81 虫捕撫子ー5(女神官視点)
「バスキ伯爵達男性陣の話はどうでした?」
話を振ると担当した神官や騎士が微妙な顔をした。
誰から話すべきなのかと視線を交わしているようだが、少しして騎士の1人が口を開く。
「まずはバスキ伯爵の事から話そう。領地にいることが多いせいか、家の事については嫡男であるロベルト様に聞いてほしいというのが大半だった」
「それはそうなってもおかしくはありませんね」
「ただ、ロクサーナ嬢を大切に思っているのに嘘はないように感じる。いや、むしろ大切にしすぎているんじゃないだろうか」
「溺愛しているというとですか?」
「そうとも言えるが、なんというんだろうな……執着のようなものを感じた」
「どういうことでしょうか?」
「具体的にこうだとは言えないが、そうだな……少なくとも養女とはいえ娘に向けるような感情には思えなかったな。執着、と言えばいいのだろうか……」
まだ少し話をしただけなので具体的なことが分からないのは仕方がないが、それでも形容しがたい執着のようなものを感じ取ることが出来たというのは、ロクサーナ嬢を溺愛しているというよりも厄介かもしれない。
「それから夫人や他の家族に対する感情だが、ひどく希薄だな」
「以前は仲睦まじい家族だったと報告にありますが? まあ、人前では演技をしていた可能性もありますけどね」
「応接室では少なくとも嫡男との仲は良好かもしれないと思っていたんだが、嫡男に対しては跡取りとしてしか見ていないようだ。だが、どこか連帯感があるような雰囲気も出していたな。いずれバスキ伯爵家を背負っていく者としてそういった感情を持っているのかもしれないが……」
「どこか違和感があると?」
「ああ、これもうまく言葉に出せないが何かが引っかかる」
「夫人やアナシア様については何か言っていましたか?」
「夫人についてはもう状況が良くなることはないから、ロクサーナ嬢が社交界デビューをしたら領地の別邸に療養させようと思っているらしい」
「領地での療養自体は、後遺症が出てから時間が開いていますが、おかしな判断ではありませんね。領地の本家ではなく別邸でという部分に引っかかりは感じますが……」
「アナシア様については、よく役に立ってくれていると言っていたな」
「それはいずれ跡取りになる子供を出産、そして今も妊娠しているからですか?」
「そうだろうな。アナシア様の実家に現在のアナシア様の状況を話しているのかと聞いてみたんだが、1人目の妊娠中からほとんど連絡は取っていないらしい」
「なぜです? あのように気鬱な状態になっているのであれば、実家の方が動いてもおかしくはないでしょう? 手紙のやり取りすらしていないと?」
「いや、何度か実家の家族が見舞いに来ているそうなんだが、気鬱が酷く何の反応もしない状態だったと聞いていると言っていたな」
気鬱が酷く何の反応もしないというのも気になるが、少なくとも見舞いに来ていた家族の中に男性がいても取り乱さなかったのなら実家の家族なら平気なのか、その当時は取り乱すようななにかが起きていなかったという事だろうか。
3人目の妊娠について実家の方からアクションがなさそうな事も気になる。
こちらに関しては嫡男か次男……いや、使用人に詳しく話を聞いたほうがいいかもしれない。
「次男に関しても話を聞いたが、好きにすればいいという感じだったな。ただ……」
「ただ?」
「いずれは敷地内に別邸を建ててそこに住まわせるつもりらしい」
「嫡男のサポートをさせるという事でしょうか?」
「というよりも、感じ的にはロクサーナ嬢と結婚させて家に残すために使おうとしているように聞こえたな」
バスキ伯爵がロクサーナ嬢を溺愛もしくは執着しているのであれば、家に残すために実子と関係を持たせるのはある意味納得がいく。
次男とロクサーナ嬢がその事を了承していれば問題はないが、ただ手元に置いておきたいというだけで望まぬ結婚になるとしたら辛い生活が待っているかもしれない。
「嫡男のロベルト様の話しだが、ロクサーナ嬢をひどくかわいがっているのが言葉の端々から感じられました。逆にアナシア様に対しては興味があまりなさそうです。政略結婚と本人が言っていましたから、子供だけは作って愛情はまた別物と考えていてもおかしくはありませんけどね」
「婚約中の時期も含め、社交界に揃って出ている時は仲睦まじかったと報告にありますが、演技だった可能性が高いという事ですか」
現在も1人で社交界に出てアナシア様の事を聞かれても出産後体の調子があまりよくないので、社交界に出るかどうかは本人に任せていると言っているようだし、体を気遣っているというよりは興味を持っていないと考えたほうがよさそうだ。
「家の事についてはロクサーナ嬢がうまく回してくれていて満足しているようです。アナシア様のご実家の関係者は時折お見舞いに来ていたそうですが、3人目を授かって以降はまだ見舞いには来ていないと言っていましたね」
「3人目を妊娠している事は伝えているという事ですか」
「そのようですが、出産後すぐにまた妊娠して体の調子が思わしくないので、刺激を避けるために安定期に入るまで見舞いは遠慮して欲しいと伝えているそうです」
「なるほど」
「夫人についてはバスキ伯爵との間で、ロクサーナ嬢の社交界デビュー後は領地の別邸で療養すると話がついているので、特に思う事はないと言っています。次男についてはもっと頭が回ると思っていたが、想像以上に考えなしでがっかりしているけれど、役には立つので今後も家に置いておくと話していましたね」
自分の弟をそんな風に言うとはどういう心境なのだろうか。
確かに騎士団に入った当初は期待されていたが、現在功績といったものは上げることが出来ていない。
もっと立ち回りよく騎士として動くことを期待していたけれども、想像と違って失望しているのだろうか?
しかし役に立つというのはどういう事だろうか。
バスキ伯爵が言ったようにロクサーナ嬢と結婚させてこの家にとどめておくために利用できるという判断だろうか。
その場合嫡男もロクサーナ嬢に特別な思い入れがあり手放したくないと考えているという事になるが、まだ確実な事は言えないので調査を進めていく必要があるだろう。
「子供については何か言っていましたか?」
「それはもう大層な可愛がりぶりを見せつけてくれましたよ」
政略結婚とはいえ、自分の子供はやはりかわいいという事だろうか。
「アナシア様は子育てが全くできない状況だけれども、雇っている乳母とロクサーナ嬢がとてもよく面倒を見ているので何の心配もしていないそうです。ロクサーナ嬢と一緒にいる姿は本当の親子のようで、見ていると仕事の疲れが吹き飛ぶようにすら感じると幸せそうに話していましたね」
「ロクサーナ嬢の話しでも子供もロクサーナ嬢に随分と懐いているようですよ」
「それ自体はいいことだとは思いますが、アナシア様の事を思うと複雑ですね」
騎士の言葉に頷くしかない。
アナシア様の事を考えなければ義理の甥の面倒を見ている素晴らしい家族なのだが、いかんせん母親のアナシア様の状況が良くない上にロクサーナ嬢を母親と勘違いしているのであれば、アナシア様が回復した時にショックを受けて気鬱が再発してしまうのではないだろうか。
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