魔術師は貯蓄する 2
「それにしても、この屋敷には強力な魔法をかけてあったのに、易々侵入されるなんて」
部屋に着いたとたん、ラペルト様はフラフラと歩いてソファーに座り込んだ。
疲れ切ったその様子に、相当心配させ、さらに無理をさせてしまったのだと思い知らされる。
「……どうして私の場所がわかったのですか?」
「緊急事態に君が僕の名を呼べば、その場にいくことができる魔法をかけておいた」
「教えておいてくれれば」
「この手の魔法には制約が多い。僕から教えるのは、制約に反する。……それに、君は嫌だろう?」
「え?」
ラペルト様は、私から視線を逸らした。
そういえば、いつから彼は、その魔法を私に掛けていたのだろう。
「えっ、あの……。もしかして、婚約破棄された日に駆けつけてくれたのも」
「……君が、絶体絶命のあの場面で、僕の名を呼んだから」
思い返せば、婚約破棄をされ、そのあとに訪れる死を覚悟したあの瞬間、私はその名を口にしていた。
その直後だ。王宮の明かりがすべて消えて、ラペルト様が駆けつけてくれたのは。
「えっと、魔法はいつかけたのですか?」
「君が僕の目を白ウサギみたいだと言ったあの日に」
それは、私がまだ子どもで、しかも初対面のあの日だ。そんな以前から私には、魔法が掛けられていたのかと驚く。
「……気持ちが悪いだろう? でも、君が困ったときの助けに無性になりたくて」
「……嬉しいです」
「……君は少し変わっている」
「ラペルト様が、私のことを思ってくれていたことが、幸せです」
私が膝に負った擦り傷はすぐに治したくせに、まだ傷が残るラペルト様の唇にそっと触れる。
「……ずっと、守られていたんですね」
「そうだな。これからも……。ずっと、君が年老いて死ぬまで守り抜くよ」
ラペルト様は、私よりも二十歳以上年上だから、きっとそれは難しいだろう。
「老後も私を守るために魔力を蓄えていたんですか?」
「口が滑ったな……。そうだけど」
「もしかして、私が初めて白ウサギみたいだと言ったあの日からですか」
「何で、言い当てるんだ」
「何となく」
そっと、ラペルト様を抱きしめて、心臓の鼓動を確認する。
私たちを包み込むのは、淡い水色の銀色に煌めく魔力だ。
結局のところ、魔力を奪って魔法を使えなくしても、ラペルト様は命ある限り、もしかしたら命を失ったそのあとまで、私を守ろうとするのだろう。
口づけて、少しだけ押せば、いとも簡単に二人でソファーに倒れ込んだ。
「好きです。ラペルト様」
たぶん今夜、ラペルト様の魔法は取り戻されるだろう。無意識に掛けた魔法は、彼の長くて重い愛の前には無意味なのだから。
「僕もだ、シェンディー」
抱きしめられれば、やっぱりハーブの大人びた香りが漂う。
きっと、今夜は、私たちにとって忘れられない夜になるに違いない。
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