って来とる貴族の服を写させてもらうで~、あとなんぞ美味いもん作ってや、ペタちゃん」
シルクさんがまたマスタールームにやってきた。
この人もブグくん同様に、ダンジョン経営はほとんど終了していて、ポイントあまりで暇になってしまっているダンジョンマスターなので、頻繁にやってくるようになってしまった。
まあ、こちらにとっても何も悪いことではないので放置している。
問題は、この人がいる間、ダンジョン確認のモニターが見られないことくらいだが、特に問題はない。
緊急で知りたいことがあるなら、書物にして見ればいいだけのことだ。
なお黒猫のコアは、俺が取り出したみかんのダンボール箱でごろごろしている。
「いいよ~、今ね~、飯困らずダンジョンにセパンスの料理人が入ってきてるから、そいつが作ってる料理を覚えてる最中なのよ」
「ええなあ、ここのダンジョンは冒険者以外がそうやって来てくれるんやから。うちも最初からそこは考えておくべきやったわぁ」
数日前に、飯困らずダンジョンの居住施設に、とうとうプロの料理人が住み込みで働く高級飲食店ができることになった。
ペタちゃんはここ数日、その料理人の調理技術を眺め続け、今は書物化されたレシピを読みながら、実際に料理を真似て作っている最中である。
「一人か二人、ここで作られた料理を持ったまま死んでくれたら再現が楽なんだけどな~」
とても物騒なことをペタちゃんが言う。
せめて、作った料理をダンジョンにささげてくれないかな~、くらいのかわいい発想で済ませてくれないか。
「お、せや、うちのダンジョンに来た冒険者が持っとった弁当を回収してたん思い出したわ、食べるか?」
「食べる食べる!」
「……冒険者が持っとった弁当って、それって、要するに遺品でしょう? なんか嫌だな」
「実際に回収した弁当はウチが食うたわ、これはその再現品やから安心してや」
「そ、そうですか、それでしたら……まあ」
食べてみると、物凄く辛かった。
アホほど唐辛子を入れた激辛チャレンジ店の料理のような辛さだ、辛すぎて食材の味が何もわからない。
人間の肉体で食べていたら、辛すぎて食べるのがつらいだけの料理な気がする。
もっとも、辛いから食べていてつらいという感覚はダンジョンマスターの肉体では発生しないので、これはこれでおいしく感じるだけの余裕はある。
どうやらドルピンス王国の食生活は、唐辛子のような香辛料を死ぬほど入れて、保存性を高める手段を使っているらしい。
「辛さで食材の味が潰れちゃってるじゃない、これはダメな料理ね……」
「まあ、このくらい辛くせんとすぐ腐るからしゃーないな」
「ふうん、腐らないようにするために辛くしてるの? ……? なんで辛いと腐らないの?」
「……不浄から守護する聖なる力が塩とか香辛料には宿っとるとか聞くし……神のお力なんやないの?」
「あまりにも辛さの濃度が高いと微生物が生存できなくなるからだよ、ペタちゃん」
「びせいぶつ?」
「世界には目に見えないサイズの小さい生き物が何億、何兆と湧いていて、そいつらに食物を悪いモノに分解された状態を腐るって言うんだ。
でも人間にとって有益なものに微生物が分解してくれた状態は発酵って言うんだ、納豆とか味噌とかお酒だってそうだぞ。
腐ると発酵の違いは、人間にとって有益か不利益かの違いでしかないんだよ」
「へー、じゃあウチで出してる缶詰が腐らないのはなんで?」
「あれは、微生物が一匹も入ってない状態で完全に密閉してるから腐らないんだ、小さい穴が開いたらきっと腐るよ」
「へー、そうなんだ」
納得してくれたようで何よりです。
逆にシルクさんは、はあ? といったような顔になって聞いている。
「ええ? じゃあなんやねんな、お酒は目に見えへん生物に食い荒らされた排泄物でも飲んどるいうんかいな!」
「まあ、言い方は悪いですが、酵母菌が糖を吸収したあと排出しているのがアルコールですので……そうなりますね」
そういうとシルクさんがとても嫌な顔をする。
いや、嫌な顔というより、信じてた何かが汚されてしまったような顔だ。
このくらいの時代の人には、塩や香辛料は邪気を退ける聖なるモノで、お酒は神から賜りし飲み物くらいの認識があったのかもしれない。
「ふぅ~む、センよ、おぬしは人間がケガをした後、黒い皮膚ができるのはなぜだかわかるかニャ?」
突然、糸ダンジョンの黒猫のコアがよくわからない質問をしてくる。
「はあ、まあ血液中の血小板が固まって、皮膚を保護するためにかさぶたになるって事までなら……」
「にゃるほど、温泉ダンジョンはお前にしか作れんわけだニャ」
「センはんって科学だけやのうて医療知識もあるねんな……どういうやっちゃねんホンマ」
これは医療知識っていうほど医療知識なのだろうか?
