96 蒲桃ー9
すっかり王族席で落ち着いていると、両親が来て陛下達に挨拶をした。
「先ほどは驚きましたが、ベアトリーチェが納得のいく結果になればこちらとしては何も申しません」
「そうか、そう言ってくれると助かる」
「しかし、そうなるとリゼンは魔術師団総帥を引退ですかね。ジェフリーもせっかく騎士団長になったというのに、短い任期でしたな」
「いや、王妃や側妃の親族が重要役職につけないというのは宰相や大臣職だからな、魔術師団と騎士団は大丈夫だ」
「そうですか? ベアトリーチェになにかあったら2人ともすぐに辞任すると思いますよ」
「うむ、心にとめておこう」
お父様、王太子妃教育とか公務の手伝いとかでわたくしを酷使したら叔父と義兄を引き揚げさせるって脅したな?
「王妃様、ベアトリーチェの事をお願いしますわ。わたくしも出来る限りの教育はしておりますが、王太子妃の物となるとまた違いますもの」
「大丈夫よ、ベアトリーチェは優秀だもの。いまだって国内のマナーと周辺諸国それぞれのわずかなマナーの違いをおさらいすれば大丈夫だと思うわ」
「公務も教えるのは大変だと思いますが、王妃様も無理なさらないでくださいませ」
「ベアトリーチェはあのS.ピオニーの代表者よ。その処理能力は証明されているわ。ただ、王太子妃になったらそちらの方にまでなかなか手が回らないかもしれないわね」
「まあ、ベアトリーチェの趣味を奪う気なのですか? まさか王妃様ともあろうかたがそのような事はなさいませんわよね?」
「ベアトリーチェが王太子妃になったらすぐにでも側妃を決めれば問題ないわ。婚約者のうちは公務の手順を教えはするけど、実際に公務をすることはないもの」
「まあ、そうですか。けれども先ほどティオル殿下があのような事をおっしゃいましたし、側妃に名乗りを上げるご令嬢が何人いるのか心配ですわ」
「ベアトリーチェには頼りになる友人が多いからその心配はしていないわ」
お母様と王妃様の牽制合戦が怖い。
「僕はまだベアトリーチェ嬢に求婚していないんだがな」
「何を言っているんですか兄様。大勢の貴族の前であんな演説をして、本人に正式に求婚していなくとも、実質公開プロポーズです」
「しかもベアトリーチェお義姉様はティオルお兄様の想いを受け入れるとおっしゃいましたわ。以前より望まれていたカップルの誕生ですもの、周囲だって先回りをして動きますわ」
「余計なおせっかいという言葉を理解してもらいたいものだ」
「ティオル、貴方は王太子になるのですよ。何か言われる前にその意を汲んで周囲が動くのは当然です。ベアトリーチェ様だってこの状況に混乱しているはずなのですから、貴方がまずすべきことはベアトリーチェ様にフォローを入れる事ではありませんか?」
ゾフィ殿下に言われて気づいたようにティオル殿下がわたくしを見てくる。
いやっ今急に視線を合わせられると恥ずかしいんだが!?
「すまないベアトリーチェ嬢」
「いえ、わたくしの事はお気になさらないでくださいまし」
「そんなことできるわけがないだろう」
「そうですか」
慌てたように立ち上がったティオル殿下がわたくしの前に跪いて手を取った。
顔には出さないが、一瞬だけ取られた手がびくりと反応してしまった。
「まだその資格はないが、ベアトリーチェ嬢の隣を許されるように必ず君が誇れるような王太子になろう」
「はい」
真剣な眼差しに何度目かわからないが顔に熱が集まってくる。
手を重ね、無言で見つめ合うわたくし達を周囲が生ぬるい視線で見ていることにも気づかず、ただ時間が過ぎていく。
「コホン」
不意に咳払いが聞こえてティオル殿下がわたくしの手を取ったままそちらに視線を向けたので、わたくしも視線を向けるとアルバート様とジョセフ様が苦笑しながらこちらを見ていた。
「ティオル、嬉しいのはわかるけど周囲がいたたまれないから、いちゃつくのは後にしようね」
「いちゃついてなんかないぞ」
「はいはい、自覚がないって言うのも困りものだ」
アルバート様に言われてティオル殿下が渋々と言った感じにわたくしの手を離して立ち上がった。
「アルバート兄さん、もしかしてベアトリーチェ嬢にダンスを申し込みに来たのか?」
「まさか、今夜は誰とも踊るつもりはないよ。流石にヘルジアン王国に行ったら婚約者以外とも踊る事になるだろうけどね」
「それは……」
「なに、私だってルーンセイの王族として義務ぐらい果たさないといけなさそうだから、覚悟は決めているよ」
やはり婚約者以外の王族の血を引く女性と関係を持つことを前提とした婿入りなのか。
そう考えてアルバート様を見ると、視線が合ってにっこりと微笑まれた。
どこか作り物めいた笑みは少しだけ胸が痛む。
「せっかくなんだし、2人でダンスを踊ってきたらどうだい?」
「いや、途中で切り上げたとはいえ、それでは2曲連続で踊る事になる」
「何か問題があるの?」
「まだ求婚すらしていないのに、ベアトリーチェ嬢に迷惑が掛かってしまうだろう」
僅かに頬を赤らめて言うティオル殿下に思わず胸がときめいた。
「迷惑って……あれだけのことを言っておきながら今さら何を言ってるんだか……」
呆れたようにいうアルバート様は苦笑を浮かべた。
その時――。
「若き王族の皆様にバスキ伯爵家当主がご挨拶申し上げます」
段の下からそう声がかけられた。
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