王会議開催
お読みくださりありがとうございます
「さて、俺らも帰ろうか。」
クロードがそう言うと、リリーは悲しい気持ちとなった。
このまま、先程のヴェルヘイムのように、国に強制送還されてしまうのだろうと、これまで苦労してここまで旅をしてきたと言うのに、彼の魔法で、あっという間に母国へと飛ばされてしまうなんて、まだまだやり残したことが沢山あると言うのにと落ち込んだ。
横をちらりと見てみると、この旅を共に続けてきた2人も同じ気持ちの様だ。
ふたりの表情が物語っている。
「ああ分かった。そうだな、いったん帰るのは止めにしよう。旅を続けたいよな、俺も一緒に旅をしたい。でも、解決しておかなければいけないことがいくつかあるから、今、ここで終わらせてしまおう。まずは、陛下に話を付けなきゃならない。みんな、協力してくれ。それとリリー!!何か問われたら、『はい、その通りです』とそれだけ答えるんだ。もし出来ないならば、それ以外は言えない魔法を掛けるからね。」
そうクロードがそう言うので、リリーは縦に首を振り、大きく頷いた。
クロードは自分に不利益になるようなことは一切しないと分かっている。
恐らく、これから王様と話す内容は、難しく、複雑なものに違いない。
自分が口を挟むと厄介なことになってしまうのだろうとリリーは受け入れた。
彼を信じている。
クロードの言葉に頷き、気を引き締めて、王様へ対応へと心の準備をした。
クロードが呪文を唱えると、頭上にいくつもの魔法陣を浮かびあがり、同時に、そこへ上半身から上の人物が何人も一斉に浮かび上がる。
段々と、画像がハッキリしてきて、上半身の人物が誰であるのかが確認できてきた。
「王族の方々、それから、バーナード公爵夫妻、お父様、お待たせいたしました。例の件でお話しがあります。おや、呼んでおりませんが、元老院の方々に宰相、騎士団長に大公様や…貴族の方々まで、何故かいらっしゃいますね。では皆さん、話し合いと行きましょうか。」
その言葉は無意味である。
話し合いというのは真っ赤な嘘、もうすでに、クロードが主要な決定権のある人物には根回しが出来ており、結末は決まっているのだ。
全てを終わらせてから、クロードはこの場に挑んでいたのだから。
長い間の恋心は、時として猛威を振るう化け物となったようのだ。
「オホン。リリー・バーナード、覚醒したのだな。」
陛下が、先陣を切る。
その言葉に、クロードが目線をリリーに向けて、コクリと頷く。
例の言葉を言えという事だ。
「はい、その通りです。」
リリーはちゃんと答える。
「うむ、では、クロード・コスタ侯爵令息、いいや、大魔導師クロード殿。そちとの約束を守るとしよう。バーナード、よいな!」
陛下が、クロードと何やら約束をしているらしく、そのことはリリーの父も知っているようで、リリーの父に確認をとっている。
一体何を約束しているのか…
「待て!まだ、リリーの気持ちを聞いていない。きちんとこの件について承諾したのかを確認してからだ!!」
リリーの父が立ち上がり、画面上、首から上が無い状態で叫んだ。
「うむ、そうだな。まずはそれを確認せねばならんな。では、聖女リリーに問う。此度、勇者の力が覚醒したと言う事で、君は我が国に留めたい貴重な人材、囲い込み対象となった。そこで、以前より、能力の覚醒後は王族との婚姻を推し進める事となっていたのだが、現状、第一王子は隣国の王女とすでに婚姻しており、第二夫人を置くにも国益間での摩擦が起きてしまう危うい状況であるので難しく、よって、第二王子との婚姻をと考えていたのだが、先日、第二王子の素行をまとめた報告書を受け取り、第二王子に処罰が下ったばかりだ。彼は再教育の為、東方の地へと留学が決まり、すでに送り出したところだ。君のことも、酷い言葉で傷つけたと聞いている。すまなかったな。それから、他の王子は君より歳が若すぎて釣り合わん。そう、現状で、王族に婚約者になりうる適合者がいないのだ。以前、コスタ侯爵令息から彼が第二王子を監視する役目を受ける代わりにと、ある提案を受けた。『王族の中で誰もリリーとの婚姻が不可能であるならば、自分がリリーと婚姻し、この地へ彼女を留めたい』とのことであった。『自分ならば、彼女を愛しているし、誰の手からも彼女を守ることが出来るから、相手は王族でなくても、この国の優秀な貴族であればよいのではないか』との申し出であった。どうだろうか、この婚姻、推し進めてもよいか?」
長い説明の後で、全ての言葉を理解したリリーは固まった。
先程のクロードとの約束を思い浮かべる。
“あの言葉”しか、答えてはならない。
彼はそう言ったのだ。
それを言わないのであれば、魔法を駆使すると、クロードに視線を向けると、彼は早くと口の前に手を動かし、発言するように促してくる。
まさか、この答えも想定済みだったってことなの!?
