そして冒険者になる
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リリーは沸々と沸き上がる怒りと闘っていた。
ずっと蓋を被せきた想いが、もうあふれ出す限界だったのだ。
「リリー、待って。どこまで行くつもり??」
そう声を掛けられ、肩を掴まれるまで、無心で歩き、別棟の端まで来ていたことに気がつかなかった。
意識が怒りに満ちていた。
それほど、心が我慢の限界へと達したようだ。
それに気が付いたリリーは、ふと思い立つ。
“そうだ、退学しよう!”
昔、兄が同じように退学を決断し、冒険者となり近隣諸国へ渡り、公国の聖騎士となるまでの話を思い浮かべて、その考えへと至ったのだ。
この学院に通う事は王命ではあったが何かの条件付きで、兄は退学を許可されたのだ。
自分もそうしてもらおう。
その考えを一度持つと、リリーの心はスッキリと晴れ渡り、希望に満ち溢れたものへと変わった。
そして、後ろに居た2人の方へと振り返り、満面の笑顔でこう言った。
「私、退学する!冒険者になる!」
***
それからのリリーの行動は早かった。
すぐさま帰宅して、父親のいる書斎へと乗り込むと、猛烈な勢いで直訴したのであった。
「私も兄のように冒険者になるから、学校を辞めさせて!」
と、屋敷中に響き渡るほどの力強さで言い放った。
父は唸った。
そして、一晩この件は預からせてくれと告げると、母を呼び出して2人で部屋へと籠り、夫婦会議を始めてしまったのである。
翌日、朝食の席で夫婦会議の結論は述べられた。
「リリー、退学は一先ず保留にしましょう。ですが、こうしてみてはどうかしら…」
「もうすぐ長期休暇となるから、その間は冒険者をしてみなさい。広い世界を見て見るといい。見聞を広めてよく考えてみなさい。」
「それでも冒険者を選ぶというならば、王様に掛け合い、退学の許可をもらうわ。私が兄をどんな手を使ってでも説得するわ。どうかしら?」
両親から交互に顔を見てはそう提案されたのだ。
というよりも、それにしてほしいという懇願である。
兎に角、今いる学校の居場所から飛び出して、自由になりたい、広い世界を見てみたいと考えていたリリーは、その提案をまるっと飲んだのである。
その日、サラとアドルフに結果を打ち明けると、彼らも同行すると言いだした。
そしてその翌日には、両親から同意を得てきたと言い、決め顔の2人から、そう報告を受けた。
リリーは嬉しすぎて、誰が見ていようとも気にすることなく、その場で大きくジャンプをして喜んだ。
そして、それから長期休暇までの学校生活、毎日がとても楽しかった。
これまでにはなかった、ストレスさえ吹き飛ばすほどのお楽しみがあったので、あれこれと考えるだけで幸せな毎日だ。
3人は、休暇中に何処へ行くか何をするかを、ところ構わず話し合ったのだ。
近くにあの嫌な高貴集団が居る事にも気付かぬほど、話は大盛り上がりして夢中で計画を立てていた。
第二王子の嫌味もいっさい耳には届かず、王子はリリーに完全にシカトされ、嫌がらせが不発に終わり、機嫌を悪くして去っていったそうだが、それにも気づくことはない。
その楽しそうな3人の様子を、取り巻きの1人がじっと無表情で見つめていた。
彼が楽しそうな3人を観察し、会話を魔法で密かに盗み聞きしている事にも、リリーが気付くことはなかった。
***
そして遂に、長期休暇へと突入した。
まず初めに、王都の冒険者ギルドで登録を行った。
冒険者に必要な服や道具はすでに買い揃えてある。
休暇前にコツコツと買い集めたのだ。
