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傷ついた魔術師と枯れない花


 それは、私が王太子の婚約者に正式に決まった日のことだ。


 理由もわからず王都を取り囲む魔獣の群れ。

 どんなに有能な魔術師でも、人とは格が違う魔獣と戦えば見る間に魔力が底をつく。


 戦いが続く現状では、魔力の親和性が高い魔力供給源を見つけられるかどうかが、魔術師の生死をわける、それが事実だった。


 この王国は、終わりを迎えようとしているのだろう。平和が守られる王都、けれど実際は魔獣に囲まれ、戦いの度に戦力は削られていく一方だった。


 そんな中、この国唯一の希望がラペルト様だった。


 彼は天才的な頭脳と、魔力量を持ち、常人には理解することも、ましてや行使することもできない魔法式で、人の領域を越えた魔法を使うことができる。


 そして私は、彼の唯一の魔力供給源だ。


「ラペルト様! どこにいるんですか!?」


 それでも、その戦いはいつだって命がけだ。

 今回もひどい怪我を負ったと報告を受けたのに、何処にも見当たらないラペルト様をようやく見つけたのは、日が暮れかけた王宮の庭園だった。


 彼は、ボンヤリと美しい薔薇を眺め、ベンチに座っていた。


「ラペルト様、なぜ隠れるのですか」

「シェンディ-、このくらいの怪我、時間が経って魔力が回復すれば自然に治る。だから、君の力を必要としていない」


 いつでもラペルト様は、私が触れることを拒んだ。

 そうまでして、なぜ彼は戦うのか。

 便利なはずの私からの魔力供給をなぜ拒むのか。

 その理由は、わからないけれど、嫌われているのは間違いないだろう。


「……ラペルト様、私のことがお嫌いでも、これは王国全体の問題です。魔力供給を受けてください」

「……僕が、君のことを嫌い?」


 顔がそらされたのを良いことに、不意打ちのように抱きついた。

 王太子の婚約者として、他の人に抱きついたりしたら問題になるけれど、人払いをしているし、私はラペルト様の魔力供給源だ。


 この国では、魔術師と魔力供給源の関係は、特別で神聖なものだと見なされている。


 淡い水色の魔力が流れ込むと、自然とラペルト様の傷は治り始めた。


「もう、平気だ」


 ある程度魔力が流れ込んだところで、彼は私から強めの力で距離を取る。


「でも、傷が治りきっていないです」 

「……これ以上魔力を奪ったら、君はまた数日眠り込むことになる」


 確かにこのくらいなら、私が眠り込んでしまうことはないだろう。


「……王太子殿下の婚約者に正式に決まったそうだね」

「はい……」

「いつか、この国の王妃になるのか」

「そうなりますね……」

「この、魔獣の脅威に沈みゆく王国の?」

「……」


 王太子の婚約者として教育を受けるほど、この国の安全は、薄氷の上に立っているようなものだと思い知らされる。


「……そうだとしても、この国は私にとって大切な場所です」


 庭園の端に咲いていた、小さな白い花を差し出す。地味だと言われるけれど、この花が私は好きだ。


 そして、王太子の婚約者に決まったのなら、この気持ちとはもう、お別れしなければならないだろう。


 白い花を受け取ったラペルト様に、強く抱きしめられた。淡い水色の魔力に包まれて、ラペルト様の傷が完全に消えていく。


「君の大切な王国を守り切ると約束しよう。だからこれからも、少しだけ君の魔力を分けてほしい」

「……もちろんです。王国のために力を尽くすラペルト様を尊敬していますから」


 尊敬という言葉は、嘘ではないけれど本心ではない。口にした途端、そのことを思い知らされる。


「王国のため……ね。そうだな、これからもできるかぎり、君に尊敬されるよう、善処しよう」


 私から離れたラペルト様は受け取った野花に何を思ったのか、そっと唇を寄せた。

 白銀の魔力が、小さな花を包み込み、宝石みたいにキラキラ輝いた。


 たぶんそれは、眠気のあまり倒れ込んだ私が見た夢だったに違いない。

 フワリと抱き上げられる。


「でも、一つだけ訂正させてほしい。僕が戦うのは、ただ君を守るためだ」


 ……ささやくようなその言葉も、きっと夢だったに違いない。


 ***


「……んぅ」

「ああ、目が覚めたか。すまない、無理をさせたかな」


 先ほどまで見ていたのは、再び私の手に戻ってきた、白い花を摘んだ日の夢だ。

 初めて魔力を受け取った影響で眠り込んでしまったのだろうか。

 目を開けると、ラペルト様に抱き上げられていた。


「そろそろ戻ろうか」

「はい……。ラペルト様、そういえば今回は怪我なんてしていませんよね」

「していない。もう、魔獣なんかに遅れは取らない」


 その言葉にホッとして、抱き上げられたまま、ふと最後のあの言葉は夢ではなかったのではないかと思う。


「あの、ラペルト様」

「ちょっと待って……。ああ、手遅れか」


 ――――ガシャアアアンッ!!


 大きなガラスが割れたような音がした。

 それと同時に、小さな部屋の壁に大きな穴があいて、飛び込んできたのは、フィーニアス様だ。


「ようやく入れた!! 奥様、ご無事ですか!?」

「……あの」

「あれ? 筆頭殿、戻られていたんですか?」

「……はあ。物理的な手段と魔法を融合させ、強引にこの部屋に入ってくるとは。……何というか、フィーニアスは、優秀だな」

「お褒めにあずかり……。あれ? この肖像画」


 フィーニアス様は、例の肖像画に目を向け首をかしげる。


「見るな……!!」


 私を抱き上げたまま、耳を赤くしたラペルト様は、器用に魔法を使ってフィーニアス様を宙に浮かせると、壁にあいた穴に向かってドンッと強くその体を押した。


「ひどいですよ-!!」


 という言葉とともに、その体は穴へと消えていった。姿が消えてしまったことと、向こう側が見えないことから、この部屋と先ほどの鏡は、今も不思議な魔法の力で繋がっているに違いない。


「……戻ろうか」

「は、はい」


 ラペルト様が、指先を鳴らすと、壁にあいた穴が塞がり、代わりに扉が現れた。抱き上げられたまま、その扉をくぐる。


 そこは、私たちの部屋だった。

 あの部屋と私たちの部屋は、魔法の力で繋がっているらしい。

 私のことをソファーに下ろしながら、ラペルト様が赤い瞳を細めた。

 あまりにも美しいその微笑みに、思わず見惚れていると、ラペルト様が口を開いた。


「……昔の言葉なので君は覚えていないだろうけれど、目が覚めているところで訂正させてほしい」

「……え?」

「……僕が戦うのは、ただ君を守るためだ」

「えっ、えええ!?」


 こうして私たちの距離は、急速に近づいた。

 けれど、この直後からラペルト様の私に対する態度が大きく変わってしまうなんて、このときはまだ予想すらできていなかった。



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次回隠されることのない溺愛……かも。

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