クロードは、私を好きだったって事?じゃないと、婚姻なんてしないよね??
だけど…本当なのかな??どうしよう…どうしよう!?どうしたらいい!?!?
彼は幼馴染で、カッコイイし、昔から嫌いではない。
トキメキが全く起きないというわけではない、だって顔がいいし、すごく優しくて、振舞いも素敵なのだ。
自分には勿体ないくらいの良い人。
それに、いなくなったら、とても寂しい…この1年間、彼は自分とは住む世界が違ったのだと思い知らされて、凄く悲しかった。
婚約しなければ、また避けられてしまうのかな?
また、知らない人のように振舞われるのは、絶対に嫌だな。
学校時代の彼を思い出すと、瞼が滲む感覚が走り、今にも泣きそうになる。
離れたくないな……
今すぐに決めないといけない…もう避けられるのは嫌だけど、クロードとの婚約??
そのあとは結婚よね…
私、あんなことやこんなことを、クロードと出来るの!?
カーっと全身が赤くなる。
私、何を想像しているのよ!!
皆の視線が百面相するリリーへと集中し、固唾をのんで、返答を待つ。
少しの沈黙が流れた後に、リリーは一つ息を吐き、意を決し、答えを出した。
「はい、その通りです。」
リリーは力強く、顔を真っ赤にしたままで、そう答えたのだ。
その返答に皆が微笑ましく、笑顔になる。
そして、すぐさま、リリーは大きな腕に抱きしめられ、後ろを向かされた。
腕の主を確認せぬ間に、リリーの視野いっぱいに、彼女の顔に重なる彼の顔が映し出された。
リリーはクロードに唇を奪われていたのだ。
目をパチクリさせて、固まるリリー。
「おい、コラ!やめっ!」
と、サラが間に入り、剥がしにかかる。
力がそれでも足りなくて、アドルフにも手伝いを頼み、2人で引き離しにかかる。
どうにか、キスは止めさせたが、クロードは腕をリリーの体に巻き付けて、決して離そうとしない。
脳では何が起きたのかを理解したのだが、初キスであったがために、気持ちの整理できず、リリーは未だに固まっているようだ。
ピクリとも動かず、言葉も発しない。
死んでいないか、息を確かめたアドルフは大丈夫とサインを出した。
魔法陣の向こう側でも、バーナード公爵がかなりの汚い罵り言葉が、クロードへと飛んでいるが、その音声は公爵夫人の遮断魔法によりピー音で書き換えられきちんと隠されている。
コスタ侯爵も、皆の前での息子の行動に額に手を当て恥じていた。
「ガハハハハッ、では話はまとまったようだな。即日で、2人の婚約を進めよう。」
と、陛下が大いに笑い、約束した。
その時、大きな音が響く。
魔法陣越しでも聞こえる程の大きさだ。
立ち上がった勢いで、椅子が激しく倒れガタンと大きな音を立てた様だ。
立ち上がった人物は、王妃だ。
この国には、王妃が2人いる。
第1夫人は、第2王子の母親である。
第1夫人は、この国の重鎮、所謂、古狸と言われる歴史ある大貴族の娘だ。
彼が娘を幼い頃から未来の王妃へと画策し、気の弱い前王からの命令で、現王は政略結婚をさせられた。
現王には想い人が居て、現在では第2夫人となっているのがそれである。
辺境伯の娘で、明るくて美しく、そして、とてもポジティブな女性であった。
つまりは、第2夫人が第1王子の母親で寵愛を受けており、第1王子以外にも3人の子が居るほどで、今でも仲睦まじいのだ。
第1夫人は第2王子のみという状況で、明らかに、これは第1夫人にとって辛い格差となっている。
「なりませぬ、なりませぬ!その娘とは、ギルバードが婚姻し、この国を継ぐと決まっているのです!!すぐに帰ってきます。すぐです!!!ギルはすぐに帰ってきますから、その考えを訂正してください!!そして、その者と婚姻させ、ギルが王太子となるのです!それが聖女の役目でしょう!夫の力を補うのでしょう。私は絶対にこの婚姻は認めませぬ!!ギルが、ギルがこの国を継ぐのです!!聖女と婚姻させて、国を継ぐのはギルです!!」
目の下に濃い黒の隈を作り、会議へと参加していた王妃が叫ぶ。
「はぁ、誰ですか?その御体調の優れない方を連れてきたのは…」
クロードが面倒くさそうに質問する。
「私です。有事だから幼子を覗く王族は集まるようにとのことでしたので、彼女も王族の一員ですから。」
第2夫人が申し訳なさそうにそういうと、
「はあ、そうでしたか、あなたのその優しさは、時に無自覚の暴りょ――」
と、クロードがぼやく。
「クロード!!」
第1王子がクロードの名を叫び、強めの口調でその先の言葉を制止する。
クロードは第1王子が反対派に回られたら困ると、即座に言葉を制止した。
第2夫人はそれを見て、第1王子とクロードを、男同士の喧嘩かしら?青春なのかしら?と交互に2人の顔をチラチラと見ては、ワクワク顔で何かを訴えてくる。
