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魔術師のお屋敷 4


「屋敷内で、魔法が二度も使われたから慌てて帰ってきたんだけど……」

「……ラペルト様」


 いつもの距離まで近づくことがお互いにできずに、ただ見つめ合う。

 その沈黙を破ろうと口を開いたのは、二人同時だった。


「「あの……」」


 そのため、お互い譲り合ってしまい、再び沈黙が訪れた。

 しばらく俯いていたラペルト様が、意を決したように赤い瞳を私に向けた。


「……すまない」

「え?」

「……君がくれた物は、すべてこの通り僕の宝物なんだ」

「えっ、あの」

「隠し通そうと思っていたのに、よりによってこの鏡にかけていた隠蔽魔法をいとも簡単に破ってしまうなんて……」


 私は、魔法なんて破った覚えがない。

 けれど、隠されていたというこの部屋にいることから考えて、やはり何かが起こったのだろう。


 小さな宝箱から取り出されたのは、あの日のまま枯れることなく咲いている小さな野花だ。

 それをそっと指先でつまみ上げたラペルト様は、無言のまま私の髪にそっとその花を飾り付けた。


「あの日、本当はもう消えてしまいたいと思っていた……。でも、この花を見る度、もう少しだけ、あと少しだけと思い続けて」

「……ただの、野花です」

「……それでも、僕にとっては生きる意味そのものだった」


 それだけ告げて、ラペルト様は私に背中を向けてしまった。

 でも、実は私にとっても、この野花をラペルト様に差し出した日は、特別な意味を持っていた。


「……私にとってこの花は、お別れの意味でした」

「うん。知っている」


 この野花をラペルト様に差し出した日、私と王太子タイラント様の婚約が正式に決定したのだ。

 あの日も、ひどい怪我をして私の前に来たラペルト様に、魔力をすべて渡して眠り込んでしまう直前、近くに咲いていた野花を差し出したのだ。


「……どうしてずっと、私に魔力供給されるのを拒んでいたのですか」

「君に無理させたくないから……。それに、魔力を受け取れば受け取るだけ、君のことを」


 その言葉の続きを聞きたいと思いながら、けれどどうしても我慢することができずにその背中を抱きしめる。


「今、この花を返してくれたのはなぜですか」

「……」

「お別れ、という意味ですか?」

「……君に向けていた気持ちは、こんなにも重いんだ。君を助けるため、魔力供給をしてくれる存在が必要だから……結婚を結ぶ際の契約書に書かれた内容とは裏腹に」


 触れあう度に自然と私の魔力はラペルト様に流れ込んでしまう。

 会えるときは大抵ラペルト様はひどい怪我をしていて、魔力を注ぐとその度に眠り込んでしまうせいで、私たち二人はちゃんと会話を交したこともない。


「嬉しいと言っても」

「……は?」

「ここにある物は、すべて私にとっても大切な思い出の品なのだとしても」

「シェンディー」

「別れを選びますか?」


 ラペルト様によって、無理に引き剥がされた私の腕。

 涙をこらえて見上げた私を振り返ったラペルト様は、私と初めて出会い、魔力に親和性があると気がついたときと同じ表情をしていた。


「――――そんなの」


 次の瞬間、唇が重なっていた。

 すごい勢いで流れていく淡い水色の魔力と、同じ量流れ込んでくる美しい銀色の魔力。


「……んっ」


 淡いハーブの香りと、甘美な魔力に酔ってしまいそうになる。

 魔力を受け取るのは初めてだったから、こんなに甘い物だなんて知らなかった。

 ……私から魔力を受け取る度に、ラペルト様もこんなふうに感じていたのだろうか。


「……もしも、これを見ても君が逃げたいと思わないなら、もう逃がすなんてできないに決まっている」

「……嬉しいです」

「君も僕の魔力を受け取って、片時も僕のことを忘れられなくなってしまえば良いのに」


 ……では、すでに片時もラペルト様のことを忘れられない私は、これからどうなってしまうのだろうか。

 一瞬だけ浮かんだそんな考えも、もう一度落ちてきた深い口づけのせいで、すっかり消えてしまった。

 


 

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