リンドバーグ王国では、
続きを読んでくださいましてありがとうございます
「何故、承諾も無く連れてきたのです!?」
リリーらしくない物言いだ。
かなり怒っている。
「君達にお礼をしたいという思いから、ついね……いいや、正直に言うと、リリー、君を手放したくないからだ。」
と正面から告げられて、リリーは戸惑った。
そして、ヴェルヘイムがリリーを力いっぱい抱き寄せたのだ。
「君を私の妻にと、私がそれを望んでいるということだ。」
耳元で、そう厚く抱きしめられながら、耳元で告げられたのだ。
真っ赤に顔色を染めたリリーは、全てが未経験の事で、戸惑い、どうしたらよいか分からず、やられるがままとなっていた。
そこに、ありえないことが起きる。
室内の床が光り、紋様が浮かび上がると、部屋が赤く染まったのだ。
何事かと考える間もなく。
リリーは身体がふわりと浮くのを感じ、反射的に目を閉じた。
次の瞬間、ヴェルヘイムの腕の中に居たはずのリリーは、別の腕の中に抱え込まれていた。
目を開けて、自分がお姫様抱っこをされていることに気が付き、慌てて頭上を確認する。
自分を抱えている人物が幼馴染で会ったことに心底ホッとしつつも、何故、彼が今ここに居るのかと、疑問が押し寄せる。
「ク、クロード??貴方が何故ここに?」
と、リリーの不安げな声が思わず口からとび出ていた。
「ごめん、本当にごめんね、リリー…王命だったから逆らえなくて、一緒に居られなくて。でも、辞めてきたから。俺はもう、リリーに嘘はつかないし、ずっと傍にいる。許してくれ。」
そう言いながら、クロードは自身の腕の中に居るリリーへと顔を埋め、至福を得る。
「クロード、ちょっとあんた、リリーから離れなさい!」
割って入ったのは、サラであった。
仕方なく、クロードはリリーをおろした。
「どういう事か、ちゃんと説明して!」
サラはリリーを庇うように立ち、説明を求める。
「分かった。何があったのかを包み隠さず話す。」
クロードはこれまでの事を話し出す。
このクロード・コスタという勇者一行を親に持つ幼馴染の男は、色々と裏があったらしい。
本来は、彼は第一王子、王太子の側近なのだという。
だが、年が同じだからという理由から、学校での第二王子の側近候補のふりをして、第二王子の監視と抑制の任を王から言い渡されたらしく、それを粛々と遂行していたのだと言う。
「第二王子は王の前での振舞いや高位貴族への対応はレッスンの甲斐があってかパーフェクトなのだが、プライベートになった途端の様々な差別思想、特に平民に対する考えが非常に残念な人なのだ。所謂、階級差別主義思考に染まってしまっていてね。幼少期についていた王妃様ご推薦の家庭教師がどうやら良くなかったらしいのだ。王妃の周りもあれだし、気が付いた時にはああなってしまっていた。何度も思想を正そうと試みたのだが、幼少期の刷り込みはなかなか治らず、難航しているそうだ。だから、成績や実績を重視し、階級や身分を学校へ持ち込むことを許さない平等を掲げる学校へと入学された。次男だから騎士学校への進路もあったらしいけれどね。その為、あの学校の身分差別の事もより力を入れて取り組んでいたらしいが、まだまだだよね。そして第二王も入学したのだが、平民への扱いがきちんとできるのかと、国王が非常に不安がり、私が監視の任を請け負わされた。本当は、リリーや君達と、楽しい学生ライフを送る予定だったのに……王命だからこれを断ったら、我が家が没らくしてしまうと、父から泣きついてきて、説得されて逆らえなくて仕方なく。今まで、もの凄く我慢を強いられてアイツの取り巻きを演じていた。アイツ…表裏が相当だったから。でもそれも…アイツと居ることに限界にきてしまったのさ。」
これまでの誤解を解きたいと、クロードは必死で説明した。
「つまりは、今までのクロードは演技していたって事?」
リリーが聞くと、
「ああ、全部、第二王子に味方だと思わされるための演技だ。彼は自分の思うままにならない人物は傍に置けないというクソな性格だから、側近候補で居る為にはああするしかなくて。本当は、心の底からアイツの態度に腹が立っていたが、王の命令から彼の意見を否定することは出来なかった。不快な言葉を止められず、辛い思いを沢山させてしまって、皆、本当にすまない。全て映像は保存して、陛下と学長へは報告済みだから、他の下賤な者達もついでにまとめて映像に残し渡しておいた。きちんとあいつらには休み明けには処分が下るだろう。」
「これだけ謝っているし、許す?リリー、どうする?」
サラが本当は仲の良かった幼馴染の激白に、同情し、許す傾向へとなっている。
「そうね…王命では仕方がないわよね。王命って、本当に最悪だわ。」
同じく、仲の良かった幼馴染であるので、簡単に切り離せないし、王命に嫌な感情を持つリリーも、クロードの謝罪を受け入れるを選択したようだ。