……まあ、微生物も知らない手合いにとっては、十分に高度な医療知識なのかもしれないが。
「温泉ダンジョンを模倣したダンジョンを作ろうとしているコアがそこそこいたらしいのニャ。
効果効能はお前のダンジョンのパクリで、泉ダンジョンとか、川ダンジョンとかをニャ」
「ええ? なにそれ! 私知らないんだけど!?」
ペタちゃんが、ふざけるなと言わんばかりの形相で怒りをあらわにする。
「まあ、人間の評価はただの水が流れている効果不明のダンジョン扱いで終わってしまったみたいなんだけどニャ。
目に見えて皮膚が綺麗になるほどの効果をどのコアも作り出せなかったのニャ。
おそらく、人間の身体に関する深い知識があるマスターが作らないと、そんな効果を低層で発揮することなんてとてもできないのニャ」
人間の身体に関する深い知識……ねえ。
人間の身体を細胞レベルで知っていることが大事なのだろうか。
細胞が戦うアニメや、コラーゲンで潤いたっぷりみたいな美容通販番組を病室でぼーっと見てたのも知識の一環なのだろうか。
あと、温泉じゃないと皮膚が綺麗になる効果は俺でも出せないんじゃないかと思う。
だって、温泉とはそういうものだからだ。
「次の階層ではあらゆる病気を治すお湯作るって言ってたもんね、マスターって、医者の知識まであったのね」
ペタちゃんが尊敬のまなざしで見つめてくるが、現代日本だと義務教育と雑学教養番組の範疇の知識でしかないので恥ずかしい。
「できたわよ~、セパンス王国の料理人が作ってる料理が!」
そういうとペタちゃんは、料理人が作る高級フレンチ料理のような、かっこいい見た目の料理を作り上げて出してきた。
飯困らずダンジョンで採れた、現代日本の食材を使って、セパンス王国のプロの料理人が作り上げた逸品(の模倣品)だ。
食べてみると、見た目に負けず劣らず、実際に美味しかった。
日本人のシェフでは考えそうにない味付けの組み立て方が新鮮で、久しぶりに新しいものを食べた感覚に満足する。
すごいなペタちゃん、いつのまにやら、こんなものまで見て覚えるだけでも作れるようになってしまったのか。
俺は習った知識が多いだけの自分なんかより。
見たもの、聞いたことを学んで自分の力にしていくペタちゃんのほうがよっぽどすごいように思えるんだけどな。
「ん? ええ? はぁ?」
「ん? どしたのペタちゃん?」
急に、ペタちゃんが素っ頓狂な声をあげだす。
なんだろう、この料理は思った味じゃなかったのだろうか? 美味しいんだけどな。
「ええ? 何があったの? マスター、温泉ダンジョンの1階の温泉が枯れそうだわ」
「はい?」
♨♨♨♨♨
温泉ダンジョンの1階層では、アウフ率いる研究員が持ち込んできた謎の機材が、蒸気を吹き上げながら温泉水を吸い上げていく。
いつも人力で温泉水の汲み上げをしていた作業員は、そのあまりの吸い上げ量に圧倒されていた。
「凄まじい効率ですぞ、人力などもはや比較にもなりません。
蒸気ポンプは大成功ですな、私の圧力増幅装置も一役買ったでしょう」
「気圧差の生み出す力を吸い上げに変換する機構、美しい、やはり歯車の組み合わせの可能性は無限大……ああ歯車ちゃん」
「吸い上げ量、材質強度……共に計算通り……ブツブツ」
「実験は成功ね、これならばユーザ陛下も蒸気動力の研究は必ず認めてくださるはずよ」
「ふふふ、アウフ様。
この速度での温泉水の汲み出しはダンジョン様も想定外の事でしょうな、はたしてダンジョン様はどうお考えになられるのでしょうか?
ダンジョンの資源をこのように急速に持っていかれる事は、ダンジョン様にとっては喜ばしいことなのか、はたまた激怒なされる事なのか?」
「……どうなのでしょう? こちらから一方的にダンジョンの意思に情報を送ることはできたと思うのですが。
向こうから具体的な言葉をいただいたことはないので……難しいですね。
でも……蒸気機関を作るように私を導いていってくれたのは、温泉ダンジョンの意思だから……。
それにもっともっと、これからやってみたいことだっていっぱいあるんだから、怒らないで見守っていてほしいわ」
見たもの、聞いたことを学びすぎて、過剰な力にしていくアウフのことは、さすがにマスターも想定外でしかなかった。






