勇者の家族
勇者の子供世代のお話しです ジャンルは恋愛です
よろしくお願いします
その娘の名は、リリー・バーナード。
彼女はバーナード公爵令嬢だか、中身はごくごく普通の少女だ。
父は黒髪黒目の元勇者、リリーは父似らしい。
それはブルーの瞳、銀髪で凛とした美貌の大聖女である母には似ていないからだ。
美しい母に似ている兄に幼少期は多少嫉妬していたが兄妹仲が悪いわけではない。
一般的な仲良し家族であることは間違いない。
リリーの見た目は、父方の譲りの艶やかな黒髪で、背は低く、鼻や口は小さいが大きなクリっとした青い目が印象的である。
父には、お前は見た目も中身も祖母似だと言われる。
確か、陽気でポジティブな性格で、自宅兼仕事場である調合室を、よく吹っ飛ばしていた辺境の魔女だったと認識している。
その人に似ていると言われたら、嬉しくないわけはない。
彼女は、バーナード公爵家の娘という肩書よりも、勇者の娘リリーと社交界で紹介されることの方が多い。
その度に勇者と容姿を比較され、親子だから似ていると確認される。
そして、小ばかにしたように鼻で笑われるか、おべっかを言われるかのどちらかはセットとなる。
その所為か、今は他人から受ける容姿の評価などを全く気にしなくなっていた。
貴族社会でのバーナード公爵家の認識は “勇者の家族” である。
バーナード公爵家は世に言う一代のみに爵位を与えられた名ばかりの公爵家だ。
魔王を討伐した勇者であった父は、パーティの一員であった聖女の母に恋をした。
母の身分が王女であったので、結婚する為に褒賞として国から爵位と小さな領地が与えられたのだ。
父はこれをしぶしぶ受け入れた。
本当は爵位や領地など欲しくはなかったが、王女を妻とするには、これは王家からの精一杯の妥協であったとのことで仕方なかったのだそうだ。
そして、現在に至る。
リリーは虐められていた。
リリーの通うベッドスタイ学院には、主にこの国の中枢を将来担うであろう優秀な者や有力貴族の子息子女が通うエリート校で、高額な寄付金を払うか、成績優秀でなくては入ることが出来ない、一般には入学困難な学校だ。
もちろん平民も通っているのだが、平民は皆、とてつもなく優秀な生徒たちばかりであった。
そんな学校に、親が勇者であると言う理由だけで入学が許されたリリーは、多くの自尊心の高いお貴族様に疎まれていたのだ。
彼女は勇者の娘であるが、魔法能力は中、聖女の力である聖力に至っては下のレベルだ。
かすり傷を瞬時に治せる程度の中途半端な聖神力であったから、学校では常に落ちこぼれ組のドベ争いに定着している。
貴族の御子からは、完全な親の七光りと聞こえよがしに陰口を叩かれるほど、リリーは面白くない存在と認定されていた。
勇者であった父は、元々は平民の冒険者であった。
今は公爵位を与えられ、身分が自分達よりも高い状況であり、元王女を嫁にしたという平民出の勇者に対する親たち世代からの妬みも子供達へと引き継がれ、憎悪が上乗せされている。
複雑でとても厄介な環境だ。
つまりは学校生活を過ごす中でストレスの捌け口となってしまう対象へと選ばれやすかったのだ。
陰口を叩かれる事は日常的にあり、時には嫌がらせで物を隠されたり、壊されたり、わざとぶつかったり、押されたり、転ばされる。
小さく、ねちっこい嫌がらせが日常的に続いている。
入学してからこれまでに散々されてきた事なので、幼少期から感じている貴族からの悪意にはもう慣れてしまったとはいえ、リリーのストレスは溜まる一方、この学校を卒業するという事が勇者一行の子らへと課せられている王命であるから、学校へ行きたくないと駄々をこねても休めないもどかしさと、ストレスと葛藤する日々が今でも続いているのである。
そんな環境の中でも、リリーには大切な友人たちがいた。
親が勇者一行であった者たちだ。
この者らもリリーと同じように、この学校を卒業しろとの王命を受けている運命共同体である。
勇者一行の子供達は、嫌でもこの学校に通わなくてはならないのだから、たまったもんじゃない。
リリーの学院内での友人は、現在2人。
父親が大剣使い、母親が武闘家であったサラ・ゴーサンスと、父親が僧侶であったアドルフ・モローである。
アドルフの母親はモロー大商会の一人娘で彼女自身も優れた経営手腕の持ち主だ。
僧侶であった父親とは学院時代からお付き合いをしていた。
僧侶は彼女にベタ惚れだった。
彼女の実家の為に魔王を討伐した褒賞として婿入り先への爵位を願い、プロポーズしたほどであった。
ちなみに、大剣使いと武闘家は、褒賞としての爵位は拒否し、身分は平民のままを望んだ。
