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序章

 「もう、別れようぜ」


 奴は突然、そんなことを言い放った。


 クリスマスが近かった。

 街を歩けばイルミネーションで満たされていて、赤と緑のコントラストで目が痛くなったほどだ。マフラーに鼻先をうずめてもツンとした冷気が入り込んでくる。


 薄く芝の張られたショッピングモール前の広場には、家族連れやカップルの姿がちらほら見られた。


 「正直、俺、彼女が欲しかっただけで、別に澄香のこと好きじゃなかったんだなって気付いた」


 淳弥(じゅんや)は平坦な声で続ける。彼がいまどんな気持ちなのかを読み取ることは難しかった。


 「こんな気持ちで付き合い続けても、澄香(すみか)に失礼だって気付いた。このままキスをして、その先もして。好きじゃない女と惰性的にするのは、何か違うと思う。

 引き返すなら今しかないって思ったんだ」


 「……そっか」


 不思議と、私は落ち着いていた。第六感というものは実在するのだろうか。


 彼の言い分は誠実そうに聞こえても、結局「何か違った」としか言っていない。身体の関係を持ってしまうと引き返せなくなるから、私に対して取り返しのつかない責任が生じてしまうから。


 逃げるなら今しかない。そういうことを言っている。


 「俺のことなんか忘れて、もっといい相手を探すんだ。こんな最低な奴じゃなくて、もっと上手くエスコートできるような奴を」


 「淳弥は最低じゃないよって言ってもらいたいの?」


 初めて淳弥の顔に変化が生じる。露わになった感情を見て、私は初めてほんのちょっと動揺することができた。


 「……ごめんなさい。許してくれとは言わない。俺のことは忘れてくれ」


 彼は踵を返す。

 えんじ色のマフラーも、今日のために用意したらしいブランドもののコートも、全部が冷たい風に吹かれてひらひらと翻っていた。


 クリスマス。高校二年生になって初めてできた恋人と迎えるクリスマス。それは特別なもので、お母さんもお父さんも自分のことのように喜んでくれた。


 今日は帰りが遅くなってもいいように、玄関の鍵は開けておくから。


 そう言った時のお母さんを思い出すのが、何故だか一番胸に堪えた。



 「だから男はクソ。女の子は女の子と恋愛すべき。男はお兄ちゃんはおしまいすべき」


 「よくある失恋で荒みすぎでしょ……」

 

 それから三年後。


 核心をついた発言をする系女子だった私はこんなんになってしまった。


 「いい、瑞穂。

 男はおしなべてクソだ。基本的にヤることしか考えてない。チンパンジーと人間のDNAは99%が一致すると言うが、恐らく奴らはそこから0.5%くらいチンパンジーに寄っている」


 「ジェンダーレスが叫ばれる現代ですさまじい発言するわね貴女……」


 ドン引きしているこの女は勘解由小路(かでのこうじ)瑞穂(みずほ)


 仰々しい苗字の通りいいトコのお嬢さんで、軽くウェーブの入った黒いミディアムヘアーや、身に着けているもの全てがハイセンスなブランドもので固まっていたりと、全身で生まれの良さを主張するストロングスタイルがウリである。


 彼女はゼミナールで教授から私をペアに指定されるという不運に見まわれた挙句、そのまま私とお友達になってしまうという不憫属性推しにはたまらない境遇にあった。


 まあ人がいいので何やかんやいい友達だが。


 「そもそも澄香さん、あなたこの話するの何度目よ? いい加減うんざりなんだけど」


 「悔しかったんだもん。私あんな平然と振る舞ってたのに実は死ぬほど緊張してたし」


 「知らないわよ……」


 「それに瑞穂、すごく優しいから。ついつい何でも話しちゃうっていうか」


 「っ。……。はぁ……」


 瑞穂は盛大に嘆息すると、フォークとスプーンを器用に使ってボンゴレパスタへと戻る。間違っても啜る音を立てない辺り、私とは生まれの時点からレベルが違うことがわかった。


