8 胡蝶花ー7
「マダム・スカーレット、わたくしは必要な時に必要な事だけをすればそれでいいのですわ。本来なら今度の王妃様のお茶会にだって目立った格好をしたくないのですもの。お店の商品の宣伝のため必要だからするだけであって……」
「次の商品だってマスターが自ら広告塔になってお店の商品を宣伝する良い機会でございます!」
「なにか新しいデザインを思いついたのかしら?」
「はい、マスターにお似合いだと思えるデザイン画を20点ほどお持ちいたしました」
「……そう。お母様はそれをもう見ていますのよね?」
「ええ、どれも素晴らしいから貴女の好みで選ぶといいですわ。なんだったら布地を変えて全部作ってしまってもよろしいですわ」
そんなにいらないし、作ったからには無駄にできないもったいない精神があるので、その分社交関係に出席しなければいけない。
宣伝のためとは言ってもそれは面倒だし、下手にティオル殿下と遭遇して関係が進展するのも避けておきたい。
「流石に全部は作りませんわ」
「そう? それは残念ですわね」
お母様は社交好きなので夜会やお茶会に出るのに抵抗がないため、招待状を貰えば都合がつく限り出席するようにしている。
もちろん自分で主催することもあるが、出かけるほうが好きなように感じる。
「ではマスター、早速ですがデザイン画を見ていただけますか?」
「その前にこの布地の海はなんですの?」
「そう、聞いてくださいまし! 製布部門から新しい色染めに成功したとサンプルの反物を色々預かってきました。ご覧ください、マスターがおっしゃっていたコショク染めのバリエーションが増えました」
「確かに今までにはなかった色ばかりですけれど、一気に増えましたわね。最近製布部門で新人を起用した覚えはないのだけれど……」
「お忘れですか? 先日マスターが買い取ったホルレイ国の領地と提携を始めたではありませんか」
「ええ、そうですわね」
「あそこの領地ではこちらの国にはない動植物や鉱石があるため、新しい色を作り出すのに成功したそうです」
「まあそうですの。それでしたら特別ボーナスを出したほうがいいですわね」
家を勘当されたときに領地に蟄居ではなく、自分の自由を確保するために国外に逃げる手段として隣国の領地をいくつか、爵位ごと買い上げている。
もちろん領地にはS.ピオニーの支部を出して展開している。
そこでの功績次第ではボーナスを出すことで領民の雇用拡大と商品の流通を図っているのだが、これは思ったよりも効果が出たらしい。
確かあそこは子爵領で面積こそ狭いけれど海に面し、山というか鉱山も保有していたので目を付けたのだ。
残念ながらせっかくの資源を前領主は活用できずに没落してしまったらしいが、正しく運用出来れば儲けはちゃんと出るのだ。
領主代理には信用できる人材を派遣しているし、裏切れば精霊が報告してくれるので心配はない。
「きっと製布部門と新支部の従業員が喜びますね。今後ますますS.ピオニーのために活躍してくれるでしょう」
「クリストファー、いまして?」
「こちらに」
「モーガイに新しい領地というかホルレイ国のS.ピオニー支部にボーナスを支給するよう指示を出すように言ってちょうだい。あと同じように製布部門にもボーナスがいりますわね」
「かしこまりました」
「アンナ、お茶を淹れてちょうだいな。すっきりしたい気分ですわ」
「かしこまりました」
指示をそれぞれに出してからお母様の隣にやっと座る。
テーブルの上にまとめられたデザイン画の束からそっと視線を外して布の海を眺めるが、よくもここまで種類を増やせたものである。
元々製布部門には優れた技術者を集めたが、新しい材料を得て一気に開花したのかもしれない。
これはマダム・スカーレットやお母様のテンションが上がってしまうのも頷ける。
しかし、20枚……。見るのも大変だな。
マダム・スカーレットのデザイン画は若い令嬢向けが多い。
だがここ最近は自分の年齢も考えてなのか少しずつ年齢層が上がっているのも事実。
もしかしたら若年齢層向けのデザイン画を描ける人材が必要なのかもしれない。
でも簡単に見つからないんだよね。当たり前のことだから仕方ないけど。
当面はマダム・スカーレットでも持つだろうし、その間に発掘するか育てるのがいいだろう。
でもデザイン関係って才能がものをいう部門だからな……。難しいんだよね。
アンナが淹れてくれたローズヒップティーを飲みながら、ちらっとマダム・スカーレットを見れば子供のように目を輝かせている。
自分の好きなデザインを好きなだけ描いていいという条件だし、無理に方向性を指示するわけにもいかない。
そう考えながらデザイン画の束を手に取って一枚ずつじっくりと見ていく。