空気の読めない第2王妃に対して、第2王子が“何でもないです、気にしないでください”と苛立ち紛れで訂正し、話しは終えた。
「マリー様、陛下がお決めになったことです。この件は覆せません。それに、聖女と婚姻を結んだからといって、王位継承権の順位には変わりはないのですよ。私が証拠です。聖女と結婚したら王に成れるのであれば、我が夫は今頃、王様になっているはずですから。ね、だから、落ち着いてくださいまし。我が国は長子が王位継承権1位です。婚姻では何も変わりません。マリー様、落ち着いて、冷静に。ああそうです、今度、我が家へいらして下さい。ゆっくりと、沢山お話をいたしましょう。」
と、バーナード公爵夫人が第1王妃を宥め、これからの彼女の心のケアを申し出た。
陛下が決めたのだという言葉で、一瞬で目が覚めて冷静に戻った第1王妃は、大人しくなり、コクリと静かに頷き、バーナード公爵夫人の誘いを受け入れた。
第2王妃も公爵夫人の誘いに参加したそうにしているが、一向に声が掛からないので、不満だと顔に出ている。
陛下がそれに気づき、横で2人きりで話さなければならない家門間の重要な問題があるようだと、それとなく重要な案件みたいなことを言い、納得させた。
第1夫人とバーナード公爵夫人が2人きりの方が良いのは分かり切っているので、機転を利かせたようだ。
昔は、無邪気で可憐であった第2夫人を愛していた王も、年を重ねて、思う事もあるようだ。
こんなやりとりを見ていて、リリーはこの複雑な家庭環境の王族の仲間入りをしないで済んで良かったなと思ったのである。
その次の瞬間、
「じゃあ、話がまとまったようだし、書類に署名をお願いします!」
と、クロードは言い、まずは王様の所に婚約証明書を魔法で送りつける。
王にサインさせると、次に自分の父親の元へ送りサインをさせ、そしてリリーの両親の元へと用紙を転送する。
転送されたが、リリーの父親が中々サインをしたがらず、腕を組んだまま動かず黙っている。
すると、しびれを切らしたクロードが話し始めた。
「実はですね。冒険の最中に、リリーがリンドバーグの王太子ヴェルヘイム殿下に見初められまして、危うく拉致されかけました。強引に婚姻させられた挙句、監禁コースとなるところだったのを、私が救出したのです。まだ、諦めていないようでした。私ならば、何があっても彼女を守れます!お義父様、私とリリーの婚姻をどうかお許しください。」
「本当なのか?サラ殿、アドルフ殿!!」
バーナード公爵が2人に確認する。
「はい、間違いありません。つい先ほどの話です。」
「クロードがいなかったら、リリーはリンドバーグのヴェルヘイム殿下に囲われていたでしょう。」
2人は実直に答える。
「リンドバーグの、よりによってヴェルヘイム殿下が相手というのは誠か。奴には例の令嬢が居るではないか…まずいのでは…」
宰相が可哀相にと口走る。
「おい、ミツヒデ(バーナード公爵)、早くそこにサインをしろ。直ぐに婚姻とは言っていないぞ。このままでは娘をリンドバーグへ持って行かれる。それでいいのか!?」
陛下が公爵へそう言うと、
「わ、わかった。ひとまずは婚約だからな。まだ婚姻ではないぞ。婚約期間をきちんと設ける。その間に、私は君を見極めるし、君もリリーときちんと話し合ってくれ。今の様子では、リリーには何も伝えていなかったようだからね。」
バーナード公爵がリリーを見つめながらクロードへと考えを伝える。
父親だけに、リリーの不自然さを汲み取り、婚姻話が伝わっていなかったことを見破っていたようだ。
「ちゃんと2人で話し合うのよ。」
と、公爵夫人も笑顔で応援する。
「お許しと助言を頂き、ありがとうございました。お義父様に認めていただけるように、最大限努力し、リリーへ思いをぶつけ、求婚の承諾をいただけるよう最善を尽くします。」
と、クロードは頭を下げた。
「はい、その通りです。お父さん、お母さん…ありがとう。」
と、にこやかにリリーはあのセリフをちゃんと述べて、両親へ感謝した。
その直後に、
「それじゃあ、もう終わりでいいですよね。では失礼しま~す♪」
と、通信魔法はクロードによって寸断された。
もちろん、バーナード公爵がゆっくりゆっくりとサインを施した婚約証明書は、書き終えると同時に素早く回収している。
通信の遮断と同時に、クロードがそれを持って皆の目の前から突然消えた。
しばらくして、クロードが転移魔法でその場に戻ってきた。
帰還後の表情が、これまでに見たことのない大満足で歪み切った笑顔であった。
サラが、天変地異が起こると口走るほど、珍しいものであった。
次でお終いです
誤字報告ありがとうございます☆☆☆