80 虫捕撫子ー4(女神官視点)
話を聞けば聞くほどロクサーナ嬢が虐げられているようには感じない。
こうなってくると今まで社交界デビュー出来ていないのは本当にタイミングが合わなかっただけなのだと思えてくる。
「話は変わりますが、勉強についてはどうですか? もちろん家庭教師にも後で話を聞きますが、まずはロクサーナ嬢の感想をお聞きしたいです」
「勉強ですか? 特に問題はないと思いますよ」
「教師に勉強の進み具合について何か言われたことはありますか?」
「うーん、特にありません。そもそも体調を崩すようになってからは家庭教師はついていませんから」
「ついていない?」
「はい、体調を悪くしたせいか魔力にも乱れが出ていましたし、お父様やロベルトお兄様も無理をして勉強をする必要はないと。勉強なら魔術学院に入ってから遅れている分を取り戻せばいいと言ってくれましたから」
気になるところはあるが、おかしなことを言っているわけではない。
15歳になって社交界デビュー後に魔術学院に入り、一部を残して家庭教師を辞めさせて魔術学院で知識を学ぶ貴族は多い。
魔術学院に入って改めて自分の能力にあった家庭教師を雇うことはよくある。
「なるほど、お話ししてくださりありがとうございます。また何か聞くことがあるとは思いますが、その時はよろしくお願いします」
「もちろん、いつだって協力させてもらいますね」
これで話はいったん終わりと立ち上がって礼をしてから部屋を出ていく。
メイドに案内された客室は整っており、おかしな仕掛けをしている様子もない。
少し時間を置いたところで、早めに帰ってきたという次男との話を終えた者も交え、いったん別れた他の調査員と情報をすり合わせる事になった。
「夫人に関しては話の通り声も出せないし手も動かないから、話を聞くどころじゃなかったよ」
「お付きのメイド達に話は聞かなかったんですか?」
「聞いてみたけれども、どうも病に倒れた後に新しく付けられた者ばかりのようで、古参のメイドは領地に帰されたり、担当が変わったりしたそうで出てくる話はどれだけ夫人の容体が悪いかと言うものだったね」
「夫人にこちらから質問をして視線で返事をしてもらう事は出来ませんでしたか?」
「試してみたけれども反応がなかった。ただ、バスキ伯爵と嫡男の話をしたときは目つきが鋭くなったかな」
「鋭くなった、ですか……。ロクサーナ嬢はお見舞いに行くと睨まれると言っていましたが、バスキ伯爵や他の家族が夫人を見舞ったりはしているんですか?」
「メイドの話しでは次男はまったく見舞いに訪れないんですって。バスキ伯爵と嫡男はほとんど訪れないし、訪れても様子をメイドに確認するとすぐに戻ってしまうそうよ」
調査では夫人が社交界から遠のくまでは仲睦まじい家族であると報告にはあったけれど、人前でのみ仮面を被っていたという事なのだろうか?
それにしてはロクサーナ嬢には優しく接しているようだし、病気になったことをきっかけに関係が変わってしまったのだろうか?
「アナシア様はお見舞いに行かないのですか?」
「そのアナシア様だけど、妊娠して気鬱になっているだけとは思えない状態だったわ」
「どういうことです?」
「最初は気鬱が酷くて生気が無いように見えたのだけど、一緒に行った彼を見てひどく取り乱したの」
そう言って神官の1人を見て微妙な顔をした。
特に強面と言う人ではないし、どちらかと言えば人を安心させるような柔和な顔つきをしている。
体格が良く威圧的と言うわけでもないのだが、取り乱した原因はなんだろうか。
「その取り乱し方も、怯えてると言うか拒絶していると言うか、彼がというよりは男性が怖いと感じているように見えたわ」
「男性が怖いというのも難しい状況ですね。もともとは社交界にも積極的に顔を出していたようですし、以前からそのように男性に恐怖心を持っていたわけではないでしょう。夫である嫡男には恐怖を抱かないという可能性はありますが、子供を2人も産んで今も妊娠している状況で、男性を恐怖するなんてどういうことなのでしょう」
「アナシア様は取り乱してしまったので話が聞けなくてね、代わりにメイドに話を聞いたのだけど、義父であるバスキ伯爵はもちろん、夫である嫡男も見舞いにはこないそうなの。見舞いに訪れるのは次男とロクサーナ嬢だけなんですって」
「次男は恐怖の対象ではないという事ですか?」
「いいえ、その逆。次男の姿を見ただけで恐慌状態になるそうなんだけれど、それでも次男はお見舞いを止めないそうよ。3人目を妊娠する前から次男はよくアナシア様を心配して訪れていたそうだから、メイド達も複雑な心境みたいね」
「ふむ……。ロクサーナ嬢がお見舞いした時はどうなんですか? 以前は睨まれたり罵倒されたりしたけど、今は無視されていると言っていました」
「間違ってないみたい。ロクサーナ嬢がお見舞いしてもアナシア様は何の反応もしないそうよ。本人が居る時はね」
「というと?」
「帰ったとたんに声も上げずに泣くんだそうよ」
夫人とアナシア様の状況を聞くだけでも、仲睦まじい問題のない家族とは言えないことが確定した。
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