読まれた小説は・・・。
下野「さあ、今年もこの季節がやってまいりました。小説家になろう夏の特別企画、ホラー特集」
巽「去年はラジオをテーマにお届けしましたが今年は帰り道をテーマに書いていただいた小説の中から選んだ一作を朗読したいと思います」
下野「巽さんはどうですか?この企画が始まってから心霊体験とかしました?」
巽「そう!いつそれを話そうかと思ってたんですけど見ちゃったんですよ!」
下野「えっ、本当に!?何を見たの?」
巽「この企画の打ち合わせで何度かこのスタジオにきたじゃないですか」
下野「うん」
巽「マネージャーさんやスタッフさんと廊下を歩いていると向こうから下半身だけの人が歩いてくるんですけどね。私にしか見えてないみたいなんですよ」
下野「うわっ、何それ!?怖っ!」
巽「それも一回だけじゃなくて見るたびに姿が変わっていて右半身だけだったり、首だけ無かったりするんですよ」
下野「うわー。何かもう帰りたくなってきた」
巽「まだ始まったばかりじゃないですか!気持ち切り替えましょう。今年の読んでみてどうでした?」
下野「いやー去年も怖かったけど、今回も凄かったですよね」
巽「そうですよね。正直読むのが苦痛でしたもん」
下野「どの作品も怖かったし、帰り道というテーマでこんなにアイデアが浮かぶのも驚きましたよ」
巽「でも今回選んだ作品はスタッフさんも一番怖いって言ってましたよね」
下野「もう夜寝る時に思い出しちゃってダメだったよ。さあ、ではそろそろ始めましょうか」
巽「はいー。では小林彰さんの作品で『助けてください』(あれ?こんなタイトルだったっけ?)」
下野(打ち合わせと違うけど続けていいの?)
スタッフ(・・・このまま続けてください)
「仕事が終わり僕は帰路についている。憧れて入った業界で最近は少しずつ仕事も任せてもらえるようになり充実感を覚えるようになってきた。しかし帰宅時間が遅くなる事が多くなり同居している恋人には申し訳ない気持ちもあり、せめてもの感謝の気持ちで彼女の朝食を用意してから寝るようにしていた。
ある日同じように深夜に帰宅した時玄関の扉が勝手に開いた。彼女が帰ってきた事に気付いて開けたのかなと思ったのだが玄関には誰もいない。不思議に思っているとスーッと何かが通り過ぎたの感じた。
その瞬間に鳥肌が立ち、急いで家に入り鍵を掛けた。ドアスコープを覗いてみるが誰もいない。きっと風だったんだろうと思い込むようにしてその日は酒を煽って強引に眠ることにした。
ただこの日から帰る度に同じ事が起きるようになり、その者の姿も段々と見えてくるようになった。時には下半身だけだったり、右半身が欠けていたりする。
見る度に欠けている部分は違うのだがその部分が少しずつ減ってきているような気がするのだ。
しかし、それ以上に大きな変化はすれ違う場所が家から離れてきていることだった。
最初は玄関だったのが交差点、立ち寄るコンビニの前、駅と変わってきている。ある時には向かいのホームにいるのを見るようにもなった。
そしてある時この身にも異変が起き始めた。身体が欠けていくようになったのだ。
ある時は左半身、ある時は上半身。それとすれ違う場所が職場に近くなるのに比例して奴の身体は満たされていき、この身は欠けていく。
だが同僚やラジオの司会を務める方達は誰も気付いてくれず相談しても『疲れているんだろう』と言われるだけだった。
顔までが欠けるようになった時、奴は職場にまで現れるようになり、存在が入れ替わってしまうのではないかと怖くなる。
それは現実になり始めた。僕と奴の行動時間が同じになったのだ。奴が誰の目にも映るようになると僕の意識は薄れてきて職場をフラフラするだけになっていた。
もはや誰も僕に気付く事はなくなり、家にいても彼女と奴が愛し合う様を見せつけられるようにさえなった。
だが最近になって視線を感じるようになった。ラジオの夏企画の打ち合わせで来ている人で何度か話した事がある。
名前は何と言ったかな?ああ、そうだ。声優の巽悠衣子さんだ。
助けてくれるのはきっと彼女だけだろう。僕は薄れる意識と身体を必死に動かしこの文章を書いている。
今日が企画の本番の日だから巽さんや下田さん、同僚たちに迷惑をかけることになるだろうが選ばれた小説と入れ替えさせてもらった。
最後に一言だけ。どうか僕を助け」
巽「えっ、これってどういう事!?」
下田「このまま続けて大丈夫なの!?」
スタッフA「収録を停止します!小林さん探してこい!」
スタッフB「さっきまでいたのにどこ行った!?」
出演者もスタッフも混乱する最中に収録ブースのガラスを叩く音がした。
そこには小林彰の死体が磔になっていた。