アドルフはもしもの時に発動するという強力な防御魔法が付与されたリングを家族から餞別にと貰ったらしく、リリーたちにも渡してくれた。
とても心強い品物だが、かなり値が張るだろうと思ったので、断ろうと考えたが、今度店で格安で売り出す廃材のかき集めで作った安物だから遠慮しないで受け取ってというので、有難く受け取った。
事前に皆でウキウキしながら買いに行った服や防具に用具を身に着けて訪れたギルドで受付の人に説明を聞いて登録する。
早速、初心者向けの依頼を選び、請け負うことにした。
ついに、冒険者デビューである。
王都のギルドなので、近場での依頼である。
その日から簡単な依頼を一日に数軒こなしつつ、お金を少しずつ貯めていった。
勇者に選ばれる前に冒険者をしていたリリーの父親や勇者一行として世界を旅した彼らの親たちにアドバイスを沢山もらい、薬草集めや小さな魔獣の駆除などから始め、慣れたら上の階級の依頼を受けて、どんどん経験を積んでいったのだ。
流石は勇者一行の子供たち、サラとアドルフはその血を受け継いでいるので、そこいらの初心者冒険者より、いや中級冒険者よりも優秀だ。
ただし、リリーだけは、やはり能力が中であるので、足を引っ張らないようにと必死に食らいつき、実践で人一倍頑張ろうとするよりなかったが、皆、経験値は同じなので、レベルの違いはあまり埋まることが無かった。
それは、少しだけリリーを悩ませたが、2人の励ましや態度に、気にする事を辞めようと思わされ、いつしか考えなくなっていった。
本当にお互いを想い合える素敵な幼馴染チームである。
3人は旅費がそこそこ貯まると、すぐさま王都を出て、次のギルドのある街へと寄り合い馬車を使い、移動した。
寄り合い馬車に乗車するという事さえ、王都育ちでわりと裕福な家庭で育っている三人には新鮮で、楽しかった。
馬車内で同乗者と話して情報収集をし、色々な旅人と会話を弾ませる。
宿では事前の話し合いでは出てこなかった細かな事を寝る前に話しあったりもして、時間が駆け足で流れているのではと感じるくらいに楽しい日々が過ぎていった。
貴族社会に嫌気がさしていて、もともと両親も冒険者や平民寄りの生活方式を好んでいたこともあり、その子どもの彼らもまた、こちらの方が合っていると感じていたので、今の方がのびのびと過ごせている。
馬車での移動を幾度も繰り返し、故郷のサン王国から早々に出国し、どんどん遠くへと離れていった。
離れて行くにつれて、別世界の新鮮な感覚を肌で感じ、気持ちはいっそう高揚していく。
経験を積み重ね、彼らは心身ともに逞しくなっていった。
***
=兄のいる国でのお話=
旅の道中、冒険者の小先輩であるリリーの兄グレアムが暮らしているルセ公国に立ち寄った。
グレアムはこの国の中心都市の大聖堂付宮殿で聖騎士をしている。
更につけ加えると、大聖女ミレナ様の専属護衛騎士であり夫でもある。
数年前、公国の北に位置する山脈に禍々しい魔力が放出された。
それも、とてつもなく大きい公国中心にある城にまで気配が感じられるほどであったので、国を挙げての分析が行われたのである。
結果、山脈の中の一つの山、氷山に住むブルードラゴンが何らかの理由から闇へと落ち、暗黒龍と変貌を遂げていたのだと報告を受けた。
暗黒龍は危険だ。
このままだと、国を滅ぼしに降りてくる可能性がある、それを避けるために、暗黒龍を浄化させようと、聖女様の率いる騎士団が送り込まれたのだ。
その際に、力が膨大である2人が聖力を合わせ前衛後衛として戦うということが頻繁に憩った。
その関係性から、いつの間にか恋仲となり、夫婦になったという。
話しをかなり端折って話している。
話すとま~あ長いので、仕方がない。
