筆頭魔術師の愛しい人 ラペルトside
自分に、魔力供給源など、現れなければ良いと思っていた。
いつか消えゆくのだから、この苦しい世界にいる時間を延ばすだけの存在なんて必要ないと思っていた。
――それなのに、あの日君は、輝く光のように僕の前に現れ、あっという間に世界を色鮮やかに塗り替えてしまった。
***
運命のあの日、僕は魔力が欠乏し、いつもなら治せるはずの傷も治せずに、仕方がないので元同僚の家に助けを求めることにした。
運悪く彼の屋敷に誰もいなければ、命を失うだろう。
ラディアス伯爵は、学者肌で、あまりにも人が良いから、迷惑を掛けるのだけは気がかりだ。
そんなことを思いながら、墜落の衝撃を和らげるために、マントの留め具の宝石を噛み砕き、溜め込んでいた最後の魔力を使い切る。
――そこには、ラディアス伯爵によく似た少女がいた。
子どもにはこの瞳が怖いと泣き出された経験しかない僕は、最期にこれかとため息をついた。
けれど、その少女は、淡い水色の瞳を見開いたあと、僕に駆け寄ってきた。
「あの、大丈夫ですか?」
どう見ても、大丈夫な傷ではない。おびただしい血が地面を濡らしているのに、怖がる様子もない。
そんなところも、ときどき驚くほどの度胸と天然さを見せるラディアス伯爵に似ていると思った。
「その色合い、ラディアス伯爵の子か……」
「父を知っているのですか?」
「……少しだけ」
少女が差し伸べた手を払いのけようとして触れた瞬間、思わずその手を掴む。
「は? ……この、魔力」
「え?」
淡い水色と白銀の光が、僕の身体を包み込む。
他人の魔力が流れ込んでいるのに、不快感はない。それどころか、身体が熱く、もっとそれが欲しくなる。
「……綺麗」
少女はただ魔力の光に目を奪われていた。
確かに、淡い水色と銀色の魔力が絡み合う様は、澄み渡った空と一面の銀景色みたいに美しい。
こんなにも澄んだ色の魔力を見るのは、僕も初めてだった。
「……君の魔力だ」
「そうなの? ……でも、なんでこんなに眠いのかな」
「それは……」
「あっ、そうだ。怪我は? あの、私の家に来て! きっとお父様なら、その怪我も何とかしてくれるから」
「……大丈夫。君のおかげで治ったから」
少女は、怖ず怖ずと僕を見上げた。
彼女の魔力と同じ色をした淡い水色の瞳の美しさに釘付けになる。
「治ったの? もう痛くない?」
「痛くない。魔力さえあれば、こんな傷すぐ治る」
「良かった!」
「良かった……?」
傷が治れば、再び戦いの毎日だ。
それに、こんな風に傷が治る僕を周囲の人間は気味悪がるばかりだった。
それにこの赤い瞳は、人を恐れさせる。
けれど、彼女の視線からは恐れなど感じられなかった。
「僕の瞳、怖くないのか?」
「怖い? 白ウサギみたいで可愛いのに」
「……は? 可愛い!?」
少女の可愛らしい唇から出てきた言葉は、あろうことか白ウサギだった。
「……ん、あれれ?」
魔力が奪われたせいだろう。倒れ込んだ少女に駆け寄り、汚れてしまうことを心の中で詫びながら抱きあげる。
やはり、その体に触れれば魔力が流れ込んでくる。それを魔法式で無理矢理遮る。
「……君が僕の、魔力供給源」
魔力供給源がいるから、王都は魔獣に襲われることを筆頭魔術師である僕は知っている。
そして、筆頭を名乗ることができるほど強い僕の魔力供給源は、何よりも魔獣を引きつける力が強い。
「ああ、でも、君を守るのは嫌じゃない」
王都を守るのは、ただ、それが僕に課せられた使命だったからだ。
「嫌というよりは……」
無意識に紡いでいた魔法式は、気が付いて止める前に成立してしまった。
それは、命の危機に僕の名を呼べば、駆けつけることができる魔法だ。
「そう、君を守りたい。だから、どうかそのときには、僕の名を呼んで」
彼女と次に会うとき、それは魔術師と魔力供給源としてだろう。
こんなにも年が離れている彼女は、否が応でも巻き込まれる。
これは、きっと僕なんかの魔力供給源に選ばれてしまった彼女への贖罪だ。
そんな言い訳に隠された気持ちが、いつか愛という名を持つなんてことも知らずに、僕は彼女を抱き上げたままラディアス伯爵の元へと向かったのだった。
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