72 布袋葵ー19
普通であれば優秀な子供を跡取りに据えるのは当然であり、優秀だから他国に婿入りするという公爵閣下やアルバート様の言葉をジョセフ様が受け入れられないのは納得ができる。
けれどもわたくしはアルバート様が残る事によって発生する可能性がある不穏を聞いているため、ここでジョセフ様の味方をしてアルバート様の出国を止めることは出来ない。
「優秀ならアルセイド公爵家を継いで国に貢献するのが一番いいじゃないですか。王族の血を他国に送り込む必要があるのならぼくが行きます!」
「それはだめだよ、ジョセフ」
「どうしてですか!」
「確かに私はジョセフやティオル、ゲオルグと比較しても優秀だと自負している。でもね、ジョセフの持っている知識はそういったものと比べられないんだ」
「ぼくの知識?」
「現状分かっているだけでもジョセフの医療知識は他とは比べ物にならない。経営能力だってずば抜けている。王族としてその才能を他国に渡すなんて愚行は出来ないんだよ。これは父さんと陛下も同意見だ」
「そんな……そんなことのために……」
「そんな事? これは重要な事だよ。ジョセフ、お前が逆の立場でも私と同じ選択を選んだはずだ」
「でもっ!」
ジョセフ様はぐっと唇を結んで何かに耐えるようにアルバート様を見つめる。
「ジョセフ、アルセイド公爵家は貴方を次期当主とすることに決めましたのよ。貴方が本気で王太子を目指すのであればアルバートを次期当主とする道もあったかもしれませんが、貴方はそうではないでしょう?」
「ぼくは……王太子の器ではありません、から……」
「だが、次期公爵家当主として問題ない能力を持っている。陛下ともアルバートとも何度も協議を重ねてジョセフを次期アルセイド公爵家当主にすることにしたんだ。これはもう決定していることだ」
「当人であるぼくの意見を無視して決めたというのですか!」
「だって、決定する前に話してしまったらジョセフは今みたいに反対した挙句、私を次期当主にするために勝手に家を出たかもしれないだろう?」
アルバート様の言葉にジョセフ様は図星なのか何も言えないでいる。
「普通なら貴族として育てられたジョセフが平民として、しかも成人前の子供が平民に紛れて暮らせるはずがない。そう考えるのが当然だよ? でも、ジョセフは違うよね? おそらく平民としても問題なく暮らせるぐらいの振舞は身に着けている」
「そんな、ことは……」
「あるよ。私は陛下が婿入り先を見つけて来る前は平民として旅をするつもりだったからね。使用人たちから平民の暮らしぶりを学んだり、実際に平民街にお忍びで連れて行ってもらって暮らしを体験した事だってある」
アルバート様の言葉にそんなことをしていたのかとわたくしも驚いてしまう。
「そこで気が付いたんだ。ジョセフは使用人を仕えさせてはいるけれども、それはあえてさせているんじゃないかってね」
「どういうことですか?」
「自分でできるけれども、あえて他人に仕事を与えているように感じたんだよ。その証拠に、私が手を回してジョセフ付の使用人全員がなにかしらの用事で傍を離れても、お前は何の支障もなく変わらない日常を過ごしていた」
前世の知識と経験が思わぬところで発揮されてしまい、アルバート様に疑念を持たれてしまったのか。
「使用人からも話を聞いたよ。ジョセフは1人でなんでもできるけれども、あえて仕事を自分達に割り振っているとね」
「何を言っているんですか、ぼくはそんなことはしていません」
「そうかな? 私はこの家を出ていく事を決めてからジョセフの真似をして自分のことは出来るだけ自分でしようと努力しているけど、正直ジョセフほどうまく出来ていないかな」
「その事については使用人からも報告が上がっていますわ。アルバートが自分の事を自分でするように努力するほど自分達の仕事がなくなってしまう。それに比べてジョセフは1人で出来る事でもあえてちゃんと仕事を割り振ってくれているように感じると」
「そんな……」
「実際、私は自分で出来る事が増えていくたびに使用人の仕事を奪っているとは思っているよ。1人で着替える事が出来るようになれば侍従が着替えを手伝うことが無くなる。風呂だってそうだよね。平民として暮らしていくための能力を身に着けるほどに使用人の仕事はなくなっていくんだよ」
「じゃあ、使用人に世話をされているぼくが平民の暮らしができるわけがないじゃないですか」
「ジョセフは何を聞いていたのかな? 仕えている使用人が数日いなくても、お前はなんの支障もなく生活していたと言ったよね?」
「それは……」
うーん、アルバート様の追い詰め方って意外と厳しいな。
正論と証拠を突きつけて逃げ道をなくしていくなんて、なんだかジョセフ様が気の毒に思えてきた。
「ベアトリーチェ嬢はどうだい? 使用人が居ない状態で常日頃の生活を維持出来ると思うかい?」
「えっ」
いきなりわたくしに話を振ってくるな。わたくしは晩餐会に参加しているだけの部外者だろう。
いや、わたくしが参加している晩餐会でこの話をしたことを考えると、初めから巻き込む気だったのかもしれない。
「わたくしは女性ですので日頃の手入れなどは使用人の手を借りなければ難しいですわね。そもそも女性用のドレスは1人で着るように出来ていない物も多くございますもの」
わたくしの言葉に夫人が同意するように頷く。
「アルバートが手を回していた時期のジョセフは1人でも着脱可能な服を選んで着ていましたね。朝の支度などに関してもわたくしの使用人に道具を部屋の前に置いておくように言っただけで、あとは自分でしていました。勉強の合間のお茶の時だって自分で厨房を訪れていたと報告を受けています」
ジョセフ様、めちゃくちゃ様子を見られていたんだな。
家族ぐるみで試すとか、なにそれ怖い。
流石に衝撃が強いのかジョセフ様は呆然と家族を順々に見ている。
「平民の暮らしが出来る事が悪いわけじゃない。むしろいいことだと私は思うよ。でも、だからといってジョセフを平民にして公爵家から出すわけにはいかない。まあ、王族として他国に婿入りさせるわけにもいかないけどね」
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