夜会用のドレスとお茶会用のドレスが半々といったところだ。
ジョセフ様のデビュタントの舞踏会用の夜会服を一枚、お茶会用の予備の物を一枚選ぶというところが落としどころだろう。
それ以上は正直必要性を感じない。夜会やドレスを新調するようなお茶会は避けているから。
念のため婚約者候補たちの色を使っているデザイン画を最初に篩落とす。
それだけで半分が無くなるのだから、マダム・スカーレットも無意識にわたくしの婚約者候補の事を意識しているのかもしれない。
もっともデザインはいいので色を変えればいいのだけれど、マダム・スカーレットは色込みでデザインを考えるから譲らないだろうな。
そう考えると………………………………この二枚か。
「ではマダム・スカーレット。夜会用のドレスがこちらの萌黄色の物を、お茶会用のドレスがこちらの桔梗色のドレスにいたしましょう。ただ、桔梗色のドレスの襟元のデザインですが少々透けすぎてしまう気がいたしますので、もう少し刺繍を細かくして肌を隠してくださいまし。逆に萌黄色のドレスはスカートのふくらみをもう少し足していただける?」
「かしこまりましたが、お作りするのはそれだけですか?」
「ええ、今はこちらの2枚で十分ですわ」
「相変わらず審査が厳しいですね。その分やりがいがありますけど」
マダム・スカーレットは却下となったデザイン画をすぐさま炎系魔術で燃やしてしまう。もったいないとは思うがこれが正式にデザイナーとなった彼女なりのけじめだそうだ。
完全に不要なデザイン画がなくなったことを確認して、マダム・スカーレットが採用になった2枚を受け取った。
「ではこちらの2枚のデザインを基にしてドレスの制作を始めます。マスター、成長期ではありますがサイズの変更はありますか?」
「そうですわね。変わらず毎月サイズは提出いたしますわ」
「かしこまりました。しかしマスター」
「なんでしょう」
「婚約者候補は4名しかいらっしゃらないのですか? マスターであればどなたに嫁いでも問題はございませんでしょう」
「…………一応お父様やお母様が想定している候補の色は除外しておりますわ」
「いらっしゃるのですね」
うん、いる。いまだに釣り書きだって送られてきているし、有力候補が4人なだけ。
ぶっちゃけシャルル様だって婚約者候補の1人だ。
家に釣り書きを送ってきて撤回しない子息、つまりは婚約者が決まっていない子息全員が婚約者候補になっている。
誰もが王族と表立って敵対したくないから鳴りを潜めているだけ。
古色にこだわって色を開発しているのだって似ているだけで別の色と言い張るためだ。
新色であると言えばそれまで表現されていた色と違うという詭弁で押し通して、その気はないと主張できるし、あとで似た色の人物との婚約が調えば意識していたで押し通せる。
まあ、基本的に避けている色はやはりあるので有力候補の4人は気づいているだろう。あからさまに自分たちの系統の色を纏わないのだから。
「マスター自身はどなたが本命なのですか?」
「どうでしょうね」
「お選びになるお色の系統は様々ですのでわかりかねますし、だからこそ流行も生まれるのでしょうが……」
残念そうに言うマダム・スカーレットにわたくしは『誘惑のサイケデリック』は箱推しだったから一番っていう攻略対象が居ないんだよな、と内心で独り言ちる。
だってアプリゲーム版はともかくPCゲーム版を見ると個人に深入りできない。ゲーム自体にはハマったけど怖いんだもん。主にキャラクターの性質的な意味で……。
あ、思い出しただけで背筋がぞわっとした。
「ベアトリーチェ、どうしましたの?」
「いえ、ちょっと喉が渇いたと思っただけですわ」
そう言ってカップを手に取って上品さを気にしながらもコクコクと一気に喉に流し込む。
はあ、ドレスの下で鳥肌立っているなこれ。
「それにしてもジョセフ様もいよいよ成人。ベアトリーチェの婚約者候補争いは本格的に動きますわね」
「お母様、わたくしに恋愛結婚して欲しいのでしょう?」
「もちろんですわ。王族と無理に関係を形成しなくてはいけないほど我が家門は落ちぶれておりませんもの。けれど、婚約者候補の中から愛を見つけられたら素晴らしいと思いますのよ」
お母様はポンと手を叩いてニコニコと微笑む。
自分が恋愛結婚だからってお花畑思考だな。わたくしは前世で推し活はしていたけど生涯独身だったんだぞ。しかも喪女寄りで。
この精神年齢でイケメンとはいえ子供と恋愛とかちょっとなぁ。二次元ならいくらでも萌えられるけど、三次元はやっぱり生々しい。
両親には悪いけど、今世も趣味(商売)に生きておひとり様かもしれない。
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