なぜなら、出会った当初の彼らは犬猿の仲であったから…
この2人の話は、国に語り継がれている長編本にもなってしまった極上のラブロマンスの主人公なので、今は割愛する。
「兄さん!元気でしたか?」
「リリー!一年ぶりだな。俺は元気だ。お前も元気そうだな。」
久しぶりの兄妹の再開だ。
ルセ公国、中央大聖堂の一室に、三人は通された。
出迎えてくれたのは、5年前までリリーと同じ学校へ入学し、通い始めてからゾンビのような目つきへと変わっていき、毎日をつまらなそうに過ごしていた兄、グレアムであった。
今ではイキイキとしており、体も逞しく一回り大きくなり健康そのものである。
一年前の結婚式の際にも会っているが、彼らが主役の為、殆ど話せる時間が無かった。
その前にチラッと両親から2人の馴れ初めや兄の退学後の話を聞いたのだが、兄は冒険者をしている時に仲間のパーティーが全滅しかけ、その際に火事場のバカ力で九死に一生を得たらしい。
そして、その時に発現した聖力が巨大であったので、制御の教えを乞う為に聖教の総本山のあるこのルセ公国を訪れて、聖騎士団に入隊したそうだ。
兄妹仲は良い。
だが、兄の結婚式の間は長く公国へ滞在し沢山話をする予定だったのだが、母国の国王からの緊急な魔物討伐要請により両親がとんぼ返りをせざるを得なくなり、リリーもそれに従うしかなかったので、一年前は挨拶程度しか兄とは会話ができなかった。
なので、こうやってまた会えた事が心底嬉しい。
「本当に、元気していたか?あの学校に通い始めたと聞いていたから、すごく、ものすごく心配していた。1年半もよく耐えたな。俺なんて、ひと月持たなかったぞ!あそこは糞見たいな連中の溜まり場だからな!!」
兄が入学した頃は、学校内での階級平等意識が遥かに浸透していない状態であった。
平民は入学も許可されていない頃だ。
平民出身の癖に王女を褒賞で嫁に望んだ傲慢な勇者の息子だと面と向かって言われることもあったし、陰口や謂れのない噂も相当叩かれ、かなり苦労をしたらしい。
兄が退学してから、学校は国王直々に階級意識や規則などが整備され、大きく方針が変わったのだそうだ。
「稀に見る醜態が服を着ているような公爵家の愚息がいてな~それはもう顔を合わせる度にぶん殴りたかったんだ…まあ、退学前に決闘申し込んで、ぼっこぼっこにしてやったがな。」
と、これまで公爵家では話していなかった出来事を、ぶちまけてくれた。
3人は気持ち凄く分かる~と口を揃えて頷くばかりであった。
「まあまあ、皆さま、立ち話ではなく一先ず腰を落ち着かせましょう。」
そう、耳に通る心地よい声色で話し掛けられ、素直に聞き入れてしまうその言葉の主へと視線を送ると、小柄で腰まである金髪サラサラストレートヘアーをなびかせる可愛らしいお嬢さんがそこに居た。
お嬢さんといっているのは、この人の年齢が何歳なのか見当が付けられなかったからだ。
強い聖神力を持っている人は、本来の年齢よりもかなり姿は幼く見えるとのこと。
リリーの母もそうだ。
彼女は、自分達よりも若そうに見えるのだ。
だが、紹介はまだだが、おそらく、彼女は有名な大聖女様。
確か、年齢は自分達よりも10以上は年上のはずだ。
「お待ちしていましたわ。グレアムの大切な妹さんのリリーちゃん。それと、そのお友達の方々ですね。私はルセ公国の聖女ミレナ・ニコリッチですわ。」
ニコニコとこれからよろしくねと挨拶をする。
ただの挨拶なのに、言葉が心に沁み込んできて、何故だか泣きそうになる。
後ろの2人も目を潤ませていた。