彼らは平民たちに自身の技術を教える生活をしたいという願いから、爵位は弊害となると考えての事であった。
だが、その一方で、勇者一行であった彼らの高度な技術と能力はけた違いで、彼らは教え方も巧く、出世がしたいと望む貴族たちには密かな大人気で、レッスン希望者の堪えない優秀な個人家庭講師として受け入れられていた。
なにせ、魔王を倒せるほどの実力、折り紙つきなのだから、貴族も易々とあざ笑う事は出来ないし、多くの貴族のレッスンをしているので、何かした者ならば裏での仕返しが怖い。
という訳で、平民であるサラや爵位を金の為に貰ったと揶揄われるアドルフは、偏った能力はバカ高いのだが、上記の理由からリリーと同じように、学園内では妬まれ、精神が穏やかには過ごせない境遇であった。
だから、親が勇者一行であったと言うだけで学校へ入学を許可されたと囁かれる3人は、共通の想いを抱いているので結束力があり、幼馴染でもある彼らはとても仲が良かった。
***
その日、リリーは朝から運が悪かった。
起き抜けに、ベランダの手すりを優雅に横切る黒猫を見たあと、黒い鳥が窓の側の木にとまり、けたたましい声を上げて鳴くのを見た。
何にもない廊下で蹴躓き、朝食のメニューは好みではないものばかりが並んでいた。
晴れていたはずであるのに、リリーが屋敷の外に出たとたんに雨が降り、通学までの馬車道は小石三昧で酷く荒れたのだ。
父親の先祖に異世界人というルーツを持つリリーには、それらの出来事が嫌なことが起こる前兆として粛々と伝わっており、ほんのりと心に不安を覚えた。
勇者の娘なのに、無能と言われ続け、それでも前向きに楽しく、面白いと思う事を実行して毎日を過ごす。
バーナード家家訓 “人生は自身の手で鮮やかに” を胸に生きてきた彼女であったが、今日あんな決断をすることになるとは思いもしなかった。
嫌な予感が的中してしまったのだ。
***
昼食をいつものメンバーでとった後、束の間の安らぎとして、中庭のベンチでお喋りをしてくつろいでいた時であった。
嫌でも目に入る高貴族の集団が、目の前に現れたのだ。
この学校に通うこの国の最高位である王族、第二王子ギルバードを筆頭に、その取り巻き数人 ( 彼の側近候補の貴族令息 ) と、ギルバードが熱を上げているご令嬢のクリスティーヌ・カルデーラの集団だ。
この遭遇は、今日の中で最も不運な出来事だなとリリーは考えていたのだが、事態はさらなる不運へと導かれていった。
彼らがリリーたちのいる中庭のベンチから少しばかり手前の渡り廊下でとまった。
早くどっかに行って!と心の中で唱えていたリリーたちの言葉は、神には届かなかったらしい。
何をしているのかと、ベンチに座る3人はソロっと集団へと視線を向けた瞬間、カルデーラ嬢が急な方向転換をして中庭へと小走りで進み始めた。
奥にある薔薇の生垣へと近付いて行く。
そして、そこに辿り着くと、
「まあ、お花だわ!とっても綺麗~」
と、甘ったるい大袈裟な声を上げながら薔薇へと手を伸ばしたのだ。
それから、
「痛っ」
と令嬢が悲鳴に近い甲高い声を上げた。
指先からゴマ粒代の血が滲み出てくる。
令嬢は今にも泣き出しそうな瞳で、それを見つめている。
そりゃあそうなるだろうねと、一部始終を見ていた中庭に居た者たちは考えたのだが、その考えを吹き飛ばすくらいの大きな声が一帯に響いたのだ。
「ち、血が出ているではないですか!?!?クリス!?なんてことだーーー!!!」
令嬢に追いつき、驚愕の声を上げたのは第二王子のギルバードだ。
凄く狼狽えて彼女の人差し指をそっと持つと、数秒じっと見つめた。
リリーはこの時、あいつ、指を舐めようか迷っているのでは?と推測していた。
そして、実に気持ち悪いなとも顔を思い切り歪ませて考えていた。
リリーの実母 ( 元王女 ) の兄 ( 現国王 ) の息子 ( 第二王子ギルバード ) であるので、何度か幼い頃より無理矢理引き会わせられてきたが、会うたびに、こちらを卑下した態度を取り、偏った思考と性格の悪さから、2人は仲良くなることは全くなく、リリーは学校でも入学してから、彼とは極力関わらないように避けて過ごしてきたのである。
こちらが避けても、何故だかあちらはリリーを見掛けるとワザワザ嫌味を言いに来るので、今日も見つからぬよう、気配を最大限に消し、隙をついて逃げるタイミングを窺っていた所だったというのに…
王子が、指から目を離し、ふと顔を上げ、周囲を凄い速さで見回した。
何かを探しているようだ。
その視線の先に、偶然ベンチに座っていたリリーがいて目がバッチリあってしまったのが、不幸の始まり。
