筆頭魔術師のお嫁さま 5
そのままフラフラと歩いて、ベッドに倒れ込んだラペルト様は、うつ伏せのまま私を見上げた。
「今日は疲れただろう? 休みなさい」
疲れたのは、間違いなくラペルト様だと思いながら、私は口を開く。
「……あの、誰かを連れて瞬間移動するなんて芸当、いまだかつて聞いたことないですけど」
「ああ、今まで披露したことないな。僕の奥の手のひとつだから」
「……魔力、たくさん消費しましたよね?」
瞬間移動は、時間と空間を歪ませる高度魔法だ。
理論上は可能とされているけれど、この国で実際にそれが使える人は数人しかいない。
それに加え、他人も一緒に移動させるなんて、高度すぎて魔法式の想像すらつかない。
「少し……。いや、まあまあ」
「……そうですか」
ラペルト様がうつ伏せに倒れ込んでいるベッドに膝をつく。
そのままそっと、シルバーグレーの髪に口づけを落とした。
優しくて大人っぽいハーブの香りがほのかに鼻孔をくすぐる。ずっと、この香りに恋い焦がれていたことを思い知らされる。
あふれ出した、私の魔力は、淡い水色をしている。
魔法を使うことが出来ない私は、幼いころから魔力過多で熱を出しては寝込んでいた。
そんな毎日が変わったのは、ラペルト様と出会ってからだ。
「今日はもう、たくさん受け取った。十分だ」
ラペルト様は、軽く私を払いのけようとしたけれど、よほど具合が悪いのだろう、その力は弱々しい。
こんな力では私を押しのけるなんてとてもできない。
そのまま、グイッと唇を押し当てれば、普段は表に出てこない淡い水色の魔力が、勢いよくラペルト様に流れ込んだ。
それと同時に、体がズシリと重くなる。
……それにしても、魔術師は魔力がなくなったときの倦怠感をどうして耐えられるのだろう。
やはりそこは、根性なのだろうか。
「……やめてくれ。君にはこれ以上、辛い思いをさせたくない」
「……いいえ、たとえ契約結婚だとしても、私たちは家族です」
「家族……」
家族という単語を口にするその声は掠れていた。
そういえば、ラペルト様の生まれも、どんな家族関係だったのかも、私は何一つ知らない。
お互いのことを何も知らないまま、私たちは仮初めとはいえ、夫婦になった。
倦怠感は、いつしか強い眠気へと変わる。
「さすがに、君を隣の部屋まで連れて行く体力はないな……。年は取りたくないものだ」
「……では、このまま一緒に寝ましょう?」
「……それは」
「一緒ならよく眠れます、きっと……」
長いため息が聞こえる。
抱きしめてきたラペルト様の体温は、あいかわらず冷たくて、火照った体に心地よい。
「おやすみ、シェンディー。良い夢を」
「ラペルト様も……」
「はは。僕は今夜は、とても眠れそうにない」
「ん……。なぜですか?」
「……」
もう一度、小さく笑った音が聞こえた。
それと同時に、そっと頭を撫でられれば、その心地よさと眠気のせいで、重くなってしまったまぶたをこれ以上開けていられず、微睡みの底に沈んでいく。
目が覚めたなら、ただ私が一方的に好きなだけで、これまでどんなふうに過ごしてきたのか何も知らない彼のことをもっと知りたいと思いながら。
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