筆頭魔術師のお嫁さま 2
「早く準備してください」
「そうだね。すぐに着替えよう」
パチンッと指を鳴らす音がする。
いつだってラペルト様の着替えは瞬時だ。魔法を使って着替えたラペルト様は、先ほどまでが嘘のように完璧すぎるお姿だった。
筆頭魔術師だけが許される白い魔術師の正装に身を包んだ彼が微笑んだなら、おそらく十人中十人が頬を染めるに違いない。
「ほら、シェンディーこそ早く準備して」
「あの……。私まで着飾る必要は、あるのですか? それに、背中のリボンが自分では結べないです」
私のドレスの色は、落ち着いたグレーだ。
背中に大きなリボンがついているデザインは、とても可愛いけれど、このお屋敷には使用人がいないから、自分で着なくてはいけない。
「それは、気が利かなかった」
ラペルト様が指先をパチンとひとつ鳴らせば、背中のリボンがまるで生き物のように揺らめいて交差する。
そのまま、魔法の力でリボンは結ばれた。
ラペルト様の魔力は、美しい白銀で、まるで魔法をかけられてお姫様に変身したように錯覚してしまう。
「ありがとうございます」
「うん。君のために、使用人を雇うか……。それから、これも君に」
もう一度、パチンとその指が鳴れば、ラペルト様の手の中には大粒のルビーがあしらわれたネックレスが現れた。
そっと私の髪をよけて、ラペルト様がネックレスをつけてくれる。
けれど、その指先は先ほどまでの鮮やかな魔法と違い、とても不器用だ。
「あの、魔法でつけた方が早いのでは」
「……これは、僕がつけたいんだ」
「そ、そうですか」
首元に指先が触れる度に、ビクリと震えてしまいそうな私の身にもなってほしい。
それでも、この時間が永遠に続いたら良いのにと思わずにいられずに、そっと目を閉じる。
「よし、できた」
「こんな大人びたドレスと豪華な宝石、私には似合わないのでは」
王太子、タイラント様の婚約者に選ばれたのは、私の魔力量が人一倍多いこと、私の家、ラディアス伯爵家がどの派閥にも属さない、ただそれだけが理由だ。
淡い茶色の髪はあまりにもありふれているし、淡い水色の瞳は色合いがボンヤリしている上にまん丸で子どもっぽい。
「そうかな……」
「そうですよ」
背中の部分が大胆に開いたデザインと、大きなリボン、そして深紅のルビーのネックレス。それらは、地味な私には似合わないはずなのに、なぜか満足そうにラペルト様は微笑んだ。
「……君は、今まで着飾らなすぎたんだ」
「……」
「とても、きれいだ」
「……お褒めにあずかり光栄です」
「はは。褒められたなら、素直に喜べば良いのに。……まあ、こんなおじさんに褒められたところで」
その瞬間、ラペルト様の手首をグッと掴んで引き寄せてしまったのは、完全に無意識だった。
なぜか、ラペルト様が寂しそうに見えてしまったのだ。そんなはずないのに。
「えっ、あの、シェンディー?」
「素敵なドレス、ありがとうございます。それにラペルト様の瞳の色の宝石、うれしいです!」
戸惑った表情をしたラペルト様を見上げて、正直な気持ちを伝える。
きっと私は今、耳まで赤いに違いない。
「えっ、あの……。光栄だな」
私と同じような返答をしながら、少しだけ見開かれた赤い瞳になぜか満足する。
「今宵の主役は君だ、シェンディー」
「……それはいったい」
「王国筆頭魔術師の妻になる君を祝う宴だから」
「……ずっと、浮いた噂ひとつなかった、ひきこもりの筆頭魔術師様が、電撃結婚した祝いの宴なのでは」
「はは……。君以外の女性は、魔力の波長が合わないし、化粧の香りもしなだれかかられるのも苦手でね」
結局のところ、魔力の波長が合うことと、色気がないことで安心感があるというのが、私が選ばれた理由なのだろう。
それどころか、ほとんど職務以外では家の外に出ないラペルト様は、女性を近づけないだけでなく限られた交友関係しか持たないことで有名だ。
ほんの少しだけ、私との関係が特別に思えてしまうほどに……。
「そんな顔して、ほかの男たちが君に見惚れたら気分が悪いな」
「どんな顔ですか」
「この、可愛い顔だよ」
そんなことを言いながら、私の頬を押してくるラペルト様は、完全に私のことを子どもと勘違いしているのだろう。
「本気でそう思っている」
「そうですか」
「どうすれば通じるのかな?」
「それなら、形だけでも妻としてエスコートしてください」
本心からそう伝えると、ラペルト様はもう一度目を見開いたあと、心臓に悪いほど素敵な笑顔を私に向け、優雅に手を差し伸べた。
「……そう。さあ、美しい僕の奥さん。どうか、この僕に、今宵エスコートする栄誉を与えてください」
「……ずるいです」
「何が?」
そんなの、素敵すぎるからに決まっています。
その言葉を告げることはできないまま、胸がときめくのを止めることもできず、私はその手にそっと自分の手を重ねたのだった。
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