67 布袋葵ー14
ジョセフ様とのお茶会が終わった後、用意された客室に案内されそこで晩餐に出席するための支度が開始されるまで、つかの間の休憩をとる事になった。
お茶は先ほども出されたし、あのあと今後について話し合いながらお菓子も食べたので特に何かを飲み食いしたいとも思わない。
自分の家とは違った庭を窓から眺め、先ほどまでの会話を思い出していく。
今の時点でわたくしにできる事はない。
せいぜいS.ピオニーの真似をした喫茶店を調査する過程で何かが分かれば儲けものだ。
もし暫定ヒロインが本当に転生者で、その記憶を思い出したせいで魔力に変化が発生し、それを隠すために精霊喰いの結界を展開しているという可能性はある。
転生したヒロインがシナリオ通りにしようと動くのはある意味お約束ともいえるだろう。
『誘惑のサイケデリック』ではヒロインの魔力の多さ、そして天真爛漫な人柄に攻略対象者は癒され惹かれていくのだ。
まぁ、当たり年のまっとうな淑女教育を受けた18歳の令嬢が天真爛漫な時点で淑女教育に失敗しているとは思う。
空気が読めなかったり、表情を制御できずに感情のまま動くなど貴族の淑女としてはあり得ない。
もちろん自然な表情を見せるのが悪いとは言わないが、時と場所をわきまえるべきなのだ。
笑顔も涙も武器にすることが出来なければ、貴族社会では生きていくことが出来ない。
もっとも、中には男性の気を引きたくてわざと可憐で純心、か弱い女性を演じて安易に涙を見せる人が居ないとは言わないが、そういった女性は同じ女性からいい感情を持たれない。
逆にそういう女性を演じた上で同性の好感を得ることが出来れば、それはそれで大成功と言えるだろう。
今までそれに確実な意味で成功した人物の話しは聞いたことはないが……。
「ベアトリーチェ様」
考え事をしていると背後からアンナが声をかけてきたので振り返る。
「アルバート様が晩餐前にご挨拶をしたいとお見えになっていますがいかがいたしましょうか?」
「そう? わたくしは特にすることがありませんもの、お通ししてちょうだい。お茶の準備をお願いしますわ」
「かしこまりました」
アンナが頭を下げてからアルセイド公爵家のメイドに話を伝えた。
わたくしはソファーの横に移動してアルバート様を迎え入れる準備をする。
ほどなくして扉が開けられアルバート様が入ってきたのでカーテシーをして迎え入れると、ソファーに座るように勧めた。
「突然すまないな、ベアトリーチェ嬢」
「いいえ、晩餐の準備が始めるまで特になにもすることはございませんので構いませんわ」
「ならよかった」
アルバート様はそういってほっと息を吐き出すとにっこりと微笑む。
「ジョセフの誘いをこうもあっさり受け入れて我が家に来るとは、流石の私も驚きを隠せないでいるよ」
「ふふ、皆様そうおっしゃいますのね」
「当たり前だろう。今までの君の行動を考えたら余程ジョセフが気に入ったとしか考えられない」
「皆様がおっしゃるようなことはないですし、ジョセフ様もあまりそのように考えられてはお困りになると思いますわ」
「そうかな? 私はジョセフはベアトリーチェ嬢の今後の人生で傍にいるのにふさわしい人間だと思っている。これは前にも言ったと思うけどね」
「そうですわね」
そこでメイドが茶器を乗せたカートを押して部屋に入ってきたので準備が終わるまでしばらく無言になる。
お茶が淹れ終わりメイドが壁際に移動したのを確認して、アルバート様がカップを手に取って一口飲んだ。
「今回のベアトリーチェ嬢の我が家への訪問の事を聞いて、ティオルがやっと王太子選抜に本腰を入れたようなんだ」
「まあ、そうなのですか?」
「もちろん今までだって本気で取り組んでいたとは思うが、そうだな……なんというか目標のようなものが新しくできた、そんな表情を浮かべていた」
「そうですの」
ティオル殿下は王太子に指名されてからわたくしに婚約の申し込みをするつもりなのだろう。
きっとそれがティオル殿下のけじめなのだ。
王太子選抜中にわたくしと婚約し、その事が影響して王太子に選ばれたのだと思われないようにするためだろう。
まあ、ティオル殿下が王太子になった後に婚約の申し込みを受けた場合、わたくしが王太子の婚約者になりたがり婚約者を決めていなかったという噂が出回るかもしれないが、基本的に周囲はわたくしをティオル殿下の婚約者候補筆頭と見ているし、もともとわたくしを婚約者にした人が王太子になるなどという噂もあるためそこまで非難を浴びる事はないと思う。
「これでやっと私も本格的に動けるようになる」
「アルバート様……」
メイドが聞いている前でそのような事を言っていいのかという意味を込めて名前を呼ぶと、アルバート様が微笑んだ。
「晩餐の時にどちらにせよジョセフに宣言するつもりだから構わないさ」
「アルセイド公爵閣下と夫人の了承は得ていらっしゃるのですね」
「もちろん、かなり前に貰っているさ。ただ、ティオルが本気になるのを待っていたんだ」
「以前はこれからの未来、わたくしの傍らにアルバート様以外が居るのを見るのが辛いとおっしゃっていましたが、ずっと以前から決めていらしたのですよね?」
「そうだね。もちろんベアトリーチェ嬢の隣に私以外が立っているのを見るのが辛いというのが今の大半の理由だ。けれどもその前はそうだな、私がこの国を離れるのが一番いいと考えたからこの道を選んだんだ」
「なぜですの?」
「王太子にならなかった王族の大半は国外に出るのが慣例だ。スペアとして1,2人は残るけど、私が残るよりもジョセフが残ったほうがこの国のためになる」
「王族と言ってもアルバート様とジョセフ様はアルセイド公爵家のお子様です。直系の王族とはまた違った扱いになるではありませんか」
「そうだね。アルセイド公爵家当主として1人は残さなくちゃいけない。そしてその子供には王位継承権は発生しないから、我が家を継がない方はあえて国外に出ずに当主の補佐をして過ごしてもいいし、どこかの婿養子に入ってもいいだろう」
「ではなぜ出るなどという判断をなさいましたの?」
「ジョセフを外に出すわけには絶対にいかないからだよ」
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