94 蒲桃ー7
特定の相手以外に体を許さなくなる魔術は存在する。
貞淑の魔術とも言われているが、一度施してしまえば解除方法はなく、正式名称は番の魔術。
過去に自身の愛を貫くためにあえてその魔術を施した王太子は存在する。
それでも、よりよい血を多く残す必要がある存在には、施すことを推奨していない魔術だ。
何が厄介って、相手が死亡しても解除されないことだろう。
でも番の魔術とはいえどちらにも影響があるわけではなく、施され対象のみに発動する魔術だ。
相思相愛であるのなら互いに魔術をかけるのだが、片思いの場合はある意味隷属の証として自ら施す者も居る。
ティオル殿下の場合はこれに該当するかもしれない。
いや、わたくしも望まれたら番の魔術を受けてもいいのだが、うーん……。
「ティオル、何を言っているんだ?」
「僕はたった1人、ベアトリーチェ嬢だけを選び続けます。公務をする側妃は丁重に扱いますがそれだけです。もちろん愛妾などという性欲のはけ口や偽りの癒しを求める気などありません」
いや、愛妾に癒しを求めるのは別に偽りと言うわけではないが?
「むしろベアトリーチェ嬢以外の肌に触れるなんて、気持ち悪い。肌を重ねるなんて想像しただけで気分が悪くなると言うか吐きそうです。それに薬を盛られてもベアトリーチェ嬢以外に反応なんかしませんよ」
「……あー、……いや、その、なんだ……ベアトリーチェ」
「はい」
「なんというか……気持ち悪い息子ですまない」
「……いえ」
陛下が申し訳なさそうに言っている横で、王妃様が残念なものを見る目でティオル殿下を見ている。
ゾフィ殿下はわたくしを可哀そうな目で見て来るし、エメリア殿下は気まずそうな視線を送ってくれている。
ゲオルグ殿下は呆れたようにティオル殿下を見ているし、ジョセフ様は「どうするんですか?」とでも言いたげに見てくる。
アルバート様はにこにこと笑みを浮かべて満足そうだが、どうするんだ、この状況。
というか、ここまで言ってしまったら求婚していいかという許可を求めているというか、公開プロポーズのようなものだろう。
普通に恥ずかしいんだが?
驚いて赤みの引いていた頬に再び熱が集まってきてしまう。
「兄様、それではベアトリーチェ嬢に求婚しているのと同じではありませんか?」
「ベアトリーチェ嬢に求婚するのは王太子に選ばれてからだと決めている」
「そうですか……あの、ベアトリーチェ嬢」
「はい、ゲオルグ殿下」
「えーっと、正直なんというか、その……これって努力でどうにかなる問題ですかね?」
わたくしに言われても困るんだが?
「努力とは確実に身にはなりますが、報われる保証はございませんわ」
「そうですよね、あー……うん。いや、えー? ベアトリーチェ嬢のここ最近を含めた様子を考えて、努力の方向を変えたほうが報われる……かぁ?」
ゲオルグ殿下、混乱してるな。気持ちはわかる。
「うーん、正直ここまでというのは……えー? あー………………あー……、陛下」
「なんだ?」
「ボクも便乗していいですか?」
「な、なにをだ?」
「いや、正直ボクだけでも最後まで努力しようと思ってたんですよ、うん、本当にそう考えてました」
過去形になってるな。
「ゲ、ゲオルグ? ちょっとまて、落ち着け、冷静になれ」
「いや、無理でしょう。新年祭の演出にするにしても無理があるでしょう。なんだったら今ここで兄様が行った演出で十分じゃないですか? ボクの今後を考えると、無駄に虚勢を張って努力し続けるより、潔く便乗して他の方向に努力したほうがいいに決まってます」
「いや、そうなるとなエメリアが」
「あらいやですわ。こんな状況であたくしだけ置き去りにされるつもりはございません。陛下、あたくしも便乗いたします。といっても婚約者が決まっていない身でございますので、陛下には一日でも早くこの国の益になる相手を見つけていただきたいですわ」
「エ、エメリア!?」
……どういう状況だ? いや、なんとなくはわかるが、わかりたくないと言うか……。
「あたくしだって無駄に地位にすがって醜態をさらすようなことをして、未来の相手の不興は買いたくございませんわ」
「だ、だがこの問題は議会で念入りに話し合う必要があってだな」
「そんなことをしている間にベアトリーチェ様が待ちくたびれて心変わりしたらどうなさいますの?」
「うっ……」
なんでわたくしを巻き込むんだ!? いや、今更だけど。
「ベアトリーチェ」
「はい、王妃様」
「こんな気色の悪い子だけど、想いは本気なのよ……気色の悪い子だけど……」
2回も言うほどか……。
そもそも王妃様はわたくしにどちらかの王子殿下に嫁いでほしかったんじゃないのか?
