4 胡蝶花ー3
「そういえば、今度の王妃様のお茶会にはご参加なさいますの?」
「ええ、ありがたくもご招待をいただいていますから」
本当は出たくないけれど、王妃様からのご招待を断るなんて怖いことは出来ない。
「ベアトリーチェ様は王妃様のお気に入りですもの。本当でしたら王妃様が主催なさるお茶会には毎回ご招待なさりたいとおっしゃっていました」
「そうですか? それは嘘でも嬉しいお話ですわね」
心の中では勘弁して欲しいと思いつつも、ここは控えめに友人たちの好感度を上げる発言をしておく。
実際にヒロインが入学してきたときに周囲から孤立していたら、それこそ悪役令嬢に真っ逆さまになるかもしれないし、念には念を入れておくに越したことはない。
それに友人と過ごしている時間は素直に若返った気分―と言っても純粋に今世の年相応だけれど―になれて楽しい。
家で1人でいる時はどうしても前世の記憶に引っ張られて年寄り臭くなってしまうから、こうして若者のエネルギーを吸収しなくては。
ただでさえ前世の記憶のせいで普通の公爵令嬢よりも所帯じみている思想というか、なんでも自分でやりたくなってしまうのを必死で抑えているのだから、こうして一般的な令嬢の在り方を勉強しなくちゃいけない。
とはいえ、公爵令嬢であるわたくしが下手に彼女たちの真似をするわけにもいかないので、なかなかに難しいものもある時もある。
なんと言っても前世は労働階級の一般庶民だったのだ。
流石に17年間お嬢様していればなれたとはいえ、いつひょっこりと前世の顔が出るかわかったものじゃない。
公爵令嬢として既にちょっと常識では考えられない事をしているので、これ以上おかしなことをしたらわたくしの品性が疑われてしまう。
いや、それで婚約者候補の話も全部なくなってくれるのなら万々歳なのだが、家に迷惑をかけるかもしれない以上それは避けたい。
わたくしの評判は下げないまま、婚約者候補からはそっと外れる。そんな都合のいいことが起きないだろうか。
「嘘じゃありませんわ。あまり誘うと嫌われてしまうかもしれないとおっしゃっていましたもの。ねえ」
「ええ、私も聞きました。ベアトリーチェ様は本当に王妃様に気に入られていらっしゃいますよね」
「それはありがたいですわね」
勘弁してほしいけど、王妃様がわたくしを気に入っているのは本当。
多分それもあってティオル殿下の婚約者筆頭と言われているのもあるのだろう。
陛下にも気に入られているという覚えはあるけれども、それは多分お父様が陛下の親友だから。
お父様に絶大なる信頼を寄せている陛下はわたくしを個人的に気に入っていて、出来れば王太子の婚約者になって欲しがっている。
年齢的に第一王子のティオル殿下でも、1歳年下の第二王子ゲオルグ殿下でも問題はない。流石にその下となるとわたくしの年齢が上になりすぎるとは考えていてくれているようだけど。
陛下には正妃様、側妃様の子供が合わせて6人いるし、その他にも継承権を持つ公爵閣下の子供が3人でそのうちの2人の子息はわたくしよりも2歳年上と2歳年下なので年齢的に不自然はない。
つまりわたくしは正式には第一王子と第二王子、そして公爵閣下のご子息たちの婚約者候補となっているわけだ。
けれども公爵閣下のご子息であるアルバート様とジョセフ様は攻略対象者ではない。
ヒロインが入学してくる時にはアルバート様は魔術学院にいないし、ジョセフ様は同学年で入学するけれどもなぜか攻略対象ではなく、むしろ悪役令嬢たちの協力者側だった。
悪役令嬢側に協力的なのはヒロインが偽善的で貴族の在り方をわかっていないから、というのが公式見解だけれどもそれ以上の理由は逆に明かされていない。
ただ、悪役令嬢は断罪されるけれどもジョセフ様は何の罰も受けないというのだけは確かだ。
おそらく直接関与したのではなく、あくまでも雑談の延長線上でアドバイスしただけだからかもしれない。
とにかく断罪されるのは悪役になった令嬢だけ。
ルートさえ逃れることが出来れば平和な日常が待っている。例えそれが砂上の楼閣だとしても、見せかけだけは平和なのだ。
それにアプリゲーム版であれば攻略対象者だって妙な性質はない。
家族である義兄も弟も、見ている分には妙な性質を抱えているようには見えないので、もしかしたらアプリゲーム版なのじゃないかと密かに期待はしている。
けれどもそう考えていてPCゲーム版だったらショックが大きいので今はまだ状況を見定めている。
PCゲーム版だって最初の方は攻略対象者だってまともに見えるのだから、人生何が起きるのかわかったものじゃない。
好感度が上がっていくにつれ、イベントが進んでいくにつれ異常な攻略対象者の性質が明らかになっていく。
はあ、それを考えると本当に恐ろしい。
仲良く夕食を一緒に食べている義兄や弟がその実、心の中では恐ろしいことを考えていると想像したら食事が喉を通らなくなりそうだ。
「今度の王妃様のお茶会にはティオル殿下とゲオルグ殿下がお顔をお見せになるそうです」
「まあ、珍しい。やはりベアトリーチェ様がご参加なさるからでしょうか」
「きっとそうです。流石はベアトリーチェ様ですね」
「ゲオルグ殿下にお会いするのは久しぶりになりますわね」
魔術学院に通ってはいるものの、同じ学年ではないため顔を合わせることも滅多にないゲオルグ殿下。
たまに食堂でお見掛けするけれども、王族専用席で召し上がっているのでわたくしと一緒になることはない。もっともそれはティオル殿下もクラスが違うから頻繁に顔を見るわけでもないので似たようなものだ。
同じ魔術学院に居れば気軽に会える。そんなゲームや小説、漫画みたいなことはめったに起きない。
それこそどちらかが自分の意思で会いに行くか、偶然何度も遭遇するのなら……運命に因縁をつけられていると考えるしかないな。
「殿下たちがご参加なさるなら、もしかして他のご子息もご参加なさるのでは?」
「まあ! それは素敵ですね。けれど実際のところどうなのですか? 弟様のグレビール様は王妃様のお茶会にご参加なさいますの?」
「そうですわね。わたくしのエスコート役として一緒にご招待をいただいておりますわ」
「まあまあまあ! それは素敵ですね」
そう、おそらく今度開かれる王妃様のお茶会は年頃の高位貴族子女を集めた簡易的な集団お見合いを兼ねたものになるのだろう。
開催されるサロンからも大規模なお茶会になることは予想出来ていて、それは一緒に招待されている子女も察しているのだろう。
いくら王妃様のお茶会でもあのサロンを使用するほどの大規模なものは珍しいのだから。
流石に年齢的に見て義兄のジェフリーは招待されていないけれどね。
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