魔術師のお屋敷 2
ラペルト様のお屋敷は、不思議な構造をしている。だから、私が一人で出歩いて良い場所は、限定されていた。
「それでは、何なりとご用命ください。奥様」
「……あの、お屋敷の案内をしてほしいです」
「……それは」
フィーニアス様は、なぜか困った顔になってしまった。何か無理なことを言ってしまったようだ。
「えっと、筆頭殿は、屋敷も案内していないのですか?」
「……あの。私のせいで体調が悪く。しかもお忙しく」
「……何やってるんだ、あの人は」
呆れたように呟いた言葉の意味は、いったい何なのだろう。
でも、やはりお屋敷の中で暮らすなら、案内してもらえないと不便で仕方がない。
「使用人もいないので、いろいろ困ってしまって。食べ物や飲み物は自動で出てくるんですけど」
「はぁ……。なんて言うか、魔法を使えばほとんどのことができてしまうせいで、普通の生活というものが想像できないんですよ、筆頭殿は。何だかすみません」
「フィーニアス様が、あやまるようなことでは」
確かに、着替えだって指先をパチンッと鳴らせば終わってしまう。
ふと浮かんだのは、ドレスのリボンを結んでくれた鮮やかな魔法だ。
それでいて、ネックレスをつけてくれた指先はとても不器用だった。
どうしてあのときだけ、ラペルト様は魔法を使わなかったのだろう。
どちらにしても、今日は自力で着替える必要があるようだ。
チラリと見たクローゼットのドレスは、どれも豪華で素敵だった。
けれど、一人で着れるものはあるだろうか、そこが心配だ。
「……とりあえず、着替えますね」
「かしこまりました。扉の外に控えています」
「急ぎますので」
「ごゆっくり」
クローゼットを開ければ、色とりどりのドレスが並んでいる。
その中で、一番着るのが簡単そうなものを選び、フィーニアス様を待たせるのは申し訳ないと、急いで着替えを済ませる。
少し時間がかかってしまったけれど、何とか一人で着ることができた。
「お待たせしました。あれ? フィーニアス様、そのお姿は」
「うーん。まあ、真実の愛というわけでもないですし、効果は限定的だったのでしょう」
扉の前に立っていたフィーニアス様は、先ほど見た犬もとい狼のぬいぐるみのような姿だった。
わしわしと少し長い頭頂部の毛を乱して、フィーニアス様は、小さなため息をついた。
「筆頭殿の奥様でなければ、なんとしてでも連れ去りましたが、そうするにはあまりに多くの恩を受けすぎました」
「……え?」
「俺の姿を戻すことができる人をようやく見つけたのに、残念です」
そう言いながらも、その言葉はそこまで暗く沈んでいるようには聞こえなかった。
けれど、戻すという言葉から、先ほどの人間の姿がフィーニアス様の本当のお姿なのだろうと予測する。
「えっと、私に協力できることがあるなら」
「いいえ! 筆頭殿の敵にはなりたくありませんから。それに、この姿も便利なのですよ? 嗅覚や聴覚がとてもよいですし、魔法も問題なく使えますし」
「そうなのですか? 確かに、可愛らしいとは思いますが」
「……そんなこと言うのは、あなたたちくらいですね。夫婦揃って変わっています」
そう言いながら、なぜかフィーニアス様は、こちらに手を差し出した。
その手は毛で覆われていて、肉球があるけれど、ものを掴むには不便そうだ。
掴んでみれば、ふにふにとした肉球の感触に癒やされる。
「さて、後で筆頭殿に怒られない範囲で、屋敷をご案内しましょう」
「わ! 助かります!」
そのまま私は、大きな狼姿のフィーニアス様に屋敷を案内してもらうことになったのだった。
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