82 虫捕撫子ー6(女神官視点)
「次男の話になりますが、ロクサーナ嬢は本当の妹のように可愛いと思っているし、感謝していると言っていました」
「感謝ですか?」
「ええ、ロクサーナ嬢のおかげで欲しいものが手に入ったと言っていましたね」
「欲しいもの? 手に入る、ではなく手に入ったですか?」
「自分だけの家族が手に入ったと言っていました。正直言ってその言葉を発した時はうっとりとした目をしていて少し不気味でしたね」
「自分だけの家族ですか……。ロクサーナ嬢と結婚する可能性があるとしても、手に入ったと完了形で話すのはなんだかおかしいですね」
「それから、父親と兄のことなんですが、昔は憎しみすら感じていたけれども、現在は望みが叶ったので感謝の意を感じてすらいるそうです」
「その感情の変化も気になるところですね。まあ、成長することで家族に対する感情が変わる事はよくありますし、家族間の感情が良いものに越したことはありません」
「感謝をしているのは父親と兄、そしてロクサーナ嬢に対してだけのようです。母親に対しては特に何も思っていないようで、早く領地に行って療養すればいいのではと突き放した感じでしたね」
「病の後遺症に苦しむ母親に対して随分とひどい対応ですね。確かに見舞いには全く行っていないようですが、それにしてもまるで早くいなくなって欲しいような言葉は、調査に対して協力するために嘘偽りなく話していると考えても感心できません」
関心がない、もしくは早くいなくなって欲しいと思っているから夫人のお見舞いに行かないのであれば、頻繁にアナシア様の見舞いをしているのはどういう感情を持ってなのだろうか。
「アナシア様については? 頻繁にお見舞いにいっているようですが……」
「次男の話によるとアナシア様とは魔術学院の同級生で、兄と婚約する前から親しくしていたそうです。ただ、自分は次男で継ぐ家もないのでアナシア様を妻に望むことは出来なくて悔しい思いをしたそうですよ。実際に兄嫁になって家族となった時は複雑だったそうです」
「過去形なんですね」
「今はアナシア様の傍にいるのは自分だけで、お腹の中の子供も含めて守っていかなければならないと、やりがいを感じていると言っていましたね」
「聞いているだけだと立派な志に聞こえるのですが、何か違和感を抱いてしまうのは私だけでしょうか?」
私がそう言って全員を眺めると、皆同じ事を思っているのか何とも言えない顔をしている。
家族へ簡単な聞き取りをしただけで感じるこの違和感はいったい何なのだろうか。
最大の問題点とされたロクサーナ嬢への虐げはなさそうではあるが、まっとうな家族とは思えない。
ロクサーナ嬢を養女にするにあたり、家族仲や人柄についても調査され、問題ないと判断されたからこそ引き取る資格を得られたはずなのだが、時が経って変わってしまったのだろうか。
「今回の調査は王家から影も付くとのことです。精霊使いの同行が叶わなかった以上、影からの情報は得難いものになるとはいえ、それに頼りきりになるわけにもいきません。明日からは使用人にも聞き取りを行いましょう」
「精霊喰いの結界がどうして発動されているのかについても調査しなければいけないからな」
「本来なら、ロクサーナ嬢が虐げられていないことが確認できれば調査は完了なのですが、バスキ伯爵家はどうにもきな臭いと言うか、放置してはいけない気がします」
「そうだな。家の事情には深く立ち入るものではないが、この国の貴族として真っ当ではなさそうな雰囲気がする」
「法を犯すようなことが発覚しなければいいのですけどね」
「精霊喰いの結界は邪法ではあるが禁術ではないから、たとえ発動が確実なものであっても違法にはならないよ?」
「それはそうなのですが、どうにも今回の調査は厄介ごとの予感しかしません」
深くため息を吐き出すと、一同複雑そうな遠い目をしてしまった。
その後今後の調査方針を改めて話し合い、ロクサーナ嬢が虐げられている可能性がほぼなくなった以上、使用人にバスキ伯爵家族の詳しい事情を聞きつつ、精霊喰いの結界について調査していく事になった。
調査中屋敷に滞在する私達でローテーションを組みロクサーナ嬢の傍にずっと張り付くのも予定に組み込む。
ほとんど可能性はないとはいえ、ロクサーナ嬢が虐げられていないという確実なものがないからだ。
ロクサーナ嬢が嘘をついているようには見えなかったが、家族が一時的に演技をしているかもしれないから念には念を入れなくては調査として意味がない。
夫人とアナシア様に状況を聞くことが難しいのが手痛い。
「領地から呼び寄せた医師という人に連絡が取れて診察記録を確認出来ればいいのですが……」
「たとえ一時的に診察をしていたとしても、社交界デビューを見送るほどに体調不良が続いていたとなると、今後も再発の危険性を考えてかかりつけの医師と連携を取るのが常識なんですけどね」
「夫人の病状だって記録がないという事は引継ぎをしていない可能性が高いですね。投薬治療などはしていないのかもしれませんし、麻痺を治すためのリハビリ行為もしていない可能性がありますね」
「まるで夫人に関してはこのまま治らずに領地に引きこもって欲しいと思っているようにすら感じるな」
その考えを否定できる要素が今のところ見当たらない。
ロクサーナ嬢は夫人の見舞いに行ったりと気にかけているようだが、他の家族があまりにも夫人に対して無関心すぎる。
それで言えばアナシア様に対しても、3人目を妊娠しているというのに次男以外あまり気にかけているように感じない。
いや、ロクサーナ嬢は気にかけているかもしれないが、仲がよさそうとは思えない。
そもそも、4か月前に子供が生まれたばかりなのに妊娠4ヶ月ほどと言うのがおかしい。
この家には隠されたものがある事は間違いなさそうだが、それは果たして私達だけが調査してどうにかなるものなのだろうか。
本来の調査内容はロクサーナ嬢が虐げられていないか、精霊喰いの結界が本当に発動されている場合誰が発動しているのか、目的は何なのかなのだが、それだけでは収まらない気がしてくる。
事前調査ではバスキ伯爵は領主として問題もなく一年の半分以上を領地で過ごしている。
嫡男も後継ぎとして働きつつも王都に常時残り社交をうまくこなしているとあったが、実際の内情は随分と違うと言うか、外に見せない家庭の事情が複雑すぎるのではないだろうか。
もちろん貴族なのだから、表に出していない裏事情を抱えるのはおかしくはないのだが、それでもバスキ伯爵家は厄介そうだ。
話し合いを終えて滞在する女神官と女騎士以外は一度帰宅することになった。
私達も用意された各部屋に戻った後、夕食まで部屋に待機しているメイドや、屋敷の中を回って他の使用人にも話を聞いたが、ロクサーナ嬢を虐げているというような発言は何一つ聞くことはなかった。
むしろバスキ伯爵と嫡男に大切にされており、幼い2人の子供からも慕われているという話を何人からも聞いた。
気になったのは、「子供はやっぱりわかるものなんですね」という発言をある1人のメイドがしたことだ。
すぐに他のメイドに窘められて口を閉ざしたが、どういう意味だったのだろうか。
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