筆頭魔術師のお嫁さま 1
筆頭魔術師、ラペルト・デルーチの朝は、ものすごく遅い。
それは、魔獣が夜に活発になるからだ。
魔獣をいとも容易く仕留める彼がいなければ、王都の安全は保てないに違いない。
「あと少しだけ……」
「もう、太陽が真上まで昇りましたよ!」
けれど、心を鬼にしてベッドの上で丸まっているイケオジから、毛布をはぎ取る。
恨めしそうに私を見上げた赤い瞳は、まるで昼寝を邪魔された猫みたいだ。
「……それに、今日は夕方から王宮の夜会です」
「……そうだったな」
グシャグシャと前髪を掻きあげる姿は、それだけで絵になる。
三日前に、王太子殿下から婚約破棄された私は、彼の妻になった。
「……ラペルト様、早く着替えてください」
「ああ」
あくびを一つして体を伸ばし立ち上がったラペルト様は、けだるそうに私を見下ろして、あろうことかふにゃりと笑いかけてきた。
それだけで私の心臓が止まりかけてしまうなんて、きっと彼は知りもしないのだろう。
「……お身体の具合は」
「心配してくれるの、シェンディー。うれしいな」
「っ、冗談を言っている場合では!!」
実は、王宮の明かりをすべて消すために、かなりの魔力を消費してしまったらしいラペルト様は、ここ三日間明らかに体調が悪そうだった。
「……王宮すべての明かりを消さずとも、良かったではないですか。会場の明かりだけで十分だったはずです」
「君に不埒なことをする人間を牽制したかった」
「それで、お身体を壊したら!」
柔和な微笑みを私に向けたまま、ラペルト様はそっと私の頭頂部に口づけした。
慌てて頭を両手で押さえて彼から距離を取った私の頬は、きっと真っ赤に違いない。
「僕の大事なシェンディーを傷つける人間は許さない」
柔らかい微笑みなのに、ほんの少し剣呑な光を宿した赤い瞳。
ラペルト様は、冷酷な魔術師だと言われているけれど、きっとこんな目を時々することがその原因に違いない。
……だから、やめてほしい。こんな、勘違いさせるような行動。
人との距離感を知らないらしいラペルト様は、私に対しての距離が以前から近すぎることがあった。
「魔力目当てに契約結婚しただけの相手に、距離が近いですよ」
「……そうだな。だが、距離が近くなければ魔力供給できない」
「はあ。そうですね。余計なことを言いました」
「……そうだね。本当ならもっと距離を詰めたいけど。……これは、契約結婚だ」
そう言いながら、ラペルト様は私の髪をひと房持ち上げて再び口づけした。
わかっている。これは、新婚夫婦の甘い朝などではなく、魔術師が親和性の高い魔力を持つ相方から魔力を受け取るための儀式なのだ。
「そう、だからこれは、魔術師にとっての朝ごはんのようなものですね」
「……シェンディー」
微笑んだラペルト様は、大人の色気を振りまいている。
まるで、王子様からの求愛みたいな朝だと思いながら、私は小さくため息をついたのだった。
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