それなのに気色悪いとか言って大丈夫か?
「盛り上がっているところよろしくて?」
なんだか重大発表の前にとんでもないことになっているな。
いつの間にか音楽も止まってるし、と思ったところでゾフィ殿下が困ったように口を開いた。
「なんだ、ゾフィ」
「皆様盛り上がっていらっしゃるけど、肝心のベアトリーチェ様がティオルの気色悪い想いを受け止めるかわからないのではありませんか? いくらベアトリーチェ様が精霊姫と呼ばれるほどの精霊魔法の使い手でも、王家の、王太子になった者からの求婚を断る事は難しいでしょう。強引に婚約させられた挙句、番の魔術まで使われるなんて、同じ女性として気持ちが伴わなければ絶望して自死を考えます」
ゾフィ殿下の言葉に全員の視線が一気にわたくしに集中した。
「ベアトリーチェ……その、いや、ま、まだ決定とは言えないがな、その、大丈夫そうか?」
控えめに言う陛下の姿がなんだか可哀そうに見えてきた。
「わ、わたくしは……その、ティオル殿下の想いを……」
受け入れるとここで宣言して大丈夫か?
他の貴族も聞き耳を立てているこの場で行ってしまえば撤回は出来ない。
この後にヒロインがティオル殿下ルートを選んだら、世界の強制力が働いてしまったら……わたくしは……。
「その……」
喉が渇いていく。
悪役令嬢になってひどい末路を迎えたくない。
「わたくしは……ティオル殿下の想いを……」
未来はまだ確定していない。
だからこそ、怖い。
喉が渇いて声がうまく出せない。
このわたくしがこんな無様を見せるなんて、こんなの……。
「っ!」
「ベアトリーチェ嬢、僕はまだ王太子として認められたわけじゃない。だからそもそも申し込みをしていない事柄に返事などしなくていい」
「ぁ……」
安心させるようなティオル殿下の声にぐっと手を握りこんだ。
まだ、未来は決まっていない。
いままで逃げるために入念に準備をしてきた。
この場で放った言葉を撤回出来なくとも、いざとなったら逃げだすことは出来る。
悪役令嬢になる前に、このあとヒロインがルートを選んで世界の強制力が働くとわかったその時は、逃げてしまえばいい。
そう考えてのどを潤すために無理やりつばを飲み込む。
「わたくしは、ティオル殿下がわたくしを想ってくださる限り、その想いに応えたいと思いますわ」
声に力を込めて言うと、前方にいる王族も、背後にいる貴族達も「おぉ」とざわめいた。
「ベアトリーチェ、それはまことか?」
「はい陛下。ティオル殿下のお心が変わらない限り、わたくしはその想いに応えたく存じます」
はっきり、そしてまっすぐに陛下を見て言うと固く握りしめたわたくしの手をティオル殿下が掬い取る。
「ベアトリーチェ嬢、ありがとう。一日でも早く君に求婚できるよう、王太子に認められるようどんなことでもしてみせる」
「はい」
うっとりと目を細められて言われたその言葉に、わたくしは頬を染めて笑みを浮かべた。
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