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先程は放蕩三昧ほうとうざんまいと称したが、この伯父は酒も博打も付き合い以上にはやらぬし、好色めいたところもない。伯母と結婚したのも随分遅くになってかららしく、父はその報せに一人書斎でこっそりと安堵の涙を流していたと母が言うぐらいだ。

ではそんな伯父が何故放蕩息子のラベルを貼られたか?

それは、ひとえにそのどうしようもない放浪癖の為だった。

初めは跡継ぎの重圧に対する反抗だったのかもしれない。

生まれた頃からぐるりを取り囲まれた閉塞的な環境でまりにまった鬱憤うっぷんが伯父を逃避行へと向かわせたのか。

しかし、ほどなくしてそれは変わったのだ。

知らぬ土地へゆく。

知らぬ空気を吸い、知らぬ匂いを嗅ぎ、知らぬ言葉を耳にする。

それらの中で生活する種々雑多の人間を知る。それらに交わり、自分も言葉を交わす。

そうして知らぬ文化を知る。

まだ若い青年の目に、それら発見の数々がどう映ったか?

冷たくうつろに鎮座していた心臓が、微睡まどろみからはっと目を覚ましたように動き始め、全身に温かな血が行き渡った。その血が青年の青白かった頬を赤く染めた。ちょうどかけっこをしている童子が楽し気に息を切らせ、目をきらきらと光らせている時と同じ色が青年の頬にあった。

「こうしちゃおれん」

内側のなにかがそう言った。

帳場格子ちょうばこうしなぞの中で一生を終えるなどとんでもない」

青年はなにかの言う事に大きく頷いた。その通りだと返答した。そうしてその囲いからぴょんと跳び出してしまった。

以来、青年となにかは共犯者の契りを交わし、気のおもむくままに旅を重ねた。

私の目の前にいるのはその延長線上の人物なのだ。

その伯父が語るものがつまらぬはずがない。

そうしてそれを幼い時分から耳にしていた私もただで済むはずがない。

土地に根付く民話からとある宴席で披露ひろうされた与太話まで__滔々(とうとう)つむがれる異聞奇譚いぶんきたんを真綿に油を染み込ませるようにたっぷりと吸収した私の好奇心はその栄養ですくすくと成長した。

おかげで、父親に似た無口さにとどまりを知らぬ探究心とで、その歳ですっかり読書通となってしまった私は、伯父の蔵書に片っ端から手を出し、それらが更に伯父宅への訪問を助長する。私はその循環の中にあった。

そうして、伯父は今私の顔を見てにやにやと笑っているのだ。

私の手には一冊の冊子と折りたたまれた紙片とがあった。

それは分厚い本と本の間に挟まれていた古びた手帳で、ところどころ傷や汚れが目立っている。表紙には『’13/11/07~’14/12/28』と細線の黒文字で書かれている。

紙片はその手帳の間に挟んであって、長い間圧迫されていたにも関わらず本棚から私の手の中に引き抜かれると手帳は自ずからそのページを開き、紙片はひらひらと床に落ちた。

拾い上げたそれは手書きの地図らしかった。

簡略化された家や山、地蔵などが描かれていて、延びる道の傍らに「国道へ」と小さく文言がある。

しかし、私の注意を惹きつけたのは紙片よりもそれが挟まれていた手帳の方だった。

私はムッとした顔で伯父を睨んだ。

伯父は悠々(ゆうゆう)とパイプをふかし、安楽椅子の中で居心地のよさそうにしている。

「ほら、もう少しでしびれを切らして言い出すぞ」

伯父の笑みはそう告げていた。

その鼻を明かすために部屋を出て行ってやろうかとも思ったが、結局私は自身の好奇心の前に降参した。

手帳を伯父に見えるように掲げて、その五文字を示す。

見開きに殴り書かれたそれはお世辞にも達筆とは言えず、それどころか一種の気味悪さをかもし出していた。何かに追われるように書いた、緊迫した雰囲気がその文字からひしひしと感じられるのに文字は当然ながら黙りこくっていてその違和感が相手に不気味さを与えるようだった。

「ねぇ、『シロクイバ』ってなに?」

伯父は猫のように目を細めると、その奇譚きたんを語り始めた………


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