プロローグ
バサバサと大きな鳥が羽ばたくような音とともに、王宮の明かりがすべて消え去った。
それらの明かりは、王国の魔術師たちが魔法で灯しているのだから、おいそれとは消えないはずだ。
――しかし、実際消えてしまった。
先ほどまで婚約破棄の現場で嗤っていた夜会の参加者たちは、音と暗闇がもたらす異様さに震えた。
羽ばたくような音が、マントがはためく音だったと参加者たちが認識したとき、その男性は舞台の中央に立っていた。
「迎えに来たよ……。シェンディー」
「ラペルト様」
彼と私にだけ降り注ぐ光は、まるでスポットライトのようだ。
王立筆頭魔術師ラペルト・デルーチは、滅多に人前に姿を現さない。
それでも彼の容貌を知らない人間などこの王国にはいないだろう。
シルバーグレーの髪に、王国で彼しか持たない赤い瞳、冷たさすら感じる人外の美貌、そのすべてが彼を彼たらしめている。
「……君には僕しかいない。そして、僕にも君しかいない」
「……ラペルト様」
「君に結婚を申し込む。どうか、僕を利用してくれ、シェンディー」
差し出されたその手は、たったいま、婚約破棄されて言われなき罪を着せられようとしていた私にとって救いの手にほかならない。
その手を取って良いものか、ほんの少し逡巡したとき、大きな声が響いた。
「シェンディー・ラディアス!! 貴様の罪は」
「……黙れ」
私の手を強引に掴み、引き上げたラペルト様は、そのまま軽々と私を抱き上げ、冷たい視線を私と婚約していた王太子、タイラス様に向けた。
「明確な証拠もなく、僕の妻を陥れるなら、王都の明かりはすべて消え失せるだろう」
「なっ……」
たじろいだタイラス様を馬鹿にするように微笑んだラペルト様が言葉を続ける。
「王太子相手に無礼な!」
「……幼い頃から約束された婚約だ。彼女が幸せなら見守ろうと思っていたが、まさか婚約破棄とは。この僕の怒りを買えば、王国が消え去っても文句は言えない。そうそう、陛下もいたく憤慨されていた」
「……そんな」
「そこの魔女の魅了に容易くだまされる男に、王太子など務まるはずがない」
抱き上げられたまま、視線を向けた先には、先ほどまで顔を青ざめさせた令嬢が、その仮面を脱ぎ去ったように一人こちらをにらみつけていた。
彼女は踵を返し、会場を去って行く。
淡いピンク色をしていたその髪が、漆黒に変わっていくのを見たのは、多分私だけだっただろう。
「……帰ろう」
「どこに」
「どこってもちろん、僕たちの家さ」
私を抱き上げたまま、強く抱きしめてきたその体は冷たい。
彼にしては珍しく、完璧に着こなした筆頭魔術師の正装。その装飾がジャラリと音を立てた。
「ラペルト様」
「シェンディー、君はこれから先、しばらくは僕の妻でいなさい」
私たちの体がフワリと浮かび上がる。
宙に浮かぶことも、そのまま遠距離を飛ぶことも、筆頭魔術師であれば造作もないのだ。
――こうして私たちは、この日から夫婦となった。
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