「あ、お前ら相当、心が傷ついていたな。まっ、あそこに長く居たらそうなるか。ミレナの声は癒しのパワーが宿っているから、無意識に傷ついた心に染みわたるらしいんだわ。特に、心に重度の傷がある者には相当効いちゃうんだな~昔の俺もそうだったから、最初はミレナの声が凄く苦手だったんだわ。それを隠すのに良くない態度を取っちまうほどにな。」
と、苦笑いして兄が話す。
3人はそうなの!?と、ミレナの方を見る。
ミレナも、泣かせてしまって申し訳ないと、困ったように小さく首を傾ける。
それから、皆で椅子に座り、沢山話をした。
話しが途切れず、時間が流れていたのも忘れていた。
神官が聖女様を呼びにきて、時間が経ちすぎていたことに気づいたくらい話が弾んだ。
ミレナが部屋を出る際に、
「皆さん、数日はこの国に滞在しますよね?グレアム、ほら直ぐに家に連絡を。」
と言い掛けて、
「分かっている。もう済ませてあるから。早くお勤めに向かってくださいな。大聖女ミレナ様。」
と、グレアムが聖女の仕事を優先するよう、先を急がせた。
扉が閉まるなり、グレアムが切り出す。
「リリー、この国に少し滞在していくといい。心が休まるぞ。お前達は肉体的に精神的にも休憩が必要な時だ。その間は我が家で面倒を見るから、少しでいい、ゆっくりしていきなさい。それと沢山言葉を交わそう。」
と、誘ってくれた。
お言葉に甘えて、彼らの屋敷に滞在させてもらう事となった。
これまで、慣れていない冒険者生活であったので、三人は話し合い、一先ず、地に足を付けてのきちんとした休暇を数日間取ることにしたのである。
数日の休暇のはずだったのだが、10日程滞在することになった。
まずは、リリーの聖力の扱い方が良くないと、大聖女から指摘を受けたのだ。
感覚的天才肌のリリーの母親から聖力の扱い方を教わってきたのだが、教え方が下手過ぎて全く伝わっておらず、ほとんど基礎すらも身についていない状態であったらしい。
翌日から、次世代の聖女を育てているから、その中に混じれと言われ、6~13歳くらいの子供たちと共に義理姉に教わることとなった。
それからの日々は涙が枯れる程のスパルタだった。
数日での取得を目指したため、地獄のブートキャンプである。
10日後、何故か、サラとアドルフもぐったりした状態でソファに横たわっているのを目にした。
話しを聞くと、サラとアドルフは、グレアムに稽古をつけてもらっていたらしい。
グレアムは、魔法も剣も超人レベルなのだとか、思った以上に兄は優秀だったようだ。
国を出るまでの兄しか知らないリリーからしたら、超人レベルと聞かされてもピンとこずな話である。
だが、大聖女の夫になる男、今はそうなのであろう。
国を出て、冒険者になってから相当苦労し、努力したのだなと、心の中でそっと兄を労った。
この頃のリリーは、大聖女様から聖魔法の扱い方を丁寧に教えてもらうことで、聖魔法が劇的にレベルアップし、中の上くらいのレベルへと到達していた。
「これならば、戦闘で深い傷を負った者も治せるはず。」
とのお墨付きも貰えた。
その後の、
「欠損を治せるほどのレベルには達していないけれど、あなたならば……よく頑張ったわね。」
と、いい掛けて止めた言葉が若干気になったが、大聖女に褒められたことが嬉しくて、直ぐに忘れて喜びを爆発させた。
公国を去る直前に、一通の手紙を兄から手渡された。
「もしもの話、リリーがあの国の権力で困った事になった際には、この手紙を読みなさい。そうならないのが一番なのだけれどね。」
と言葉が添えられた。
素直に言葉を受け入れ、手紙を貰うと直ぐに背負っているリュックへとしまう。
兄とそのお嫁様に別れを惜しみ、新米冒険者一行はルセ公国を後にしたのであった。
明日も投稿します
よろしくお願いします