188 松見草ー7
「そもそも、わたくしを脅すなんて頭のおかしな事を考えている時点で、どうかと思いますの」
「否定はしませんよ」
お茶会後、わたくしとジョセフ様は話があるという事にして別室に移動し、精霊魔法を使って世間話というか、アーシェン様への対応方法を話し合っているように見せかけつつ先ほどのミンシア様の話を行っている。
精霊魔法使いがいる場合見破られる可能性があるが、本日派遣されていた神殿の精霊魔法使いが帰還したのは確認済みだ。
「それにしても、わたくしを脅して何をしたかったのでしょうか?」
「うーん、愛人の座を狙っているというのなら、どこかのちょうどいい貴族を紹介してもらおうとしたとか、ですかね?」
2人で考えるが正直目的が全く分からない。
今も監視をしているが帰りの馬車の中で悔しそうにしているだけで特に何も言っていない。
頭の中で必死に何かを考えているとなると、精霊魔法を使っても流石に今のわたくしではわからないのでどうしようもない。
結局のところ、ミンシア様によるわたくしへの脅しが失敗したという事実が残ったわけだが、今後ミンシア様はどう行動を起こすつもりなのだろうか。
状況によってはロクサーナ様のように対処しなければいけないのだが、今のところ実害は出ていないどころか、結果的には王家にとって良い結果を出すことになっただけだ。
功績だけを考えれば、それなりの貴族を紹介するぐらいの事はしてもいいのだが、したとしてもわたくしには何のメリットがない。
「貴族を紹介してもいいのですが、彼女の理想とする相手を探すのは難しいですわね。生涯優雅な生活を保障してくれる貴族なんて早々いませんもの」
「まあ、職業愛人をしている人は現役中に財産を築いて廃業後は自活することが多いですからね」
「いただいたお手紙にも、具体的な要求内容などは書かれておりませんでしたし、本当にどうしたらよろしいのかわかりませんわ」
どうしたものかと首を傾げるとジョセフ様も困ったように溜息を吐き出した。
ミンシア様は乗っ取り系ヒロインを狙っているのだが、シャルル様の攻略に失敗し、時期的に他の攻略者に乗り換えるのも難しいだろう。
ゲームに登場すらしていないモブの彼女が乗っ取りを失敗した場合の未来などわからないが、実家に帰って親が決めた相手との縁談が妥当なところだろう。
王都で『誘惑のサイケデリック』の登場人物以外の子息と仲良くしている様子もなかったので、王都にいる貴族の子息と婚約をするという事もなさそうだ。
社交界デビュー後に領地に行った事はあるが王都とは比べられない程度に田舎と言えるものだった。
いや、まあ田舎と言っても地方都市程度のものだったが辺境伯領となればさらに田舎なのではないかと想像できる。
前世で田舎に一軒家を買って慎ましやかに生涯を終えようと考えていたわたくし的には田舎でも問題はないが、ミンシア様が都会に憧れる系の思考だった場合田舎暮らしは厳しいものがあるかもしれない。
もっとも、田舎暮らしとはいえ貴族の田舎暮らしと平民の田舎暮らしでは雲泥の差があるのだが、前世での豊かな生活を覚えていると厳しいものがあるのかもしれない。
「けれども、ミンシア様の脅しはともかくとして、わたくしとしてはジョセフ様がアーシェン様と婚約を内定させた事実に本当に驚いておりますの。主に手の速さに」
「初めから言っていましたよ。ぼくは天使たちを救いたいと」
「複数形だったではございませんか。まさかその中の特定の天使を狙っていたなんて思いませんでしたわ」
「前世からの推しだったので。正直、見た目も中身もドストライクです」
「ルートによってはブラコンの余り陰湿な悪役令嬢になる役でしたが、それでもドストライクでしたの?」
「ブラコン大歓迎です」
なぜだろう、ジョセフ様への印象が変わったような気がしてならない。
「それに悪役令嬢にならないルートではまさに天使そのものじゃないですか。ブラコンではありますが健気にヒロインを助けて必死にフォローする姿は愛らしいです」
うん、やっぱり印象が変わったぞ。常識人だと思っていたが、ある意味特殊思考の持ち主だったのかもしれない。
いや、アーシェン様がいい子なのは否定しないのだが、ブラコン大歓迎と言う精神はどうなんだろうか。
なんというか、前世でシスコンだった可能性も考えてしまう。
現在わたくしの家族と言うか、義兄と弟がシスコン(の可能性が高い)ので今後ジョセフ様を見る目が変わってしまいそうな気がする。
いや、今はそれは考えないでおこう。
「けれどもジョセフ様とアーシェン様が婚約なさったら、ブラコンは治ってしまうのではないでしょうか? それでは好みと外れるのでは?」
「ブラコンが結婚すると治る可能性については考慮すべきことだと思いますが、もしブラコンが治ってしまったらぼくに愛を向けてくれるよう努力すればいいだけですよね」
「ア、ハイ」
一瞬、叔父の同類かと疑ってしまったが根本的なものが違うと思いなおした。
叔父は狂っているが、ジョセフ様は純粋に誰かを愛する人が好きなだけなのかもしれない。
というか、そうであって欲しい。
……ん? その場合アーシェン様である必要はないわけだから、やはり外見内面含めてアーシェン様がジョセフ様の好みという事なのだろう。
そこで精霊魔法を解く合図をする。
「ともあれ、アーシェン様の人見知りをどうにかしなければ公爵夫人としての仕事は難しいと思いますの」
「そうですね。それに関しては徐々に直してもらうように努力しますが、まずは我が家の使用人に慣れてもらうため、頻繁に招待しようと思っています」
「それは良いかもしれませんわね」
ここまで普通にアーシェン様についての会話をしていると思っている使用人達は、わたくし達の会話を不審がる事はない。
「両親にも慣れてもらう必要がありますし、ある意味他の王族に慣れてもらう必要も出てきますよね」
「お茶会などを主催していただくのが良いかもしれませんわ」
「それが出来るといいのですが、それには彼女を補佐してくれる人物が必要でしょう」
「なるほど」
使用人と友人となる相手という事だろう。
「わたくしが立候補したいですが、あいにくと王太子妃になる予定ですのでそれは難しいですわね」
「そうですね。王太子妃を頻繁に王族とはいえ公爵家のお茶会に招くわけにはいきませんから」
「では他にどなたがよろしいかしら? わたくし、アーシェン様の交友関係にはあまり詳しくございませんの」
「今付き合っている友人もそれなりに有能ではありますが、完全にアーシェン嬢の補佐をするのは難しいでしょうね。使用人として雇用しようと考えている令嬢は幾人かいますが」
「ではどなたがよろしいとお考えでして?」
「ディアティア嬢が妥当ではないかと思っています」
「あら」
まさかの提案に本気で驚いてしまった。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。