魔術師は貯蓄する 1
白い閃光が消えたあとには、何も残されていなかった。
「ふぅ……」
ラペルト様は、傷ついた口元を指先で乱暴に拭った。
「……ラペルト様」
「無事か? あっ、膝を擦りむいているじゃないか!!」
白い魔術師の服が汚れてしまうこともいとわずに、私の足下に膝をついたラペルト様は、ひどく慌てて私に治癒魔法をかけた。
「……魔法、使えなくなったのでは」
「……僕はとても怖がりだから、いつでも切り札のひとつやふたつは用意している」
「怖がり?」
「そう、僕は君を失うのが怖くて仕方がない」
頬に落ちた口づけと、それと同時によみがえるパタパタと振られる尻尾のイメージ。
「ああっ!! フィーニアス様は!?」
「……君の頬に、許可なく口づけしたあの男?」
冷え冷えとした赤い瞳に、背中がゾクリとする。
もしかして、先ほどの閃光は、フィーニアス様まで焼き尽くしてしまったのだろうか。
そのとき、私の背後から緊張感がない声がした。
「酷いですよぉ……。巻き込まれるところだったじゃないですか」
「はっ、巻き込まれれば良かったのに」
「……非常事態だったので、許してください」
「そうだな、僕のシェンディーに触れたことは万死に値するけど、彼女を助けた功績と今の鬱憤晴らしで許すよ。――――次はないけど」
命をかけて私を救ってくれたフィーニアス様に対して、あまりに心が狭いラペルト様。
フィーニアス様はぬいぐるみみたいな姿だったし、私としては、愛犬が頬に寄ってきたくらいの感覚だったのに。
時間が経ったせいなのか、フィーニアス様は、元の狼のぬいぐるみみたいな姿に戻っていた。
ラペルト様が、まだフィーニアス様に射殺しそうな視線を向けているので、私はこちらに意識を向けてもらうことにした。
「……ラペルト様、怖かったです。口づけしてください」
――そう、全力の色仕掛けで。
「えっ?」
「早く……」
赤くなる頬は、直前までの恐怖を忘れさせてくれるほど可愛い。
けれど、草ひとつない焦土と化してしまった周囲の状況は、まったく可愛くない。
小さな音を立てて口づけが交わされる。
やはり、私たちの間に魔力の流れはない。
「シェンディーは、何にもゆずらない」
「……何にも?」
「ああ……。言い間違えたかな、誰にも、だよ」
ラペルト様は、微笑んで言い直した。
けれど、何にもゆずらない、という言葉が、妙に引っかかって仕方がない。
「さて、王都からそれほど遠くないようだ。フィーニアス、頼む」
「人使い荒いです」
「君に感謝している」
「わかりました。返しきれない恩を今日も返すとしますか」
フィーニアス様が淡紫色の魔力で魔法式を書く。
足元が輝く魔法式に囲まれたと思った直後、私たちはラペルト様のお屋敷に帰り着いていた。
ヤンデレ魔術師!!(*´▽`*)