191 松見草ー10(エメリア視点)
お、おひさしぶりで~す(汗
朝の早い時間、あたくしはディバル様との約束を守るために中庭にやってきております。
時間帯のせいかまだ周囲には朝靄がかかっており、寒さから身を守るためにメイドが渡してくれたストールを羽織る。
これからディバル様と一緒にサギソウを植えるのに立ち会うのですが、メイドが調べた情報によると、サギソウを贈って一緒に植えるのは愛の告白と同じだということで、まさかとは思いつつ心がドキドキと落ち着きませんわ。
少ししてディバル様がサギソウの苗を持ってやってくるのを確認してカーテシーを取る。
「ああ、気を楽にしてください。こんなに朝早くに呼び出してしまったのはこちらなのですから」
「ではお言葉に甘えさせていただきますわ」
頭を上げると、思ったよりも近い位置にディバル様が居て少し驚いたけれど、その手にサギソウの苗がある事を確認してじっとディバル様を見つめてしまいました。
「どうかしたのかな?」
「その、おまじないのようなものがあるとおっしゃっていましたが、どのようなものなのか気になってしまいまして……」
「ああ、それは……ちょっとした願掛けですかね」
「願掛け、でして?」
「はい。順番が逆になってしまいましたが……エメリア様、私と結婚をしていただけませんか?」
その言葉にあたくしは頷く事が出来ません。
あたくしの結婚は政略のためにお父様達が協議して決めるべき事で、あたくし個人の感情をはさむべきものではないのですから。
「あたくしは……」
「もちろん、私の父にもエメリア様の父君にも今日こうして求婚する許可は得ています。あとはエメリア様の返答次第だと言われていますよ」
にっこりと微笑まれてあたくしの返事を待つディバル様に、あたくしは何と返事をするのが正しいのか必死で思考を巡らせるしかありません。
バーレンチ国とつながりを強化することは確かに我が国にとっても重要な事でしょう。
ただ、我が国と違って王族であっても側室制度がない国です。
その代わりに王族の離婚は認められません。
結婚するとなれば死別以外の別れはないという事ですわ。
ティオルお兄様からは、ディバル様は王族らしいところはあるが基本的に誠実で、守るべきものを守る芯の強い人だと聞いております。
なら、この結婚の申し込みは国を守るためのものであり、そこにディバル様の心はないのではないでしょうか?
もちろん、それが政略結婚というものなのだから、あたくしが拒否するという選択肢を取る事はできませんわ。
けれども、ディバル様は本当にそれでいいのでしょうか。
答えに悩んでいると、ディバル様がふわりと微笑みを向けてくださいました。
「国同士の政略結婚だから、断る権利などない。そう考えていますよね?」
「……はい」
「実のところ、ずっと貴女を狙っていました。もし貴女が王太子になるとしたら、私は父に王位継承権を破棄してもらって王配に立候補しようとしていたんですよ」
「え!?」
ディバル様がもしあたくしの王配になったとしても、確かに国同士の繋がりは強くなるけれども、それは同時に自分が国王になる権利を放棄するという事で、ディバル様にとって何もいいことはないはずですわ。
「どうしてですの?」
「エメリア様が好きだからです」
「っ!?」
真っ直ぐに伝えられた言葉に思わず息が止まってしまいそうになって胸に手を当ててしまいます。
「初めて貴女が社交界デビューした時に一目惚れと言っては何ですが、なんて整った人なんだろうと思ったんです」
「整った、でして?」
「ええ。美しいご令嬢も、愛らしいご令嬢も多くいますし、私の立場上たくさんのご令嬢と接することがありますが、その中でも貴女は一番整って見えた」
「あたくしよりもベアトリーチェお義姉様の方が」
「確かに彼女は素晴らしい。でも私が惹かれたのは貴女です。王族という責務を背負いながらも運命を受け入れながらも自分の意思を持っている。そんな目に私は惹かれました」