 寮の食堂には人が余りいない。私と瑞穂はいつも利用客の少ない時間を見計らっていた。


 「そんなに初恋がトラウマなんだったら、さっさと次の恋をするなりなんなりして克服すればいいじゃない」


 「あははは。そんな相手がいたら苦労しないよ。瑞穂大丈夫?」


 「暴力が犯罪という法律があってよかったわね」


 「ごめんねぇ……瑞穂ぉ、私なんかと友達でいてくれてありがとねぇぇ……大好きぃぃ」


 「ちょ、はっ、離れなさいっ! いま食事中よ!?」


 食事中じゃなかったらいいのか。


 私は見ての通り見ての通りなので、男性からは避けられるのを通り越して忌避の域まで突入している。

 ゼミで一人ソシャゲしていると、入ってきた男子生徒からかけられた「うわぁ、十日市(とおかいち)いるじゃん」はかなり深い傷を私の心に残したくらいだ。あれは傷ついた。うっかりインスタにマイメロディまみれの自撮りを投稿しそうになった。


 つまり私は性格的に詰んでいるのだ。克服なんて夢のまた夢。


 そういう旨を説明すると、


 「……男性がダメなら女性にすれば?」


 「え?」


 「いやだから! 今は多様化の時代! レズゲイバイトランスクィア! あらゆる性愛嗜好の持ち主が自由に恋していい人類史上最も自由な時代じゃない!」

 

 家族の誰かがそういう思想の持ち主なのか瑞穂は力説する。


 「それに澄香さん、いつも女の子は女の子と恋愛すべきって言ってるでしょ?」


 「いやぁどう考えてもフラれた負け惜しみでしょ」


 「自分のことなのになんでそんな平然としてるのよ……。

 まあいいわ。私ね、思うの。澄香さんって男性への苦手意識以前に、そもそも恋愛に対して恐怖心を抱いているんじゃないかって」


 「うぅむ」


 確かに私には恋愛映画や青春ラブコメの広告を見かける度に鼻で嗤う童貞のような悪癖があった。瑞穂の分析は正鵠を射ている。


 「でも女性って……」


 「何も一生涯のパートナーにしろと言ってるわけじゃないわ。貴女に必要なのは恋愛に対して鷹揚になること。要は、普通のことだってちゃんとした認識を得られればいいのよ」


 「なんか瑞穂今日はやたら話してくるね」


 「え!? そ、そうかしら? ふふふ」


 勘解由小路(かでのこうじ)のとこの一人娘はお行儀悪くそっぽを剥いた。フォークの刃先はテーブルクロスを延々と巻き取っていた。


 「とっ、ともかく!」


 「うん」


 「私は澄香さんにもっと健全に! 前向きに生きて欲しいの! ずっと昔のこと引きずって生きるなんて、そんなの不幸じゃない……」


 「み、瑞穂……!」


 まるで自分のことのように目を潤ませる瑞穂。突拍子もない提案だったが、その根底には彼女の優しさで満ち満ちていることがありありと伝わってきた。


 私は彼女の手をがっしりと掴んだ。


 「わかった! 私やるよ! 過去のトラウマを乗り越えてチンギスハン並みのハーレムを形成する!」


 「いやそこまでやらなくていいわ。敵が増えるじゃない」


 なんかよくわからないことを言いながら瑞穂は席を立つ。私もペペロンチーノを食べ終わったので後に続いた。


 まあハーレム形成は冗談にしても、少し交友関係を広げてみるのもいいかもしれない。ちゃらんぽらんな私だが、流石にこの主義主張は学生時代しか許されないという自覚もあった。


 社会に出る際には人間としての資質を問われる。恋愛経験がなくても採用される例は数えきれないほどあるが、それでも人と深く関わった、あるいは関われる土壌があるというのが大きな武器であることには違いない。


 ましてやコミュニケーションが最重要視される情報化社会の極北。AIに負けないためにすべきこととは。


 「ひょっとしたら分岐点かも……」


 呟きは誰にも届くことはなく、閑散とした食堂に消えていった。

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