空から落ちてきた人
私は魔力がとても多くて、それなのに魔法が使えないせいで、幼いころから高熱を出しては寝込んでいた。
そして、束の間の平熱に家族の目を盗んで庭に出た運命のあの日、その人は空から落ちてきた。
白銀の光を瞬かせながら、落ちてきた男性は、精霊のように美しかった。
白い服は、一目でその人が魔術師であるとわかるものだった。
そして、その足元が赤く濡れていくことから、その人が怪我をしているのだと理解した。
私は、警戒することも忘れ、その人に駆け寄った。
「あの、大丈夫ですか?」
「その色合い、ラディアス伯爵の子か……」
「父を知っているのですか?」
「……少しだけ」
倒れ込んだその人に触れようとして、阻まれるように強く手を掴まれた。
驚きを隠せずにいたのに、なぜかその人は私よりも、もっと驚いたような顔をした。
「は? ……この、魔力」
「え?」
何かが体から抜けていくような感覚に驚いたのも束の間、私の体と美しい男性の体からは、眩いばかりの光があふれた。
それは、淡い水色と白銀で、まるで良く晴れた日に眩く光る空と雪のようだった。
「……綺麗」
「……君の魔力だ」
「そうなの? ……でも、なんでこんなに眠いのかな」
「それは……」
「あっ、そうだ。怪我は? あの、私の家に来て! きっとお父様なら、その怪我も何とかしてくれるから」
「……」
私の父も、魔術師だ。きっと、目の前の魔術師様のことも知っているに違いない。
どちらかというと学者肌だけれど、私が生まれるまでは、王国魔術師団に所属し、前線でも活躍していたという。
「……大丈夫。君のおかげで治ったから」
「治ったの? もう痛くない?」
「痛くない。魔力さえあれば、こんな傷すぐ治る」
「良かった!」
「良かった……?」
その人が、本当に不思議そうな顔をしたから、その理由がわからずに首をかしげた。
怪我をした人が治れば、うれしいなんて、当たり前のことなのに。
「僕の瞳、怖くないのか?」
「怖い? 白ウサギみたいで可愛いのに」
「……は? 可愛い!?」
「……ん、あれれ?」
けれど、次の瞬間、どうにも抗いがたい眠気におそわれて、私は地面に向かって倒れ込んだ。
けれど、私の体はフワリと抱き上げられて、衝撃が訪れることはなかった。
白ウサギみたいな目のお兄さんの名前を聞きそびれた。それが、その日の最後の記憶だった。
***
私が目覚めたのは、一週間後だ。
ベッドの上で起き上がった私に抱きついてきた、お父様の目は赤く腫れていた。
「目が覚めたか、シェンディー」
「お父様?」
「……良かった」
抱きしめてきた、お父様の体は温かかった。
「さっきの魔術師様は?」
「……彼は、この国の筆頭魔術師様だ。それにしても、まさかシェンディーが、彼の」
この出会いにより、凡庸な貧乏伯爵家令嬢として、ごく普通に過ぎるはずの人生は大きく変わる。
白ウサギみたいな目を持つ男性は、この国フォレスター王国の筆頭魔術師、ラペルト・デルーチ様だった。
そして、私と彼との魔力は、親和性が高いらしい。どこから情報が漏れたのか、すでにそれは王族の知ることとなっていた。
このあとすぐに、筆頭魔術師、ラペルト様の魔力供給源、そしてお会いしたことのない王太子殿下、タイラス様の婚約者として、国王陛下直々に使命を受けてしまう。
私の数奇な運命は、この日始まりを迎えたのだった。
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