196 錦燈籠ー3(ロクサーナ視点)
思えば、ヤベーやつのところにヤベーやつがいるのか…
「おはよう、ロクサーナ」
陽もすっかり上ったお昼少し前、カーテンが開けられたせいで差し込む光のまぶしさに嫌々ながら目を開けると、お兄様がいつも通りの優しい笑みを浮かべてあたしを見つめてる。
「おはようございます、お兄様。昨夜は遅かったからまだ眠いんですけど……」
「そうは言っても何も食べないわけにはいかないだろう? ロクサーナが好きなものを準備してもらったから頑張って食べてくれるかい?」
「……はあ、別に今じゃなくてもいいでしょうに」
ご飯なんてリゼン様と一緒に食べるとき以外、何時に食べたっていいじゃない。
もう学院にも通っていないし、お茶会なんかの予定があるわけでもないし、この屋敷であたしは自由に過ごしていいはずなのに、お兄様が規則正しい生活を強制してくるのよね。
リゼン様がいる時は静かなのに、いない時はあたしに指示を出すなんて、誰のおかげで不自由のない生活が出来ていると思っているのかしら?
あたしがリゼン様にお兄様を追い出してって言えば、すぐにこの屋敷から追い出されるのに。
まったく、バスキ伯爵家で過ごしていた時はあんなにも頼りがいのある人だったけど、家から離れたらなんだか魅力が半減した感じね。
でも、優しいあたしは家族を見捨てるなんて出来ないから、お兄様の魅力が半減しても一緒に暮らしてあげてるの。
そもそもだけど、お義姉様が死んだのがバスキ伯爵家に不運が降りかかるきっかけだったのよ。
せっかくバスキ伯爵家の子供を妊娠できたのに、不必要に出かけて事故死なんて、本当に縁起が悪いわ。
ダリオン兄様もそれに巻き込まれて死んじゃったし、お義姉様って災いの種かなんかだったのかしら?
あ、もしかしたら本当にそうかも。
そう考えると子供を死産したのだって運命だったのね。
死んでからもバスキ伯爵家に不幸が残ったってことは、もしかしてお義姉様ってば死ぬ間際に呪いでも残したのかしら?
いやだわ、死んでも迷惑をかけるとかろくでもないわね。
あたしはお義姉様と違ってバスキ伯爵家にとっては幸運の女神だったわ。
しっかり跡取りも産んだし、落ちぶれたお兄様をこうして助けてあげてるし、本当なら感謝の言葉を要求してもいいけど、優しいあたしはそんなことしないわ。
家族を大切にするなんて常識だけど、落ちぶれないように配慮してあげるのはあたしぐらいね。
「ロクサーナ、ほら顔を洗って」
「わかりました」
用意された水盆を使って顔を洗っていると、ふわふわのタオルが渡されて顔をふく。
その間にご飯の準備が整っていて、お兄様にベッドや水盆なんかの片付けを頼んで食事の席に着いた。
いつも通りあたしが好きなものがきれいに盛り付けられているのを見ると、少しだけ気分が良くなるわ。
バスキ伯爵家でも十分に満足できる食事だと思ったけど、この屋敷に来てから手の込んだものを食べるようになった気がするのよね。
もちろんあたしが好きなものっていうのが基本だけど、なんていうのかしら、おいしく見えるのよね。
盛り付け方も綺麗っていうか、おいしそうに見えるのよ。
やっぱり料理人のセンスなのかしら?
リゼン様って魔術師団の総帥だから、伯爵家とは比べ物にならないぐらい贅沢な生活を送ってるのね。
改めてあたしって運がいいわ。
男爵家の庶子だったのに伯爵令嬢になれたし、貴族じゃなくなるって焦ったけど、こうして優雅な暮らしが出来てる。
この生活を続けるためにはリゼン様と親密な事をしないといけないけど、何の問題もないのよね。
リゼン様はかっこいいし、頼りになるし、アレも上手いし。
妊娠しないようにっていうのは気になるけど、きっと跡取り問題とか色々面倒なのね。
貴族なら跡取りを作るのは当然だけど、リゼン様は必要ないみたい。
うーん、なんでかしら?
お兄さんが家を継いだから平民になったとしても、魔術師団総帥なんだから騎士爵以上は持ってるわよね?
ううん、シャルトレッド公爵家の分家の一つぐらい相続してるに決まってるんだし、跡取りは必要なはずよ。
もしかして、あたしが既に子供を産んでることを気にしてるのかしら?
あの子たちはお兄様がちゃんと対応したからどうでもいいのに、細かい事を気にするなんて、大変ね。
今度リゼン様に子供を産んであげますって言ってあげようかしら。
絶対に喜ぶに決まってるわ。
「ねえお兄様」
「なにかな?」
「あたし、リゼン様の子供を産んであげようと思うの。いい考えでしょう」
「……ロクサーナは子供を孕むと魔力を吸われる体質だろう?」
「そんなの、また精霊喰いの結界を使えば問題ありません」
「いや、それは……」
何かを考えるお兄様だけど、お世話してくれるリゼン様のお役に立ってあげる事は当然なのに、なにを迷っているのかしら?
あ、もしかしてあたしがお兄様以外の、というかバスキ伯爵家以外の子供を産むのに抵抗感があるとか?
もう貴族じゃないんだからバスキ伯爵家の子供とかどうでもいいのに、過去にこだわってるなんてお兄様は意外と凡人なのかしら。
ううん、一時は伯爵にまでなったのに凡人はないわね。
貴族の当主になるなんて選ばれた人だけなんだもの。
「子供が出来たらリゼン様だって喜ぶに決まってるし、お兄様だって嬉しいでしょ」
「なぜ、わたしが嬉しいと思うのかな?」
「だって、あたしが子供を産むんですよ。喜ぶのが当然です」
「……そうか」
「そうですよ。それで、次にリゼン様が来るのはいつですか?」
「今夜も来る予定と聞いているよ」
「ふふ、じゃあ今夜お話ができますね。リゼン様に最高の恩返しができるなんて、幸せですよね」
「……そうか」
「早く子供が出来ないかなぁ。避妊薬を飲むのをやめてもらわないといけないし、子供が生まれたら育ててくれる乳母も探さないとですね」
「そこは、ロクサーナが気にすることじゃないだろう」
「ああ、確かに子供を誰が育てるかとか、どうでもいいですけど、ほら、乳母だっていうだけで自分が偉くなったと勘違いしたり、主人に色目を使うような人だと面倒でしょう?」
「そうだな」
「あーあ、早くリゼン様来ないかなぁ」
絶対に子供を産むって言ったら喜ぶに決まってるし、もしかしたら素敵な提案をしたあたしを褒めてくれるかも。
ううん、絶対に褒めてくれるわ。
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