「実はね、僕は少し前にこのことをクロードから聞いていて、苦しんでいる彼から今の任務を外れたいと心情を打ち明けられて、相談を受けていたのさ。この王命には驚いたよ。だから、本当はこの旅もクロードが一緒に行きたかったというの聞いて、落ち込んでいるクロードに、何かしてあげたいと、僕達が冒険にでてからの出来事を全て彼に伝えて、一緒に冒険しているかのような気持ちを共有できたらと報告していた。クロードを、仲間外れになんてしたくなくて。だってほら、その腕輪も、クロードお手製の魔物除けだよ。僕らが怪我しないようにと、自分達よりも強い魔物は近寄ってこない付与魔法付きの代物。決して安物じゃない。僕らが危険な目に遭わないように心配してクロードが用意してくれたものなのさ。」
自分達には心底優しく、表情豊かに接しくれていた以前の幼馴染の姿が走馬灯のように流れ、腕輪を見て、才能豊かな彼を誇らしげに思い、アドルフは嬉しそうにクロードのことを語る。
その和やかな雰囲気をぶった切る声がする。
「あのさ、話の途中で悪いのだが、私の存在を忘れていないか?」
額に青筋を浮かべて、ヴェルヘイムが会話に割って入る。
好きな女を目の前で強奪されて、ずっと無視されていたので、相当怒っていた。
「「「あっ…」」」
クロード以外の3人の反応に、自分は忘れられていたと確信し、ヴェルヘイムは怒りを通り越して、落胆の溜息が零れる。
「はあ。それで、そこの奴が来たからと、何も状況は変わらない。先程言ったとおり、リリーは私の妻に迎える。この国に残り、一緒に暮らすことになる。君達はどうする?ここに残りたいのならば、君達に似合う職を手配しよう。サンダーバードの羽の褒賞として、良いポストを用意する。うん、そうすれば、リリーもこの国で一人にならず、寂しくないだろう。」
勝手に決めたようで、うんうんと大きく頷き、満足感に浸り、ヴェルヘイムは話をつらつらと続けている。
「は?何をいっている?リリーを妻にするだって!?勝手に決めるな。絶対にダメだ!」
クロードが珍しく、表情が怒りで歪み、口調が荒れている。
相当怒っているようだ。
「私も、一方的に決められるのはちょっと。そういうのはお互いの気持ちの問題もあることでしょう。それにこんなに急に結婚を決めるとか、両親に相談もしていないのに困るわ。」
リリーも困惑している。
「まあそうだよね、君にはまだ僕に対する感情はひとつもないから、受け入れてはくれないよね。だから逃げられぬように我が国に連れてきた。この国にいる限り、君は僕の言葉を受け入れるしかない。ここは、リンドバーグ、私の国だから。リリー愛している。結婚しよう。」
ヴェルヘイムが膝をついて手を差し出して、真剣にプロポーズしてくる。
頭のてっぺんから血の気が引いていく。
リリーは思考が停止し、何も答えられなくなった。
「あのさ、さっきから話を聞いているけれど、リリーの事を愛しているだの、妻にするだの言っているけどさ、それ全部、本当に不快。あなたの一方的な感情を、リリーに押し付けようとするな。それに、リンドバーグの王太子ヴェルヘイム殿下…あなた、この国の貴族令嬢と幼い頃にすでに婚約していますよね?それ、いったいどうするつもりなのですか?まさか、リリーは愛人ですとか言わないよね??いや、そんな扱いしか出来ない奴に、リリーを奪われたくはない!」
クロードが不快感を大いに表しながら嫌味を込めて語り、いつになくきつい口調だ。
「何故、それを……た、確かに、私には幼い頃に決められた婚約者がいるが…こ、婚約の解消は、時間が掛かるかもしれないが、するつもりだ…うん、説得する。説得する!だから、けっして、リリーを愛人になんて……しなぃ。」
段々と声が小さくなっていき、最後の方はもはや聞こえない。
「無理でしょ、その婚約者、この国で一番の資産家貴族でしょ。大きな港も所有し、他国との貿易関係はその貴族が牛耳っちゃっている。だから、王太子との婚約が幼い頃に推し進められても誰ひとり文句も言えなくて、逆らえなかった。その婚約者も、あなたに大層ご執心って話も我が国にも伝わってきている。あなたと舞踏会で笑顔で話したり、ダンスを踊ったりしただけの令嬢が…陰でボコられたとか、裏での耳障りな陰湿な行いの数々、報告は耳にしているよ。君への接触の際は気を付けるようにと、年頃の娘を持つ君主たちの間ではそう注意書きが広まっていたくらいだ。まあ、そんなんだから、ご令嬢との婚約の解消は無理だろうね。うん、無理だよ!サン王国で王女様の嫁ぎ先候補として、この国の王族も名が挙がったから詳しく調べたことがあったからね。よく知ってるよ。この状況で、まさか何も考え無しで、非人道的に婚約者にしたいがために王子が女性を拉致するなんて思わなかったよ。調査以上に酷い王子だったようだね。」