「それは王族として当然ではありませんか?」
そう答えたあたくしに、ディバル様はゆっくりと首を横に振りました。
「確かに王族たるもの国のために生きるのは当然。けれども、自分の心を殺してでもその使命を全うしようとする意志を感じたのは、貴女が初めてでしたし、これから同じような人が現れても、きっと私は貴女を思い出します」
「それは……」
「実は、このサギソウですが、母の株を分けてもらったんですよ」
突然そう言われた意味が分からず首を傾げると、ディバル様は苗を持ったまま片膝をついてまた微笑みを向けてきました。
「花の苗を贈って共に植えること自体が我が国では求婚を意味します。特にサギソウは王族が求婚する際に使用されるもので、親から苗を分けてもらうという事は、もし失敗してもその人以外にはもう求婚しないという意思表示なんですよ」
「なっ!? そのような事をなさって、もしあたくしが断ったらどうなさるおつもりでしたの!?」
「その時は大人しく弟の補佐に就こうかと思っていました」
ディバル様の言葉に絶句していると、苗をいったん侍従に渡したディバル様が立ち上がって一歩あたくしに近づいてきます。
「エメリア=クレトル=ウェザリア様、ディバル=バーレンチ=エーオワゼが貴女に愛を誓わせていただきたく存じます。もしこの求婚を受け入れてくれるのなら、共にこの庭に苗を植えることをお許しいただけないでしょうか」
真剣な表情で言われた言葉に、思わず頬が熱くなってしまいます。
これが例え政略のための方便だとしても、死ぬまでこの嘘をつき続けてくれるのならそれでいいとさえ思えてしまうほどですわ。
「この求婚には、お父様達は了承しているのですよね?」
「はい。先ほども言ったように承諾は得ています」
「でしたら、あたくしに否やはございませんわ」
「……ちなみにですが」
「はい」
「我が国は王族とはいえ一夫一妻制。愛人などもってのほかという国風です」
「存じておりますわ」
我が国との違いに授業で聞いた時に驚いたことを思い出してしまいますわ。
隣国なのにこんなにも国風が違うものなのかと講師に聞いたら、バーレンチ国では我が国よりも王位継承権の範囲が広く、有能であれば継承権が低くても王位につけるから、側室や愛人を作る事はしないらしく、生涯結婚をしない方も普通にいらっしゃるのだとか。
ちなみに、政略結婚でも愛人を作ることは違法であり、王族でも姦通罪として重い罪を課せられると習った時は、本当に我が国との違いに愕然としてしまいましたわね。
「私の唯一の伴侶に、エメリア様を求めたい」
真剣なまなざしに、あたくしはそっとディバル様の前に手を出します。
「お受けいたしますわ。でも、あたくしはまだディバル様に恋慕の情を持っておりませんの。だから、あたくしがディバル様をお慕いできるように努力してくださいまして?」
あたくしの手を取ったディバル様が手の甲に口づけて嬉しそうに笑みを浮かべました。
「もちろん。誠心誠意エメリア殿下の心が私に向いてくれるよう努めましょう」
そう言って立ち上がったディバル様は、苗を侍従から受け取ると大事そうに持ちます。
「サギソウの花言葉は無垢、清純、繊細が有名だけど。神秘的な愛、夢でもあなたを想う。芯の強さ。なんていうのもあるんですよ。エメリア様にぴったりだ。そして、エメリア様を想う私にも」
そう言って微笑むディバル様に、あたくしもいつの間にか微笑みを浮かべていてそっと苗をディバル様の手の上から包み込むようにして持ちます。
「あたくしも、いつかディバル様に同じ想いを返したいですわ」
「そうさせてみせましょう。まずは、一緒に苗を植えて……よければ誓いのキスをしても?」
「それもお国のおまじないでして?」
「いえ、純粋に私がしたいからですよ」
「まあ」
ディバル様の言葉に思わず顔を赤くして笑ってしまったけれど、いやな気分にはなりませんでしたわ。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。