32 手毬草ー8
「君は、普段は隙が無いのに今夜は無防備に見える」
「そうでしょうか? もしかしたら緊張しているのかもしれませんわ」
「今更か?」
「ええ、今夜わたくしの有力な婚約者候補が出揃うのですもの」
「なるほどな。確かにベアトリーチェ嬢から見ればやっと揃ったというところなのか。僕としてはジョセフとは以前から顔を合わせていたからそんな感じはないが……。ジョセフが気に入ったのか?」
探るような声が聞こえたところで4曲目が流れ出す。
考えるより先に当たり前のように体が動き出した。
「素敵な方だと思いますわ」
「アルバート兄さんに初めて会った時もそう言っていた、ゲオルグの時もだ」
「そうですわね」
「そして僕のこともただ素敵な方だと思っていると言っていた」
「ご不満がございますの?」
クルっとターンをして抱き寄せられる。
「いや、そんなことはない。ベアトリーチェ嬢が平等に僕たちを見ている証拠だからな」
そう言って少しだけ腕の力が弱められると、大きく体を倒された。
「ただ、今夜のベアトリーチェ嬢は平等とはいいがたい」
「どういう事でして?」
「ジョセフを一目で気に入ったように見えた。アルバート兄さんと恋人のように見えた。ゲオルグを許容したように見えた」
一瞬だけ呼吸が止まる。
まるで責めるように見つめてくる瞳から目が逸らせない。
ぐっと持ち上げられ抱きしめるように力が籠められ、足が動く。
動いた先の空間が自然と開いていき、いつの間にか周囲に人が居なくなっている。
「これまで平等だったのに、なぜ今夜に限ってそんなに無防備なのかと嫉妬した」
微笑みを浮かべたまま告げられる言葉は熱く、わたくしの体を支配しようとしてくる。
「僕にも無防備な姿を見せてくれたら、いつも通りに平等なのかもしれないが、それだけでは足りないと思ってしまう。こんな僕を君は軽蔑するか?」
「まさか。そのようなことはありませんわ」
「ならいいが」
甘く崩れたように見える微笑みを浮かべたティオル殿下との距離が再び近づき、ふわりと持ち上げられクルリと2人で回った後にすとんと降ろされ、また足がステップを刻み始める。
一歩足を動かすたびに互いの体温が移動し合うような感覚に胸が苦しくなり、それをごまかすように笑みを深めた。
「3人と何を話した?」
「他愛もないことですわ」
「そうやって庇う姿にすら、僕は嫉妬してしまう」
「庇ってなどいませんわ」
「そういう事にしてもいいが、ずるいなベアトリーチェ嬢」
大きくターンして見つめ合う。
「君は知らないふりがうますぎる」
「なんの事でして?」
「なんだろうな。僕も知らないふりには自信があるからわからない。だから今は辛抱強くただ耐えていよう」
いつもとは違う言葉の熱に、距離に、視線に胸が苦しい。
この感情はわたくしが悪役令嬢だから押し寄せてくるのだろうか。
誰も入ることのできないダンスという2人きりの時間がわたくしを惑わせるのだろうか。
「ただ……全員本気だ、ベアトリーチェ嬢。だから今夜のように無防備になられると困る」
「肝に銘じておきますわ」
無防備になった覚えはないのだが、もしかしたらジョセフ様がこの世界を知っているというカミングアウトで心が揺れてしまったのかもしれない。
今後はこのような事が起きないように気を引き締めるべきだろう。
なんと言ってもティオル殿下はメインヒーローで一番選ばれる確率が高いかもしれない。
ティオル殿下ルートでのわたくしは典型的な悪役令嬢で、自分の持つ人脈を使って魔術学院からヒロインを孤立させていくのだ。
しかも自分の手は最後のほうまで使わずに、友人を使い魔術学院内を操っていく。
実際にわたくしがヒロインに手を出し始めるのは、ゲーム後半になっていよいよティオル殿下の婚約者に決まった後だ。