嫌味全開で、クロードが話をスラスラと続ける。
クロードの話しが進むにつれて、ヴェルヘイムの顔色が青ざめていった。
「私だって、あの人との婚約を逃れたい…リリーにも何の心配することなく、私の元へと嫁いできてほしいのに…」
と、小さく呟き、膝をついた。
「ごめんなさい、殿下。私は無理です。もう虐められるのはこりごりなの。私は心の安寧を手に入れたいわ。」
リリーは膝をついたヴェルヘイムのもとへ行き、しゃがむと彼の手を取って、そう答えた。
「さあ、立って。私達をサン王国に返して頂戴。」
ニコッと笑顔を向け、王子を立たせると、一歩下がり離れようとする。
手を離そうとした瞬間に、ヴェルヘイムはリリーの腕を掴み、腕の中に引き寄せバックハグした。
「嫌だ!!嫌だ!リリーは、僕の初恋。私の傍に居てくれ、居てよ!王太子の命令が聞けないのか!?聞けないのならば、監禁するぞ。私の心を助けてくれよ…」
泣き声のような声で、必死の信楽が伝わる王太子の反撃だ。
もはや、人質のような体制になってしまい、ガッチリ掴まれて逃げられなくなったリリーは自分の行動の浅はかさに、落ち込んだ。
まさか、ヴェルヘイムが強引な手段に出るとは思わなかったのだ。
彼は、こんなに感情的ではなかったはずなのに…この短期間で、自分をこんなにも好いてくれたのかと、同情心が芽生える。
だが、すぐに我に返る。
目の前にいる3人が、私がヴェルヘイムに捕まえられていることで、手出しが出来ずにヤキモキしていることが伝わってきたからだ。
「いいか、この国にいる以上は私にしたがってもらう。リンドバーグ王族の権威(王族が使用することの出来る大魔法)を発動する!リリー、君を拘束する。監禁になるけれど、悪い用にはしないから安心してほしい。それと君達、今すぐにリリー以外は帰国しろ。私の命令は絶対だ!リリーを奪う者は何人たりとも許さない。」
強硬手段にでるようだ。
じりじりとサラとアドルフは間合いを詰めていくが、ヴェルヘイムに警戒されて、一定の距離からは近づけない。
「フ、フハハハハハ!」
声を出して、クロードが笑った。
皆の視線が集まる。
「何がおかしい!?」
ヴェルヘイムが感情剥き出しで不安を滲ませ、聞く。
「殿下、実は黙っていたことがあります。」
そう言うと、クロードが指をパチンと弾いた。
音が鳴ったと同時に、リリー、サラにアドルフ、そしてクロードは、王子から離れた部屋の端へと移動していた。
「「「えっ?」」」
クロード以外が驚きの声を出すしかない。
「お前…ん??何故だ!?なぜ王族の権威が発動ない!!!リンドバーグ国内で王族の権威を発動すれば、魔法律の束縛により王族の命令には絶対に逆らえないはず…お前、いったい何をした!?」
そうとう動揺している。
「実はここ、私の作り出した亜空間です。あなたがリリーを連れ去ろうとしていたのを察知したので、ササっとあなたの魔法に干渉し、細工してこちらへと転移してもらいました。そう、ここは、あなたの国、リンドバーグではないのです。勘違いしていたようですが、それはあなたに掛けた幻覚魔法がよく聞いているからなのです。という事で、ここは、私の作り出した亜空間なので、王族の権威というのも使えませんし、私の一存でこの空間からあなたをいつでも追い出すことが可能ということなのですよ。」
綺麗な作り笑いを浮かべて、ヴェルヘイムへとクロードは言い放つ。
それを聞いたヴェルヘイムは、受け入れられないようで、少しばかり停止した。
そして、ポツリと言葉を発する。
「では、ここはリンドバーグではないというのか……嘘だ、嘘だ、嘘だ…では、私の従者は?ロータルはどうしたのだ!奴は先程、ここから、このドアを使って出て行ったではないか。ドアの開いた先も見覚えがある風景だった。アイツはどうした?」
少し、声のトーンが弱まり、恐る恐るヴェルヘイムは質問する。
「ああ、あの者は、空間を繋ぎ、リンドバーグへちゃちゃっと送り出してやりましたよ。だから、普通に王宮へ戻ったと勘違いし、今頃、採取した保存魔法を施した羽を王宮薬師に渡して特効薬を早速、作成依頼したりとか、上官への王子様のご活躍の報告をしたりとかして、大忙しで動きまわっているのではないでしょうかね?」
THE他人事と言ったように、淡々と説明する。
「…」
ヴェルヘイムは、もはや何も発しない。
自身もこれから、その一途をたどることになるのが目に見えているからだ。
「私だけを、送るのだな。」
小さな声で、質問する。
「ええ、あなただけが邪魔者なので、とっとと帰ってもらいます。」
クロードがすぐさま返答する。
「リリー、私は諦めない。正式な手順を踏んで、君を私の妻に迎える。だから、待っ……」
言い切らないうちに、ヴェルヘイムは、リンドバーグへと転送された。
明日もよろしくお願いします