98 蒲桃ー11
「いや、ロクサーナそれは……」
「だってせっかくのデビュタントの夜なんですよ? お兄様と3曲踊って少しは自信が付きました。皆様だったらリードもお上手でしょうし、記念になると思うんですけど、だめですか?」
可愛らしくおねだりをするロクサーナ様だけれど、流石のバスキ伯爵も困ったように微笑むだけで頷きはしない。
「バスキ伯爵、もしかして3曲連続で踊ったのか? そうだとしたら噂通り仲がいいようだな」
「そうですよ。あたしのデビュタントだからってお兄様が3曲続けて踊ってくれたんです。その後に疲れただろうからって休憩させてくれて、その後にこちらにご挨拶に来たんですよ」
うわぁ、自分で3曲連続って暴露した。
そしてティオル殿下はバスキ伯爵に聞いているのであって、ロクサーナ様に聞いているのではない。
ロクサーナ様に冷たい視線を一瞬向けたティオル殿下は、バスキ伯爵を冷たい目のまま見据えた。
「ロクサーナ、王族の皆様はお忙しいんだ。貴重なお時間をわたし達が独占するわけにはいかないよ」
「そうなんですか? でも……」
ロクサーナ様はちらっとティオル殿下を見た後に他の男性王族に視線を向ける。
その視線に不快な気分がこみあげてくる。
「せっかくのデビュタントだから、思い出が欲しいです」
頬を染めて見上げる形でおねだりをする姿は、ヒロインらしく庇護欲をそそる可愛らしいものだ。
だが流石にこのおねだりはバスキ伯爵でも簡単に頷けるものではなさそうだ。
「ロクサーナ、あまり可愛いことを言わないでくれ。それに皆様と踊っている姿をわたしに見せつける気かい?」
そう言ってバスキ伯爵はロクサーナ様の耳元で小さく何かを囁いた。
その途端ロクサーナ様は驚いた顔をしつつも、すぐに笑みを浮かべて甘く蕩けるような笑みを浮かべた。
「お兄様ってばそんなことを言われたらお兄様以外の誰とも踊れなくなっちゃいますよ」
「それでいいじゃないか」
「もうっ。意地悪ですねお兄様。でも普通の令嬢はデビュタントではたくさんの人とお話をしたりダンスをしたりして社交を広げていくのでしょう? あたしもバスキ伯爵家のために社交を頑張らなくちゃ。だって、お義姉様は何も出来ないんですから」
するりと出た言葉に、事情を知るわたくし達の視線が冷えていく。
「ロクサーナ、確かにロクサーナはバスキ伯爵家の女主人としてよくやってくれているけど、あまり気負わなくていいんだよ」
「ダメです。あたしはお世話になっているバスキ伯爵家に恩返しがしたいんですから。まだまだ足りないですよ」
「そうか? ではあちらに行って他のかたと挨拶をしながらダンスの相手を探そうか」
「…………はい」
名残惜しそうに王族男子の皆様に視線を向けたが、声をかけられるわけでもなかったので、そのままバスキ伯爵と一緒に頭を下げた後離れて行った。
その背中を見送って誰ともなしに溜息を吐き出した。
「話に聞く以上に常識知らずなご令嬢ですね」
「ゾフィ、あのように言って勘違いさせたままにするのはどうかと思うよ?」
「だってアルバート、貴族言葉を知っていれば気づくと思うでしょう」
「それはそうだけどね。通じなかったんだからしかたがないよ。デビュタントが今日ということで、貴族言葉になれていないのかもしれない」
「ふん、バスキ伯爵家は何を教えているのでしょうね」
「男に甘える方法とか、家の人間に取り入る方法。いや、人を篭絡する方法かな?」
「前バスキ伯爵夫人がそんな事を教えたとは思えないので、家庭教師でしょうか? それとも天然で覚えてしまったのかしら?」
「厄介そうだ。なんせ人の物を平然と奪って当然のような顔で罪悪感のかけらも抱いていない。古典恋愛小説に出てくる女性主人公のようだな」
「あのような方が同学年にいるなんて、憂鬱な学生生活になりそうですわ」
「確かに、ボクや兄様は別の学年になるから接点なんてほとんどないけど、同じ学年になるジョセフとエメリアはそうも言っていられないのか」
呆れた口調でゾフィ殿下とアルバート様が話していると、エメリア殿下が心底嫌そうに呟き、ゲオルグ殿下が気の毒そうな視線を向けた。
暫定ヒロインのロクサーナ様はこのままヒロインと決め打っていいのだろうか。
ジョセフ様に視線を向けると、ちょうどわたくしを見たようで視線が合わさってお互いに小さく頷いた。
身体的特徴や雰囲気、言動を考えてロクサーナ様がやはりヒロインだとジョセフ様も思ったようだ。
ん? そうなると今しがたティオル殿下とゲオルグ殿下はダンスの誘いを断ったことになる。
2人のルートは消滅したと考えていいのだろうか。
義兄はここにはいないがずっとダンスの申し込みを断っているので、ロクサーナ様の申し込みを特別受け入れるとは思えない。
弟はどうだろうか? 他の攻略対象者は?
ロクサーナ様につけている精霊は相変わらず交代で、それでいて気まぐれに様子を知らせてくる。
どうやらバスキ伯爵は当主になった挨拶回りついでに、今後は動けない夫人に変わりロクサーナ様がバスキ伯爵家の女主人として女性の社交にも参加すると話しているようだ。
突然の当主交代の理由を知らない貴族は、今夜社交界デビューをするロクサーナ様に優しく声をかけている。
噂を聞いて何となく事情を察している貴族は面白そうにバスキ伯爵とロクサーナ様に探るように話しかけ、事情を正しく知っている人々は短い挨拶だけしてすぐに2人の前から離れて行くようだ。
厄介な家に関わり合いになり、自分達が巻き込まれないようにするためだろうが、そういった家は高位貴族が多く、バスキ伯爵家としてはうまく交流をしておきたい家だろうからダメージは相当なものになっているはずだ。
ロクサーナ様は社交をすると宣言したように、挨拶をしている人々に愛嬌を振りまき、愛らしい令嬢の印象を植え付けているようで、同年代の子息の中にはロクサーナ様に既に興味を抱き始めている者も居る。
事情を知らない、もしくは中途半端に知っている者にとっては庇護欲をそそる存在になるかもしれない。
ただ、令嬢達はその様子をしっかりと観察しているし、既婚の義兄にぴったりとくっついている様子を見て、ブラコンにしても関わると厄介ごとがありそうだと本能で察しているのか、対応にも距離を置いているようだ。
事前に噂が流れているにしても、流石当たり年で教育を受けているだけあり、危機察知能力が高い令嬢が多いようだ。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。