せっかく婚約者になったにも拘らず、ティオル殿下はヒロインばかりを構い、挙句の果てに王太子に選ばれたらヒロインを側妃にして、間にできた子供を跡取りに考えていると言われ、プライドが傷つけられて直接行動に移る。
それまで魔術学院で孤立させていた主犯にも拘らず、さもティオル殿下のお気に入りだから自分も仲良くしたいと言って近づく。
良い子のふりをして身近な存在として少しずつヒロインの心身共に負担を増していき、最終的には自主退学どころか自殺に追い込もうとするのだ。
そして裏から養子先の伯爵家の事業にも手を出し失敗させ、後ろ盾が無くなるようにし、逃げ道をなくしていく。
最終的には裏工作がばれてシャルドレッド公爵家から勘当されて蟄居や修道院行き、地下牢に入れられたりするがPCゲーム版では18禁のスチルと回想が開示されていた。
ティオル殿下ルートでもっとも避けたいのはやはりPCゲーム版のバッドエンド。死んだことにされて地下牢での生き地獄拷問漬けだろう。
これにはヒロインの好感度が関係してくるためわたくしではどうしようもない。
やはりわたくしが悪役令嬢にならないようにヒロインにはティオル殿下と義兄ルート以外を選んでもらいたい。
「今夜から本格的に王太子選定が行われる。とはいえ、姉上は婚約者の家に嫁入りする気だし、エメリアは他国に嫁入りする気満々だ」
「王太子候補は、実質今夜集まっている…………4人という事ですのね」
「ああ、僕がなるという声が多いが、誰がなってもおかしくはないと思っている」
微笑んでいるが真剣なまなざしで言われ、本気でそう思っているのだということが分かる。
「でも、ベアトリーチェ嬢はそういうことを気にせずに選んで欲しいとも思う。君の婚約者になれたら王太子になりやすいだろうが、その事で君を煩わせたいとは思わないからな」
「わたくしは……そもそも誰かと婚約するかもわかりませんわ」
「そうだな。確かにそれはそうだ。王太子妃の座に一番ふさわしいのはベアトリーチェ嬢だが、王太子妃の座が君に一番ふさわしいとは限らないからな」
「そう、でしょうか?」
「ベアトリーチェ嬢はきっとどこでも輝くことが出来る」
「ありがとうございます、と言っておきますわね」
「ああ」
2人で心臓の音が聞こえそうなほどに近づき、一緒にクルリと回りステップを踏む。
4曲も連続で踊っているせいだろうか、鼓動がいつもよりも早くなっている気がする。
「ベアトリーチェ嬢」
「はい」
「僕たち以外とも踊るのか?」
「ええ、お兄様とグレビールが踊りたいと言ってくれていますのよ」
「それだけか?」
「今のところ、他にお誘いは受けていませんわ」
「そうか、ならよかった。じゃあその2人以外とはもう踊らないでくれ」
「どうしてですの?」
「今夜の君が無防備だからだ」
「まあ」
その言葉に何か言い返そうと思ったところで曲が終わり、キュッと一瞬だけ力を入れられて体を離された。
エスコートするように家族のもとへ届けてくれたティオル殿下は、「約束だからな」と念を押して立ち去って行った。
「ベアトリーチェ、何が約束なんだ?」
「あとはお兄様とグレビール以外とは、ダンスをしないようにと勝手に約束を取り付けられてしまいましたわ」
「ダンスに関しては賛成だが、珍しいな」
「なにがですの?」
「ベアトリーチェがそんな風に勝手に約束を取り付けられるなんて、今夜は調子が悪いのか?」
「お兄様までそんな事をおっしゃいますの?」
「ティオル殿下にも言われたんですか? 姉上」
「ええ、無防備に見えると言われましたわ」
「「ああ、なるほど」」
わたくしの言葉に納得したような2人に、わたくしは内心でそんなに無防備に見えたのだろうかと首をかしげてしまった。
いかんな、これではわたくしが今まで作り上げてきたベアトリーチェという像が崩れてしまうかもしれない。何とか気を引き締めて舞踏会を乗り切らなければ。
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