彼は令嬢の指を舐めるのは諦めて ( 一応、理性が働いたようだ ) 、その場で治癒出来る者を探したらしい。
そして、該当の人物を見つけ、リリーに向かって大声で言い放つ。
「おい、そこにいるのはアグニス叔母様(リリーの母)の娘だな。早くここへきて、クリスを治療しろ!!」
と、言ってきたのだ。
いきなり命令されたリリーは中庭にいた者達の視線を一気に浴びた。
今、ここに居たことを心底後悔したのは間違いない。
そして、名前を呼ばないので覚えていないのだろう。
それなのにあの横暴な態度に発言である。
沸々と怒りが湧いてきていた。
「その程度の傷でしたら、医務室へ行ってください。」
と、リリーは気づいたら冷淡に答えていた。
その態度が気に障ったギルバードは、言葉の攻撃へと転じた。
「お前、もしかしてこの程度の傷も治せないほど、聖神力を扱えないのか?ハッ、全く、尊敬する叔母上の娘であるお前は、我が父も強力な力を持つ聖女になると期待をしていたと言うのに、本当に無能なのだな。もういい、この役立たずが!」
そう言い放ったのだ。
彼の取り巻きがギルバードの言葉に同調して、数人が肩を揺らして笑う。
中庭に居た幾人からも、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
いつも言われている言葉であるので、慣れているリリーには、またかという感情しかもう湧かないが、こうも面と向かって傷つく言葉を言ってくるのが、この国の王子であるという事に、失望と怒りが湧いたのは否めないが…
ギルバードの知られたくない秘密をリリーは握っている。
何故だが、リリーの父親は他人様の弱みにとても詳しい。
この王子も例外ではない。
そして、知っておいて損はないと教えてくれるのだ。
その中のひとつ、今でも母親に膝枕してもらいながらの毎日の日課の報告というお喋りタイムが大好きだという秘密。
この暴露と共に言い返してやろうかと、母親の“は”の言葉が喉を通るという時であった。
横槍が入った。
「ギルバード殿下、早くカルデーラ嬢の治療をした方がよいのではないですか?」
そう、ギルバードの後ろからピリッとした空気と共に忠告したのは、彼の取り巻きの内の1人であるクロード・コスタだ。
「キャッ、クロード様!クロード様が私の心配をしてくださるなんて~」
と、カルデーラ嬢が聞こえないくらいに口走り、頬をピンクに染める。
クロード・コスタは、勇者一行の魔法使いであった者の息子だ。
勇者一行の中でも、魔法使いは魔力量を多く保持し、扱いにも優れ、研究の成果もおおく残している優秀な家柄、コスタ侯爵家の者であった。
つまりは爵位を授与されたわけではない、元からの高位貴族である。
世界魔法連盟の検査で第一級魔法使の称号を得た魔法使い、大魔導師を多く輩出している素晴らしい家系なので、国では重要なポストの役職についている者が多い優れた一族だ。
彼もまた、最年少で大魔導師の称号を得ていて、将来は国の最高組織、エリート集団の“魔導機関”への配属が既に決まっているという噂の人物だ。
その為、この学校で彼だけは、他の勇者一行の子女子息とは扱いが違っていた。
むしろ逆に、イケメンで王族の側近候補、魔法使いの能力が高く、将来有望、尊敬のまなざしを一心に浴びる学院の憧れの的である。
リリーたちとは勇者一行繋がりから仲良しの幼馴染であったはずのクロードだが、現在では彼の方から距離を置いている状態だ。
その事実が、ベンチに座る3人にやるせない気持ちを齎す。
王子の集団を見つけた時に、彼が居たので、早く通り過ぎてくれと願ったのはその為だ。
学院に入るまでとても仲の良かった幼馴染である彼の姿を思い出すと、胸が苦しくなるのだ。
「治療!そうだ、早く治療を。ハッ、クロード。お前が治癒魔法で何とかしろ。直ぐにやれ、命令だ。」
ギルバードがクロードに命令するので、クロードが彼らの元へと歩み寄る。
カルデーラ嬢の手を取ったままの王子の指先へ無表情で魔法を無詠唱で放つ。
彼の指まで巻き込んで、魔法は発動し、すぐに傷口は消えた。
王子の掌も艶艶でモチモチだ。
王子が歓喜の声を上げる。
魔法が凄いとかではなく、カルデーラ嬢の傷が消えた事への歓喜だ。
「クリスの綺麗な指先が戻って、本当に良かったな。」
令嬢の指先をなでながら言うギルバードの台詞に、リリーの背中に悪寒が走る。
馬鹿らしくなり、ベンチから立ち上がったリリーは、その場を後にする。
残りの二人も続き、リリーの後を追った。
彼らの去っていく姿を、クロードは無表情で見つめていた。
読んでくださり、ありがとうございました